【イノベーション戦略ノート:070】古い知識を概念化して、イノベーションを起こす
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◆持っている知識を使うとは
今回のテーマは、知識とイノベーションの関係について考えてみたい。イノベーションは既存の技術の組み合わせで生み出すとかいうが、これは言い換えるとすでに持っている知識を活用して新しいものを生み出すということである。
イノベーションでは古い知識は役に立たないと考える人が多い。これが一つのイノベーションの壁になっている。つまり、イノベーションには新しいアイデアが必要である。これは本当なのだろうか。
知識とは何かと考えてみたときに、経験の通じて得られた気づきを一般化したものである。それを形式化すれば形式知、形式化していなければ暗黙知である。つまり、基本的には知識というのは経験を超えることはない。だから、新しい問題に対しては使うことができないということになるわけだ。
◆ある心理学者の親子セッション
ある心理学者の息子が、電池が電球と抵抗器につながれた単純な回路で、抵抗器をもっと大きなものに変えたらどうなるかという宿題で悩んでいた。マークマン氏は、電流以外で他に何か流れるものはないかと尋ね、息子は水だと答えた。
そこで、心理学者は水の流れるホースに抵抗器がついていたらどうなると思うと示唆した。そして、息子はホースを折り曲げると水の勢いが弱まることを思い出し、電気回路の抵抗器を大きくすると電球は暗くなることに気づいた。
このセッションで息子は、まさに、今持っている水の流れに関する知識で、電流の流れという新しい問題を解いているのだ。
これはアナロジーという思考技術であるが、イノベーションにおいてアナロジーは極めて重要な役割をはたしている
◆既存の知識を使ったイノベーションの例
イノベーションにおいて、アナロジーを使うことは珍しいことではない。第23話、第24話に模倣によるイノベーションについて述べた。ここで紹介したダイソンの事例を少し復習しておく。
ダイソン氏は掃除機を使っているうちに集塵パックの目を通過したホコリが外に出ていき、長時間使っていると集塵パックが目詰まりを起こし、ゴミを吸い込む力が弱ってくることに気付いた。
技術者たちは如何にフィルターの機能を上げるかを考えていたが、ダイソン氏は本質は空気とホコリを分けることであり、手段はフィルターである必要はないと考えた。
そう考えたときに思い当たったのが、製材所でおがくずを吸い取るために使われていたサイクロン技術だった。サイクロン技術は円錐のコーンに空気の渦(サイクロン)を作り、遠心力でおがくずを外側に押しやり、重力でコーンの下方に追いやることによって、空気とおがくずを分離する技術だ。この技術を掃除機の集塵に適用した。集塵パックの代わりに試作したサイクロンをつけてみた。こうして生まれたのが、サイクロン掃除機である。
ダイソン氏はゴミを吸い込む力が弱くならない掃除機を作るという新しい問題を、すであったサイクロン方式という知識を使って見事に解決し、画期的なイノベーションを起こしたわけである。
◆イノベーションは既存の技術の組み合わせで起こす
ダイソン氏の事例で注意を要するのは、製材所で使われていたおがくずを集める装置をそのまま使ったわけではないことだ。使ったのは、サイクロンという「原理」、つまり技術である。
技術の場合、原理そのものが技術で、理論的な裏付けがあるケースが多いので、ダイソンの例を聞いても敷居が高いと思う人が多いかもしれない。一般的にいえば、原理のところには本質が入る。
たとえば、トヨタの生産方式の中核を占める「かんばん方式」は元々アメリカのスーパー・マーケットの在庫補充システムにヒントを得てつくられたものであることは有名な話である。これは在庫補充システムの在庫が少なくなったら補充し、欠品を出さないことによって回転率がよくなるという知識を使って、生産ラインの生産性を上げるという問題を解決し、トヨタ生産方式という画期的なイノベーションを起こした。
◆概念レベルの知識からイノベーションを生み出す
このように知識を一旦概念化し、概念レベルの知識を使って、まったく違う分野の問題を解くことができる。
こういう応用をすることによって、既存の知識で、新しい問題を解決でき、ダイソンやトヨタのように応用先との距離が遠ければ遠いほど、画期的なイノベーションになる。
さらにダイソンについていえば、サイクロン技術を使って、これまたイノベーションである羽のない扇風機というイノベーションを生み出している。このように連鎖が起こるのも、概念レベルの知識の威力である。
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