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2007年6月

2007年6月29日 (金)

PMサプリ81:何のために目標をやるかを明確に

数値目標は共有されていても、「なんのためのその目標をやるのか」という根本的な
ところがすっぽりと抜け落ちていることが多い(スコラコンサルティングCEO・柴田昌治)

【効用】
・PM体質改善
  リーダーシップ発揮、自信をつける、顧客感度アップ、問題解決能力向上、
・PM力向上
  ピープルマネジメント力向上、チームをまとめる力の向上、リスク対応力向上
・トラブル緩和
  モチベーション向上、チームの士気向上

【成分】

◆「何のためか」が抜けている
◆プロジェクト計画が有効に活用されているか
◆なぜ、プロジェクト計画が使われないのか
◆計画を内発的動機付けにつかうには

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2007年6月24日 (日)

【補助線】プロジェクトの問題はあってはならないという考え方にこそ問題がある

6月8日に

問題はなかったことにしよう

という記事を書いた。この続き。

ぼくが仕組み作りの相談を受けるような企業はプロジェクトが、そうそう、うまく行くとは誰も思っていない。ところが、この現実に対する組織(マネジメント)の反応は微妙な温度差がある。

典型的な反応は、

「本来、問題はあってはならない」

という反応である。たとえば、スケジュールが遅れていることを問題視する、コストがオーバーすることを問題視する。要するに見たくない、聞きたくない。だから、一時も早く、何とかしろということになる。管理はするが、マネジメントをしないマネジャーの典型的な反応である。

これで、話が収まればよいのだが、残念ながらそうはならない。

問題があることを心情的に認めない。だから、根本的な対応を嫌がる。とりあえず、応急処置で問題を見えなくする。スケジュールが遅れれば、どの作業が遅れているかを分析し、人を投入する、スコープが膨らめば、どのくらい必要かを分析し、予算を増やすように努力する。つまり、現象を分析し、応急処置をする。これがマネジャーの仕事だと思っている。

ここまででも十分な考え違いだが、もっとまずいことがある。問題など見たくもないので、とりあえず、応急処置をすれば、その問題は片付いたとことにする。フォローすらしない。
この影響は他にも出てくる。プロジェクトマネジャーがマネジャーに報告しても、いい顔をされない。じゃあ、報告しないでおこうとなる。すると、プロジェクトマネジャー自身も問題はないと思いたくなる。リーダーの報告に耳を傾けない。なにか言ってきたら、リーダーなんだから責任を持って解決をしてくれと逃げてしまう。この構図がプロジェクトマネジャーからリーダー、リーダーからメンバーと下達され、結局、実作業をしているメンバーが全てのしわ寄せを受ける。

こうなると最悪である。

これに対して、少数派ではあるが、プロジェクトには問題があるものだと思っている組織もある。問題を解決しながら、目標を達成するのがプロジェクトであると思っている。このように考える組織やマネジャーは決して応急処置をしない。スケジュールが遅れれば、現象の分析に留まらず、その原因を考える。そして、原因に対して可能な限りの手を打とうとする。

この2つの対応は初期段階ではたいした違いはない。ものの見方、考え方程度の違いかもしれない。実際に、問題に対して、応急処置と根本原因の解決策はあまり変わらない場合も多い。しかし、結果が大きく違う。

ものの見方、考え方が違うから結果に大きな違いがでてくるのだと考えるべきだろう。

2007年6月22日 (金)

PMサプリ80:いい環境がいい人財を育てる

いい環境がいい人財を育てる(カルマン代表取締役・若松義人)

【効用】
・PM体質改善
  アカウンタビリティ向上、計画力アップ、リスク管理力アップ、実行力向上
・PM力向上
  ステークホルダをコントロールする力の向上、チームをまとめる力の向上
・トラブル緩和
  不要なトラブルの回避

【成分】

◆環境が人財を作る
◆如何に生産性をあげるかではなく、如何に不良品を出さないかという発想
◆頭でわかっても行動できない人が6割
◆環境を変えずに人を変えるとその人は潰れる

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2007年6月21日 (木)

【補助線】なぜ、日本には女性PMが少ないのか(その2)

PMI東京の女性事務局長・永谷裕子さんに先月からメルマガの記事を書いていただいている。

ITプロジェクトでのDiversity
http://www.pmstyle.biz/column/list.htm

今月の記事の中で、ご自身の欧米でのコミュニティの参加経験から、日本は女性プロジェクトマネジャーが少なく、それを増やすにはどうすればよいかを提案されている。

第2回「ジェンダー(男性・女性)の課題」
http://www.pmstyle.biz/column/diversity/diversity2.html

実は、永谷さんにこの連載をお願いしたきっかけは、1年くらい前になにかの打ち合わせのついでに、ジェンダーダイバーシティの話をしたことだった。

その後で、ブログにこんな記事を書いていた。

なぜ、日本には女性PMが少ないのか
https://mat.lekumo.biz/ppf/2006/08/post_08b3.html

記事は単なる問題提起だが、この問題に対する見解を書いてみる。

プロジェクトマネジャーが少ない原因は大きく分けると2つある。ひとつは、そもそもプールにいないことであり、もうひとつはプールにいても選ばれないことである。永谷さんも書かれているが、前者の問題は組織としての問題であり、現場マネジメントとしては人事施策の効果を待つしかない。

ここでは、後者の選ばれないという問題について考えてみる。女性がプロジェクトマネジャーに選抜されない理由は大きくは3つあると思われる。

(1)プロジェクトスポンサーが使わない
(2)本人がやりたがらない
(3)顧客やエグゼクティブが歓迎しない

の3つ。

(1)はまさにジェンダーダイバーシティの問題であるが、プロジェクトマネジメントにおいては、この問題は解消されている。プロジェクトマネジャーの選抜の仕組みができていれば、これは問題にならない。むしろ、(2)や(3)の問題が絡むのでややこしい。

(2)の問題が意外と多い。ただし、この問題も女性だから云々という問題ではない。男性でもプロジェクトマネジャーになりたがらない人は少なくない。その意味で、これも男女に関係なく、プロジェクトマネジャーになりたいような環境を作っていくことが先決である。これも、まずは、プロジェクトマネジメントをプロジェクト、組織ともきちんと行うことが先決であろう。

もちろん、その段階で女性特有の問題が出てくる可能性がないとはいえないが、今はその段階ではない。

(3)もっとも厄介なのは、実は(3)ではないかと思う。このような場面に今まで何度も遭遇してきた。この問題は根が深い。実は、組織のダイバーシティが最も問われるのはこのような局面ではないかと思う。ダイバーシティのある組織は、顧客やエグゼクティブに対して、リスクをとってでもスポンサーシップを持ってサポートしていく。

そう考えると、結局のところ、現場でのダイバーシティの問題は、リスクをとりたがらないという問題に帰着するのではないかと思われる。

今日は、こんなところにしておく。

2007年6月19日 (火)

【補助線】延期戦略のプロジェクトマネジメント

プロジェクトは有期である。ものごとの先送りはダメ。プロアクティブに取り組みなさい

プロジェクトマネジメントの教科書にもこのようなことが書いてある。できているかどうかは別にして、いまや、常識になっているといってもよいだろう。さらには、

分からないこと、決まらないことがあれば、仮説を作って進めていきなさい。

といったことを書いている本も少なくない。

昨日のPM養成マガジン戦略ノートに「プロジェクトにおける投機と延期」について書いた。この視点でいえば、プロジェクトマネジメントはできるだけ投機的にやりなさいということになる。これは本当に正しいのだろうか?これがこの記事のテーマ。

ただし、裏記事。表記事は、来週の戦略ノートで書く。

プロジェクトマネジメントには2つの顔(視点)がある。ひとつはガバナンスマネジメントであり、もうひとつはチームマネジメントである。

プロジェクトマネジメントは投機的であるべきだというのは、ガバナンスマネジメントの視点から発想である。ガバナンスマネジメントを中心にプロジェクトマネジメントを捉えると、アカウンタビリティの実行がもっとも重要になる。

アカウンタビリティは事後報告では達成できない。アカウンタビリティの実行は手が打てるうちに報告する場合にはじめて意味を持つ。従って、報告も含めて、すべてのプロジェクトマネジメントアクティビティをプロアクティブに実行することが非常に重要になる。

プロジェクトは有期である。ものごとの先送りはダメ。プロアクティブに取り組みなさい

つまり、これは、ガバナンスマネジメントを前提にしたものである。また、仮説は、リスクとして管理できるので、

分からないこと、決まらないことがあれば、仮説を作って進めていきなさい。

という話になる。

しかし、チームマネジメントの視点からいえば、延期が正しい選択であることは十分に考えられる。その典型的なケースが、戦略ノートで書いている顧客のニーズを中心にプロジェクトを進めていく場合である。この場合には、延期戦略をとり、段階的な詳細化を行っていくことが望ましい。

「段階的詳細化はプロジェクトマネジメントの基本じゃないか」と思われた方も多いだろう。段階的詳細化というのは、投機戦略の苦肉の策である。しかし、ここで言いたいのは、延期戦略としての段階的詳細化、つまり、詳細化を意図的に遅らせるというプロジェクトマネジメントである。

一般的な段階的詳細化は戦略的ではない。しかし、詳細化を意図的に遅らせることは戦略的である。

別の言い方をすると、決めないことにより、スコープに対する自由度が上がる。これがプロジェクトにおける延期の意味である。

ガバナンスを重視するか、チームを重視するかによって、延期戦略の是非は変わるのだ。

2007年6月18日 (月)

【補助線】マクドナルドに学ぶ「価値」の標準化

マクドナルドが地域別の販売価格の導入をする。

改めて説明をするまでもないと思うが、マクドナルドは標準化をコアコンピテンシーにする企業である。ぼくは仕事柄、あちこちに行くが、マクドナルドほど均質なサービスを提供している外食チェーンやファーストフードはないと思う。特に、カウンターでの対応と、デリバリーの時間の均質さは凄いと思う。

そのマクドナルドが自ら標準を破った。表向きの理由は、コストの違いだという。店舗の維持費、労働コストなどが都会と地方では違うので、変えるとのこと。まあ、こういう言い方がもっとも当たり障りがないのだろう。

標準もある程度成熟してくると、高度化させていく必要がある。最初は、材料であり、プロセスであり、デリバリ時間であり、価格であり、コストであった。しかし、これらはいずれも内部要因に起因するものであるので、自分たちは標準的だと思っていても、外からはそうは見えないケースが多い。

プロセスの標準化をみているとすぐに分かるが、プロセスの標準化を阻害するものは外部要因である。ビジネスプロセスであれば、顧客、地域、調達などが問題になることが多い。しかし、これを公式に扱うことは非常に難しい。それゆえに、各部門で実情に併せて、カスタマイズして使ってくれという話になる。標準化という名をとって、実を捨てた格好になる。

なぜ、難しいのだろうか?標準から外してよいものと、残すものが分からないのだ。

標準化が一定の浸透をしてきた際には標準化されるべきものが変わる。最初は外面的、具体的なものであるが、それがだんだん、内面的、抽象的なものに変わって行く。これがプロセスが成熟するという意味だが、新たに標準化すべき対象を見つけるのが難しいのだ。

このマクドナルドの動きを見ていると、さすがに標準化のチャンピオンといった感じを受けた。

マクドナルドが標準として残しているものは、顧客とっての価値の標準化ではないかと思う。今回の地域別価格でそれがすべて実現できるかどうかは微妙だ。むしろ、テスト的な意味合いがあるのだと思うが、価格といった外形的なものではなく、顧客にとっての価値という抽象的なものを標準化するという発想は素晴らしいと思う。

もっとも、今までもマクドナルドは、「スマイル0円」という価値の標準に先鞭をつけていた。これは、ウィットだと捉えられていたと思うが、今度はいよいよ、価値の問題の本丸に手をつけた。成功するかどうか、見ものである。

さて、我々のビジネスに戻るが、カスタマイズというのは本来、部門に任せるものではない。マクドナルドでも、地域別にするというのだけを決めて、価格は地域で決めてくれというと大混乱が起るだろう。

標準に対するオーナーシップは、標準を策定する部門が持ち続ける必要がある。その中で、ユーザにとっての価値のメトリクスを導入し、そのメトリクスが、フェアになるようにカスタマイズを仕切っていくことが重要である。

2007年6月15日 (金)

PMサプリ79:人にやさしいプロジェクトにする

働く人に優しい工場をつくる必要がある。人に優しければミスが減る。そうすれば品質も向上する。(本田技研工業 福井威夫氏)

【効用】
・PM体質改善
  全般的に効果があります
・PM力向上
  ピープルマネジメント力向上、チームをまとめる力の向上、リスク対応力向上
・トラブル緩和
  モチベーション向上、チームの士気向上

【成分表示】
◆源流強化
◆プロジェクトも最後は人
◆人にやさしいとは
◆「やさしさ」への客観的基準は?

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2007年6月11日 (月)

【補助線】人だけが成長し、組織が成長しないと、人はジレンマに陥る

ビジネスでは、「最後はひと」とか、「結局はひと」とかとよくいう。

いくら仕組みやルール、環境を作ってみてもそれを活用するのは人なので、人がそれらをうまくできるようにならないと何の意味もないという意味の言葉である。特に、人材育成の重要性を指摘する言葉として言われることが多い。

ところが、プロジェクトマネジメントの世界を見ていると、しばしば、十分な仕組み、ルール、環境を整えない中で、「最後はひと」だと言っているケースがある。

とりあえず、戦う武器(仕組み、環境など)がない。ひとこそ、それを補う存在である。そんなニュアンスで使われている。まるっきり、特攻隊である。

ビジネスにおいてひとが重要であることは間違いないが、ひとに対する過剰な依存は禁物である。マネジメントの放棄に繋がる。組織としての活動はよい仕組みや環境があって、はじめて、人が能力を発揮し、また成長する。そして、その成長がより仕組みや環境をよいものにする。この循環をつくることこそ、マネジメントの責任である。

ここで大切なポイントは

 ・人だけが成長し、組織が成長しないと、人はジレンマに陥る

ことである。このような状況はいたるところにある。つい最近も、知り合いがやっている中堅のSI企業で、この5年くらい一生懸命にプロジェクトマネジメントに取り組んできた部長が、会社をやめるという出来事が起り、社長から相談されたことがあった。

その社長の話はざっと以下のようなものだ。やめた部長(A部長)は、自社の成長のためにはプロジェクトマネジメントの定着が必要だと考え、取り組んできた。自身はいろいろと勉強し、PM手法を導入し、メンバーにもいろいろと教えて、ツールも自分なりに作ってきた。

その会社では、役員と部長がほとんどのプロジェクトのマネジャーを担当している。最近では、A部長に感化されて、一部の部長もプロジェクトマネジメントを行うようになってきたし、役員の一部も興味を持ち出した。ところが、一部の役員はまったく必要性を感じておらず、無関心。

A部長のプロジェクトのメンバーになったら、スケジュール以外にもいくつかの計画書を作り、それを使いながら、やっていく。メンバーも徐々にではあるが、計画してプロジェクトを進めることの重要性がわかってきだした。ところが、何人かの役員がプロマネを務めるプロジェクトに入ると、そんなものに時間を割いている時間があれば、開発作業をしろといわれる。かといって、そのようなプロマネのプロジェクトが必ず失敗するわけでもない。成功しているものも多い。

これでメンバーがジレンマに陥り、やめたり、部長に相談するという状態が続いたが、ついに、部長自身もイヤになったようで、やめていった。どうすればいいだろうか?

という相談だった。典型的な「人だけが成長し、組織が変わらないとジレンマに陥る」というケースだ。

なぜ、変わらないかという部分で、この社長自身のリーダーシップの問題は大きいと思われる。しかし、それ以上に大きいのは、役員や部長といったあたりが、組織が変わらなくても、個人が変われると思っている点だろう。これを変えなくてはならない。社長には変えていくためのリーダーシップが必要だ。

そんなことを思わせる話だった。では、社長はどういうリーダーシップを持てばよいのか?これについては別の記事に書くことにする。

2007年6月 9日 (土)

【補助線】メンバーのスキルの低いチームをどう運営していくか

チームをマネジメントするとはどういうこと?

の中で、僕自身、このテーマは後で書くといったことをすっかり忘れていた。コメントを貰って思い出した。ありがとうございました。

この話は本質的な解決というのはないと思っている。それは多くの人が感じていることだろう。ぼくが言いたいのは、パラダイム(ものの見方)を変えようということだ。

たまたま、昨日、「問題はなかったことにしよう」という記事を書いたが、実は、メンバーのスキルの問題もここから始まる。多くの人がプロジェクトには問題がないと思いたい。だから、スキルの低いメンバーなどいるはずはないし、いたとしてもそれは一時的なことであって、変わっていくと考えたい。こういう話になる。

このような問題を直面しないままにこの問題を考えてみても、解決策はおろか、問題への応急処置をして前に進んでいくことすら難しくなる。

まず、最初にすべきことは、それを問題としてみるのではなく、現実として認識することである。その人はそれだけのスキルかないと認め、スキルそのものを想定に近づけようとは思わないことだ。

つまり、想定している生産性で仕事が進むことなどありえないと考える。ここが受け入れられるかどうかが最大のポイント。そして、育成は別の問題だと考える。

これがパラダイム転換。

念のために言っておくが、想定納期ではできないとステークホルダに対して開き直れといっているわけではない。この現実を認めた瞬間に、想定納期は「ストレッチされた目標」になる。これをスキルの低い人に責任をおっかぶせるではなく、チームとして計画的に対処する方法を考える。これがマネジメント。

すると、仕事の進め方が変わってくる。PMBOKで、WBSOBSでフォーメーションを設計し、RAMで統制するという考え方はリソースの能力が均質で、スキルセットが揃っていることが前提になっている。ゆえに、スキルセットが揃っていなかったり、能力にでこぼこがあるとすれば、このようなスキームは使えない。

工数見積もり(生産性の調整)でカバーできると思う人がいると思うが、もし、できるならそれでOK。パフォーマンスの違いは生産性で調整できても、スキルセットのギャップは調整できないケースが多いので、みんなが頭を悩ましている。

スキルの低い人がいることを前提として考えると、仕事の分解の際に仕事そのものにグレードをつける必要がある。例えば、スキルレベルをA、B、Cとすれば、生産性ではなく、仕事の内容で、Aランクの仕事、Bランクの仕事、Cランクの仕事とする。

ITであれば、テスト、コーディング、プログラム設計、システム設計といった業務セグメントの難易度ランクはすでにあり、この範囲ではスキルレベルを調整している(現実には人手不足でできていないとしても、そういう考え方になっている)。

ここでさらに、それぞれの仕事の中を分解して、グレードをつける。例えば、テストであれば、テストのロジック設計をする人、テストのドキュメントを書く人、実際のテストをする人、環境設定をする人といったグレーディングをする。そして、グレードにあった人を割り振っていく。スキルレベルが揃っていれば縦割りの分担をするが、それを横割りにして分担をする。

こういう風に仕事を分解すると、実は、技術的な意味での専門性が必要になるのは、各セグメントでトップ、あるいは、2番目くらいまでのグレードである。それ以下のグレードは、技術的な専門性よりも、ドキュメントを書けるとか、正確に仕事をできるとかいったコンピテンシーの方が重要である。

ということは、セグメントに横断的に人材を活用できる。これにより、Bランクや、Cランクの仕事の一部を経験しながら、いろいろな仕事を見ることができる。これがひとつ、育成的視点からは重要なところだ。単に技術を覚えさせるだけではなく、仕事をするというのがどういうことかについて多様な経験をする機会になる。

技術的なスキルについては、そのような仕事をしながら、アシスタント的な仕事をする中で覚えさせればよい。これを下手に、専門性などで担当を決めて、設計者の仕事は設計をすることであって、ドキュメントを作ったりすることではないなどとやっていると、ロクな人材が育たない。下積みとして、自分の仕事に関連することを全て経験するというのは、日本型経営の優れた点だと思うし、今後も維持し続けるべき点だと思う。

こういう工夫をしているプロジェクトは結構ある。うまく行っているところも多い。繰り替えになるが、日本の組織というのはかつてはこういうやり方をしていたのだ。それをもう一度、プロジェクトマネジメントの枠組みを使って、体系的に実行してみようという話だ。

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2007年6月 8日 (金)

【補助線】問題はなかったことにしよう

毎日、ニュースや報道バラエティで年金問題をやっている。

自民党の議員や民主党の議員がいろいろと説明している。自民党は節操のない方針変更はともかくとして、一貫して、細かいことよりは「とにかく大丈夫だ、任せてくれ。民主党さん、不安をあおるのはやめてくれ」と一貫していっている。これに対して民主党はあくまでも論理的に整合しないと国民は納得しないだろうというスタンスを貫いている。

両政党の政治的に立脚するところの違いか、単なる選挙のためのスタンスかは分からないが、結果としてどちらの言い分が通るかは非常に興味深い。

確かに、民主党のいうように、倫理的に整理しないと納得しない層が一定の割合でいる。この問題の、もう一人のプレイヤーであるマスコミは、今のところ、ここにフォーカスして報道しているように見える。

しかし、問題をなかったことにしたいと思っている人たちがいることも間違いない。当事者であることが分かっていないわけではない。当然、年金制度が破綻すれば自分たちが困ることはよく理解している。しかし、どういう問題が起っているかを知りたくない。できれば知らないままで、丸く収まってくれれば、ありがたい。万一、税金の投入でもしないと収まらないとしても、仕方ないと思うことにしよう。こんなマインドの人は、きっと論理的に納得したい人に匹敵するくらいいると思う。

これを単に当事者意識がないと批判するのは短絡過ぎる。

「日本沈没」という小説があったが、その中で、日本列島が沈み始めたときに、何もしないで日本列島と一緒に沈んでいくことを選ぶ意見を持つ有識者たちがいるという話が出てきた。これも本質的に同じ話しだ。このようなことを書ききった小松左京の人間観は興味深い。

ちょっと前に、宮崎県の裏金発覚で、「知らなかったことにしてくれ」といった定年を控えた出先機関のトップがいた。どんなタイプの人か分からないので、なんともいえないが、ひょっとすると、このトップも自分からは間違っても言わないが、誰かがリークし、それが自分の身に降りかかってくるのは運命だと思うある種の潔さは持っているかもしれない。このマインドはおそらく日本人に染み付いているマインドだと思う。

別に、役所に限ったことではない。組織の中でもこんな話はいくらでもある。感覚であるが、民間企業の管理職の半分以上はこのタイプではないかと思う。

また、必ずしも、上の人間に限ったことではない。実は下の人間も「これは知らせるべきことではない、知りたくもないだろう」といった調子でこのマインドを持ち合わせている。日本組織のアカウンタビリティが低い背後には、この不思議な利害関係の一致があるのだ。

これは、ある企業でシニアマネジャー(部長)から聞いた話。プロジェクトマネジメントの導入ステップが進み、リスクマネジメントの導入をする段になって、リスク分析などいらないと本気で言い出した。いわく

「リスク分析などすると、自分が知らなかったではすまなくなる。リスクがあるのは分かっている。でも、それも含めて、プロマネに飲み込んで欲しい。プロマネの骨は拾うし、まあ、そうなると自分の骨もまた、上の人に拾ってもらうことになるだろう」

半分くらいはプロジェクトを失敗したところで個人的に責任追及されるはずがないと高をくくっていっているのは間違いないが、半分くらいは本音ではないかと思う。注目したいのは、この部長、社内でも結構切れ者で通っているらしいが、この発言からも分かるようにリスクマネジメントの本質を実に的確に理解していることだ。その上で、言っているのだ。

実際に、このマネジャーが主催するプロジェクトレビューのミーティングに参加したことがあるが、見事なものでこの本音を地でいっている。

通常のレビューミーティングはプロジェクトには少なからず問題があるという前提でやるが、このマネジャーは問題がないという前提でレビューミーティングをしている。

例えば、こんな感じだ。

スケジュールが遅れているとしよう。これ自体は誰がみても問題である。このマネジャーもこれを否定するわけではない。予実を目の前にして、これは遅れていないことにしようと言い出すわけではない。

ところが、彼の頭の中では、「プロジェクトには問題はない」と思っている(思いたい)ので、目の前の問題を潰すことに意識を集中する。

ここで、プロマネがひと言、本質を突いた原因を言えばいいのだが、上の利害関係一致の構図で、「どうも、見積もりが甘かったみたいです」と何の根拠のない原因を語った上で、「すみません。もう1人メンバーを追加してもらえないですか」と来る。

これで件のマネジャーの顔は立つ。喜んで(というか、渋い顔をしながら、内心ほっとして)プロジェクトにもう一人、リソースを工面する。

かくして、プロジェクトマネジャーとマネジャー(スポンサー)の見事な一致協力で、問題はなかったことになる。

もっといえば、多くの場合、そのプロジェクトで問題が再発する(笑)。そんなプロジェクトは、「問題対応も適切にしたし、君はよくやったよ。いい経験したね」とシニアマネジャーからプロマネへのひと言の振返りとともに終結する。

これですべてが丸く収まる。このシニアマネジャーはプロマネの人事考課者なのだ。

最初はよそ事だと思っていた人もここまでくれば、相当な確率で思い当たる部分があるのではないだろうか?

「問題をなかったことにしていないか」を一度、点検してみてほしい。

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。