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2012年5月 8日 (火)

【補助線】曖昧な責任と振り返り

Sekinin◆責任者は社長です。

日本の組織は責任の所在がはっきりしないと言われることが多い。よく笑い話になるのが、責任者は誰かと聞いても、「何に関する責任ですか」といわれるという話だ。RAM(責任分担表)のようなものを作って、責任分担をしているのでそのような対応になるのかというと、必ずしもそうでもない。阿吽の呼吸のもとに、そのような責任分担が行われており、責任の所在があいまいになっている。そして、責任を突き詰めていくと、社長ということになってしまう。もちろん、正常なロジックではない。現場の問題で社長が責任者というのは、責任者はいませんということに等しい。

冒頭から何を意気込んでいるかというと、いまさら責任論をしたいわけではない。この記事で議論したいのは、責任が不明確なのに、振り返りができるのかという問題だ。



◆内省とは自責の振り返り

内省(リフレクション)という活動がある。自分の行動を客観的に振り返り、改善していく活動である。言葉の定義に注意しておいてほしい。改善(問題解決)するのが内省であって、問題に気づくだけなら反省に過ぎない。反省しても、次の行動が変わるとは限らない。

内省のポイントは、振り返りをする際に、自分の責任(自責)として振り返りをするのか、他人の責任(他責)として振り返りをするのかにある。

ものごとにはいろいろな側面がある。その意味で、起こったことに対して誰の責任かという議論はほとんど意味がない。立場を変えれば、いくらでも理屈はできる。重要なことは何が起こり、その結果、どうなったかを責任と切り離して考えることだ。これが客観性につながる。


◆自責と他責

ただし、自責として扱うのか、他責として扱うのかは決めるべきである。

交通事故で100%どちらかが悪いという状況はめったにないように、問題で自分、あるいは他人に一方的に責任があるという状況はめったにない。にも関わらず、責任が重要なことは、問題解決のアクションの実行性が変わってくるからだ。

内省は自責として考えることである。自分の責任として問題をとらえておけば、アクションは自分の行動を変えることで、実行するまでのハードルがないし、メンバーも巻き込みやすい。

たとえば、何人かのメンバーのパフォーマンスが悪く、全体のスケジュールが遅れてきた。他責で考えるのであれば、メンバー、あるいは、その上位者の責任ということになる。従って、パフォーマンスの出ないメンバーの上位者に対して、サポートをするように指導するといった問題解決になるだろう。これは、自分の責任を認めていない。

では、自分の責任とは何か。スケジュールの遅れるような計画を作ったである。自責として考えるならば、計画を変更する、あるいは、分担を変更することが問題解決になる。

この例からお分かり頂けると思うが、内省をするときに、自責と考えるか、他責と考えるかをきちんと整理して行わなくては内省にならない(どちらかに決めるという意味ではない)。ところが、現実には、責任の所在も、自責・他責もほとんど、考慮されていない。


◆内省は個人が行うもの

冒頭の話も戻るが、日本の組織では責任が不明確である。これは責任感がないことを意味しない。責任感はあるし、失敗すれば、反省もする。しかし、反省したことが次のアクションに活かされない。つまり、反省はするが、内省しない。なぜなら、責任が不明確なのだ。責任が不明確な状況で振り返りを行っても、評論家的、あるいは、他人事としての評価はできるが、行動に結びつくことはない。振り返りが改善行動に結びつくのは、責任が明確で、その責任を果たそうとするからである。

もう少し、根本的なことを言えば、振り返りは個人が行うものである。その際の物差しになるのが責任であり、責任を全うしているかどうかから、行動に対する振り返りが広がっていく。

まずは、このことをきちんと認識した。


◆内省とチームによる振り返り

最近、グループの振り返りが盛んに行われるようになってきた。コミュニケーションの機会になるので、チームビルディングとしては意味がある。しかし、個人が振り返らない限り、チームで振り返りを行うことは無意味である。個人が振り返って初めてチームの振り返りは、個人の振り返りに客観性や新しい気づきを与えるという意味が出てくる。

非常に微妙なことを言っているのだが、チームで振り返りを行っている場合には個人の振り返りは、チームで振り返りを行う際に行わることが多い。ファシリテータが、各人に対して、あなた自身はどうでしたかなどと、聞いてくれるわけではない。チームの振り返りが流れて行く中で、各人が自身の振り返りを「自発的に」行わなくてはならない。そして、チームの他のメンバーとのインタラクションの中で、自分自身の評価の妥当性を考えたり、気づかなかったことに気づいたりしなくてはならない。

このようなプロジェクトチームの振り返りの機会に時々、参加するのだが、気になるのは、チームの振り返りに当事者として参加していない人が多いことだ。つまり、個人の振り返りはそっちのけで、チームの振り返りに評論家として参加している人が少なくない。もっと気になるのは、当事者であることを忘れるだけではなく、「上から目線」で振り返りに参加している人もいることだ。

プロジェクトにおけるチームの振り返りの本質的な意味を、再確認する時期に来ているのではないだろうか。

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。