【イノベーションを実践するマネジメント】第1話 戦略実行とイノベーション
◆はじめに
この連載は、ほぼ1年、21回連載してきた「イノベーションを生み出すマネジメント」の後継の連載です。イノベーションを生み出すマネジメントは、入門的な位置づけで現場のマネジャーに役立つことを意識して書いてきましたが、今度は少し、組織を意識した議論をしたいと思っています。
「イノベーションを生み出すマネジメント」
「イノベーション・イニシアチブ」には、これ以外に連載が2本あります。
「イノベーション戦略ノート」:イノベーションの四方山話
「イノベーション・リーダーシップ」:イノベーティブリーダーの仕事術
併せてお読みいただくと効果的です。
◆イノベーションとは何か
イノベーションという言葉を聞かない日はない。実は、こういう状況はこの15年くらいで2回はあったように思 う。1990年代の終わりと、リーマンショックの前である。要するに、経済や企業の成長が停滞してきたり、社会に閉塞感が出てくるとイノベーションという 言葉が登場するようだ。
今年度の事業方針にイノベーションという言葉が入っているという話を聞く一方で、先日ある人から、今年度から事業方針の中からイノベーションという言葉が消えたという話を聞いた。上のような経緯があるので、分からなくはない。
ここで一つ疑問がわく。そもそも、イノベーションは必要性に駆られて行う「特別な」活動なのだろうか?イノベーション実践マネジメントの連載を始めるに当たり、最初にこの議論をしておきたい。
イ ノベーションという言葉は「技術革新」と訳されることが多いが、この根源は経済白書にある。1958年の経済白書で、イノベーションを「技術革新」と訳し て以来、そのような訳が定着してきた。今の日本の置かれている状況を考えると、これは世紀の誤訳といってもいいと思うが、高度成長期をこのイメージが支え てきたことも確かだ。
イノベーションと似て非なる言葉に、インベンションという言葉がある。日本語に訳せば、「発明」である。スティー ブ・ジョブズがiPhoneのプレゼンで電話を「再発明」したといったものだから、最近ではリ・インベンションという概念を提唱している学者もいる。この 話はややこしいので、連載中に機会があれば触れることにしここではこれ以上触れない。
◆イノベーションとインベンション
さて、インベンションは普遍性のある原理を見出す発明であり、企業の活動でいえば基礎研究活動で行われるものだ。これに対して、イノベーションは価値を見出すことであり、企業の活動でいえば開発で行われることが多い。
世 紀の発明というと、電気、蒸気などのエネルギーが思い浮かぶ。たとえば、ワットの発明した蒸気機関、これはインベンションである。蒸気機関を使って、発電 をする仕組みを作った。発電所だが、これはインベンションというよりイノベーションである。このように考えると、インベンションとイノベーションの間に は、インベンションがあって、それを使ってイノベーションが起こるという関係があるように思える。つまり、基礎研究活動で要素技術のインベンションを行 い、開発活動でその要素技術を使って製品を開発し、また、生産方法を開発し、市場に出すイノベーションがあるという活動になる。
IBMの元CEOのパルミサーノ氏は、イノベーションはインベンションとインサイト(洞察)が交わるところで起こると洒落たことを言っている。製品開発では、洞察は技術の可能性に関する洞察と、市場のニーズに対する洞察が行われ、イノベーションが起こるわけだ。
◆シュンペーターの「新結合」
も う少し、遡ると、企業が行う不断のイノベーションが経済を変動させるという理論を構築したヨーゼフ・シュンペーターは、1912年に刊行した「経済発展の 理論」で、イノベーションを新結合と呼んでいた。そして、新結合は、経済活動において旧方式から飛躍して新方式を導入することであるとした。この本の中 で、シュンペーターはイノベーションとして以下の5つの種類があることを示している。
・新しい財の生産
・新しい生産方式の導入
・新しい販売先の開拓
・新しい仕入先の獲得
・新しい組織の実現
つまり、バリューチェーンのすべてにおいてイノベーションは起こり、新しい価値を創出するといっているわけだ。
こ のような経緯があり、イノベーションとインベンションの関係を示すキーワードは、「組み合わせ」であると考えられるようになっている。つまり、発明された 技術と技術を組み合わせて新しい価値(製品、生産方法、販売先、サプライチェーン、バリューチェーン)を生み出すことがイノベーションである。また、イノ ベーションで生まれた価値を組み合わせて、さらに新しい価値を生み出すイノベーションもある。
◆戦略経営とイノベーション
さて、イノベーションをこのように捉えたときに、一つ考えるべきことがある。それは、イノベーションは特殊な活動なのかという問題だ。この議論の鍵になるのが、「戦略」である。
戦 略といってもいろいろあるわけだが、ビジネスの世界に戦略という概念が持ち込まれたのは第二次世界大戦後であり、アンゾフの成長マトリックスなどが初期の 研究である。戦略の目的は企業の成長である。成長するためには、新しい財が必要であり、新しい財を持つにはインベンションか、イノベーションが必要であ る。
インベンションを行う基礎研究は成果を得るまでのタイムスパンや不確実性の関係で事業計画からは一線を画されており、戦略を実行する方法はひらすらイノベーションとなっている。
つまり、戦略経営を前提にして考えるなら、イノベーションは特別な活動ではなく、計画された活動であり、また、財(リソース)という点において既存のリソースから切り離して行われる活動ではなく、既存のリソースを前提にして行われるものである。
企業で話をすると、日常業務に忙しくて、イノベーションなんて考えている時間はないという話をよく耳にする。この言い分をこれまでに述べてきたことで言い換えると
戦略は絵にかいたモチであり、成長するつもりはない
ということを言っているに等しい。
◆同じことをやっていれば価値は半減する
も う一つ考えて置かなくてはならないことがある。それは、同じことを繰り返していれば、いかに品質や精度が上がろうと、何年かすれば価値は半減するというこ とだ。非常に不思議なことにこの認識がある人は少ない。永久機関ができないのと同じで、永遠の価値などない。しかも、新しい価値がその価値を持続できる期 間は極端に短くなっている。
たとえば、米国大統領に世界を変えたと言わせた世紀のイノベーションである「iPhone」ですら、5年しか たっていないのに大きくシェアを失っている。ところがこれに対して、商品価値は失われていないという人がいるので、驚く。理由を聞くと、質感やデザインは Galaxyの比ではないという答えが返ってくる。アプリケーションの質量もAndroidを依然として引き離しているというわけだ。
これは典型的な作り手の論理で、購買側の論理としてはデザインにしろ、質感にしろ、アプリケーションにしろ、飽きてきたら価値にはならない。価値に差異がなければ、安い方を買う。そもそも、この種の高額商品ではその価値は相対的なものではない。ここにも誤解がある。
飽 きさせないためにはイノベーションしかない。戦略ノートにも書いたが、その意味でイノベーションは企業の目的に基づくものでは必ずしもない。最終的には結 び付くのだが、とにかく新しいものを提供する、つまり、イノベーション自体を目的にしなくてはならない。これは技術革新のことを言っているのではなく、イ ノベーションのことを言っている。
◆この連載のスタンス
この連載は上の2つの問題意識を前提に、イノベーションマネジメ ントとは何をすべきかを考えるものである。本当はイノベーションマネジメントという言葉もどうかと思う。この前の入門編の連載では、タイトルをイノベー ションを起こす「マネジメント」としたが、イノベーションをマネジメントすべきなのではなく、継続的にイノベーションが起こるようにマネジメントすべきな のだ。もちろん、イノベーションには定常業務とは異なるマネジメントが必要なのだが、それは単に、ポートフォリオ、プログラム、プロジェクトのセットで行 うプロジェクトマネジメントをどのように適用していくかという議論である。
ということで、今度の連載は実践編ということで、戦略マネジメントとしてのイノベーションマネジメントについて考えていきたい。
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