【ブックレビュー】オーケストラ・モデル 多様な個性から組織の調和を創るマネジメント
クリスティアン・ガンシュ(シドラ房子訳)「オーケストラ・モデル 多様な個性から組織の調和を創るマネジメント」、阪急コミュニケーションズ(2014)
オーケストラ組織はよく企業組織のモデルになるといわれる。指揮者や奏者はプロフェッショナル中のプロフェッショナルであり、癖も個性もある。そのようなプロフェッショナルが集まって、一つの統一されつつも、魅力のある音楽を生み出す組織というのは、ある意味で企業組織の理想だからだ。
古くはリーダーシップについて述べたオルフェウスプロセスが話題になった。
ハーヴェイ・セイフター、ピーター・エコノミー(鈴木 主税訳)「オルフェウスプロセス―指揮者のいないオーケストラに学ぶマルチ・リーダーシップ・マネジメント」、角川書店(2002)
最近では、山岸 淳子さんの「ドラッカーとオーケストラの組織論」があるが、これらの本はオーケストラの知識がないとなかなか手ごわい。この本は、オーケストラとビジネスを対比させながら書かれているので、これらに比べると読みやすい。
著者は、オーケストラの奏者、さまざまな国での指揮者、音楽プロデューサーといろいろな立場を経験し、さらにはオーケストラ型の組織を企業に導入するコンサルティングや講演を行っているクリスティアン・ガンシュ。自分の経験に基づくオーケストラ・モデルを紹介しながら、企業組織にどのように取り入れていけばよいかを解説している。テーマは多様性と統一性。
オーケストラは見たとおり、プロフェッショナルな奏者の集まりで、明確な役割と厳格なヒエラルキーがある組織で統一性が要求される。一方で多様性がないと演奏はつまらないものになる。この二律背反をどのように克服しているかがこの本を読むとよく分かる。
今、大企業で硬直した組織を乗り越え、イノベーションを興すためのチームが注目されているが、大企業と同じ前提が多いオーケストラのやり方は非常に参考になる。
ある企業の幹部が
「オーケストラ全体の調和、実に見事だ。当たり前のように一つにまとまって。うちの会社はどうしてこんな風に統一がとれないのだろう」
とつぶやいたそうだ。このつぶやきにオーケストラの本質がある。その本質を追求した本である。
多くの人はオーケストラは均質性のシンボルだと考えるが、実は内実は違うというのがこの本のみそ。この本で特徴として挙げられているのは
・チームは35人~130人
・長く修行をした奏者の集まりで、各人はタイプが違い、個性もある
・楽器ごとに分かれる部門(パート)もあり、部門の中のヒエラルキーも厳格
・パートリーダーのスタイルによってパートのスタイルが決まり、それはオーケストラ全体に影響を与える。また、各パートは明確なセルフイメージを持っており、他のパートと一線を画そうとする
・指揮者や奏者は常に同じ空間におり、また、常にプレッシャーに晒されている
・国によって違いはあるが、組み合いが活動を支配している。その範囲は芸術的な創造の範囲にまで及ぶ
・採用は厳しく、選ばれた奏者は個人主義の教育を受けており、技術的には経験豊富な奏者を上回ることが多い。
このような組織において、全体を調和させ、統一を取っていかなくてならない。プロジェクトなどの経験がある人であれば、如何に困難なことかがよく分かるだろう。
本書ではまず、個人をチームとしてどのようにまとめていくかを紹介している。チームにしていくにあたって、ポイントはいくつかある。
まず、技術と経験。上にのべたように経験のない若い人が技術的には優れていることが多い。しかし、それだけではよい演奏はできない。「オーケストラ経験」が必要である。それは、指揮者の示す構想、ビジョン、アイデアを最良の方法で実現するための経験だ。
このため、パートでみれば技術的にできる方法とできない方法が出てくる。その中で、リーダーはどのように実践するのがよいかを判断し、導かなくてはならない。
次のポイントはパートの壁を超えることだ。あるパートがビジョンの実現のため、新しいテクニックを考案したとしよう。それが終わりでない。他のパートでもその変化を受け入れられ、共通の戦略や目標を展開しなくてはならない。そのためには統一のための調整が必要なこともある。全体がパートの壁を越えてメンバー全体の意識になったときに始めて問題解決が終わる。
三番目のポイントは多様性と調和である。この本では、調和よりは、「敬意」が大切だと明確に述べている。オーケストラは意見を言い合い、全体の統一をしていく。そこで必要なのは、敬意を持っていることである。これはチームの基本でもあるが、異なる意見を交わすには、相手に対する経緯がなによりも重要である。敬意がないと、禍根が残る。
もう一つ上げておくと、コンセンサスだ。面白い例が出てくるのだが、16人のチームで、2~3人だけが新しい方法を受け入れなかったとする。このときにどうするか。著者は合意など幻想だという。それはよく分かる。そこで、無視するという手に出るそうだ。
次の話題はチームがどのように機能するかだ。チームワークとはメンバーの相互作用であり、チームワークが大切だという。チームワークについて面白い表現をしている。
チームワークとは個性をクロークに預けないで、自分の能力をチームのために発揮すること
チームワークを行うには「チームワーク能力」が必要である。まず、最初は責任で、若い奏者には責任をゆだね、自由に前に進めるようにすること。
次に、リーダーシップで、さまざまな性質や気性のメンバーをかわるがわる活躍させること。それによって、多様性を否定しないことである。
さらにマネジメントについても言及している。この中で詳しく述べているのが真のリーダーとしての5箇条で、
(1)効果狙いや行動主義を避ける
(2)成功を定義する
(3)物事に役立つ価値を見つける
(4)休息でリーダーシップを向上させる
(5)信念を持つ
である。
オーケストラとか、指揮者に対する知識がなくてもなんとなく言っていることは分かるし、ポイントは企業でどのように考えればよいかを示しているので、その内容を読んでもう一度、オーケストラのやり方の説明を読むとかなり具体的にイメージでき、ビジネスへの示唆も得られる。
冒頭にも述べたように、オーケストラの置かれている状況は、特に日本の大企業によく似ており、その中でクリエイティブな成果を上げるにはどうすればよいかを考えるには、非常に参考になる一冊である。
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