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2021年6月 4日 (金)

【コンセプチュアル講座コラム】目的を真剣に考える

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Tokyo1

◆東京五輪をめぐる世論

東京五輪の開催がすったもんだしています。5月15、16日に実施された全国世論調査(電話)では、「中止」を求める意見がグッと増え、

20年5月:21年夏開催(14%)/再延期(40%)/中止(43%)

という数字になっています。ちなみに、昨年の7月には

20年7月:21年夏開催(33%)/再延期(32%)/中止(29%)

と開催と再延期。中止がほぼ三等分されていましたが、今は中止すべきだと考える人が増えてきています。

なぜでしょうか?もちろんコロナの感染状況が昨年の7月とは比較にならないくらい増えているからというのはあるでしょう。2020年7月というと、全国の感染者が1000人超えたり、超えなかったりしていた時期で、東京だと400人を初めて超えた時期です。

しかし、当時と今の国民の言動を比較するとこれがすべての原因だとは思えません。むしろ、本質的な理由は、何のためにこの時期に五輪をやるのかが明確にされていないことにあると考えられます。


◆東京五輪の目的の推移

思えば、東京五輪の開催を巡ってはその目的は紆余曲折がありした。

もともと、東京五輪を招致しようとしたのは、石原慎太郎元知事で、2016年大会に招致しようとしました。スポーツを通じて、東京の国際競争力を高めようとしたものでした。そこで2016年の招致に当たって掲げた目的は

「平和に貢献する」

で、そのためのコンセプトとは「世界一コンパクトな五輪」というものでした。

しかし、2016年は東京は残念ながら落選します。これを機に、日本は、五輪招致活動の認識を変えたと言われています。都市の魅力を高めることを打ち出して真面目に招致活動をしたにも関らず、政治的な招致活動をしたリオに完敗したからです。日本ももう少し政治的な招致活動が必要だという認識になったと推察されます。そして、改めて2020年招致に挑戦します。

招致に当たって着目したのが復興でした。東日本大震災に際して、世界中から受けた支援への感謝や、復興しつつある被災地の姿を世界に伝え、国内外の方々に被災地や復興についての理解・共感を深めて貰うことを目的としました。

そして、選定されます。一方で、五輪は日本において政治の道具になっていった感があります。このあとの流れはまさにそうです。

開催が決定された頃には、復興五輪と言われていました。会場の選定などのプロセスをみてもどこまで本気で復興五輪にしようしていたかは微妙ですが、昨年、コロナが蔓延してから顕著になります。復興五輪という名称を使わなくなります。そして、不祥事もあり、いつのまにか、開催目的も

「コロナに打ち勝った証し」

と変わってきました。ところが、コロナ対応の遅れなどもあり、コロナを収束させたあとで五輪を開催することも難しくなり、世論も開催に盛り上がりません。

そこで、今の「安全・安心な大会を実現」が出てくるわけです。総理大臣は「国民の命と健康を守り、安全・安心な大会が実現できるように全力を尽くすことが私の責務だ」と言っています。そして、このあたりから、世論は反対が増えていったように思えます。

少し、長くなりましたが、この一連の流れは日本らしいやり方だと感じます。起こったことを順にいえば、

真面目な目的:「都市の魅力を高めることにより平和に貢献する」
政治的な目的:「国際的な復興支援への感謝と復興していることの共感を得る」
コロナ後の政治的な目的:「コロナに打ち勝った証を示す」
目標:「安全・安心な大会の実現」

ということになります。


◆目的は軽視されている

つまり、当初は真面目に目的を考えたが、政治的配慮が重要だということになり、政治的に設定したが、取組の中では目的は考えずに目標を前面に打ち出して進めていくという流れできているわけです。極論すれば目的はなんでもよく、目標を重視するという究極の目的軽視です。

こういうやり方をしていると、目標を達成できたという達成感は生まれますが、その目標を達成したことに意味があるかどうかは別の問題になってきます。つまり、目標が達成できて、コロナ感染や医療にあまり影響を与えずに五輪を実施したとすれば、目標は達成できたことになるわけですが、そもそも、何のためにパンデミック下でオリンピックをしたのかという点がクリアされないのです。

たぶんそうなれば、「コロナに打ち勝った証を示す」ために行ったのだということを言い出すと思いますが、これは明らかに矛盾しています。五輪終了時点では、集団免疫にはほど遠い状態だと思われますので、結果的にうまくいっただけであって、打ち勝ってはいません。


◆ビジネスにみる目的軽視

なぜ、こういう話をしたかというと、これと同じ構造はビジネスの中でもあちこちで見かけるからです。

話が跳びますが、高度成長期には目的など必要ありませんでした。戦後の復興、成長という日本中に共有された目的があったからです。そのため、この目的を実現する目標を明確にし、達成するための工夫をしていけば十分でした。事実、それによって世界に例がないくらい急速に日本は復興していきました。

オリンピックもかつてはそうだったのでしょう。どの都市もオリンピックを開催したいと思い、選ばれたら何とかしてよい大会にすることとに全力を注ぎました。ところが、ビジネス化されるようになって変わってきました。リオの五輪のときに開催都市の準備が不十分だと感じた方は少なくないと思いますが、これは収益を重視する中で、最適な準備をしていたとしか思えません。ビジネスの本質はそういうものです。

ビジネスの世界では、競争による不確実性があります。VUCAと呼ばれるようになってこの傾向は一段と顕著になっています。不確実性に対応していくには、目標だけではだめです。その目標設定の背後にある何のためにそのビジネスをやるのかという目的が重要なのです。また、複数のステークホルダーの間で目的の違いがあり、それを共有し、調整していくことが不可欠です。


◆目的に対する幻想

しかし、現実には目的を真剣に考えることは難しいものがあります。特に日本では、高度成長期の成功体験があり、目標の設定には拘りますが、目的はぼんやりしていたり、あるいは目標を達成することが目的だというような考え方をする人もいます。つまり、目的よりは、目標を重視しているわけです。

しかし、これは幻想で、上で述べたように高度成長期は戦後復興という共通の目的があった時代で、特別な時期です。事実、高度成長期が終わったのちに、日本企業がだんだん勢いを無くしていくわけですが、その原因の一つは共通の目的がなくなったにも関らず、個々の企業が自分たちの目的(今でいうパーパス)を持たなかったため、方向性を失い、衰退していったわけです。

目的はもっと別の次元のものが必要です。現実にそういう企業でマネジャーやメンバーに何のためにこのプロジェクトをやっているのかと尋ねても、まず答えは返ってきません。


◆目的は事業の生命線である

ここで重要なことは、不確実性が起こり、目標を変えざるを得なくなったときにどのように対処するかというと、目的に立ち返ることです。目的に立ち返り、少しでも目的を実現していくために目標を再設定する必要があります。

よく非営利事業には目的が重要だが、ビジネスではビジネスなのだから収益を上げることこそが目的で、社員はみんな共通の認識をしていると胸を張る経営者もいますが、これは勘違いです。営利事業であれば収益を少しでも大きくすることは前提であり、目的にはなりません。

つまり営利事業でも、非営利事業でも目的は生命線なのです。そして生命線として機能するためには、、さまざまなケースが熟考され、明確にされた目的があり、共有されていることが不可欠なのです。

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。