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2007年11月11日 (日)

デジカメのドミナントデザインを築いた「QV-10」開発プロジェクトのスポンサーシップ

◆デジカメのドミナントデザインを築いたカシオ「QV-10」

現在ではデジカメというと、

 ・デジタルデータでの記憶
 ・ファインダーをビューアを兼ねた液晶画面

の2点において、従来のカメラとは異なる商品としてドミナントデザイン(市場の支配を達成したデザイン)が確立されている。このドミナントデザインを作ったのが世界中で大ヒットしたカシオのデジカメ「QV-10」である。

◆役員への直談判~しかし大失敗に終わる

カシオのデジカメ事業の中心にいたのはエンジニア末高弘之である。末高は好奇心とものづくり魂に富んだエンジニアで、カシオに入社後、カシオの70年代の代表商品の一つであるデジタル時計の開発で活躍をし、次のターゲットに電子カメラ(デジタルカメラ)を選び、役員である樫尾和雄に直談判し、開発を認められる。

こうして日本で最初のコンシューマ向け電子カメラの開発プロジェクトとして「Kプロジェクト」が立ち上がる。Kプロジェクトはまったくの素人の集まりだったが、徐々に学習していき、何とか、初代の電子カメラ「VS-101」の商品化にこぎつける。ところが、VS-101のマスコミ向けのレクチャーでは、なんと実機が動かなかった。マスコミ向けレクチャーを担当した樫尾和雄は、末高に猶予を与え、結局10か月後にやっと発売にこぎつけた。

にも関わらず、「VS-101」は全く売れず、大失敗に終わる。「VS-101」を開発したKプロジェクトは解散し、解散に際しては全メンバーが在庫処分のために、販売店での販売を手伝うという屈辱的な経験もした。

◆スカンクワークから、カメラ付き液晶テレビへ

Kプロジェクト解散の後は、メンバーはいろいろな部門に異動した。末高は研究部門に異動する。ここで上司だった松岡毅は、デジタルカメラ向けの研究開発を認めるわけにはいかないと言いながらも、スカンクワーク(組織から正式に承認されていない仕事)として、要素技術の開発活動を勧める。松岡の勧めにより、末高と一緒に残った富田成明は少しずつ、将来のデジタルカメラの開発に必要な技術的な課題を解決していく。

いよいよ、本格的な試作が可能になったあたりで、スカンクワークとして予算のないままでやる限界が来た。そこで、新しいデジタルカメラの開発を提案するが、「VS-101」の失敗は依然としてなまなましく、却下される。

そこに、「VS-101」の時代からデジタルカメラに興味を持っていた商品企画担当である中山仁が参画してくる。中山はデジタルカメラの開発ではなく、主力商品になることが期待されていた小型の液晶テレビの差別化オプションとしてテレビに映すものを撮影できるデジタルカメラという位置づけで、デジタルカメラの開発を提案する。商品はカメラ付き液晶テレビである。

このときの社長は「VS-101」で煮え湯を飲んだ樫尾和雄だった。樫尾は中山の思惑に気付きながら、開発を認める。

◆決断と成功

しばらくその形での開発が続くが、カメラ付き液晶テレビには価格見合いの決定的な用途が見つからない。そこで、末高と中山はカメラ単体として開発することに腹をくくる。社内にまだ、「VS-101」の失敗のトラウマがある中で、新しいデジタルカメラ「QV-10」の開発を提案する。

社長の樫尾は半ば呆れつつも、結局、社会的なインパクトがある商品の開発として開発を認める。今度はうまくものになるが、社内のトラウマはまだ残り、商品として期待されず、生産台数も少なく、また、プロモーション費用ももらえない。意を決した末高は米国のショーに乗り込んでPRをする。米国での評価は高く、マスコミに取り上げらた。これが日本にも飛び火し、日本でも口コミでその存在が知れ渡ることになる。

こうして、「QV-10」は成功し、初年度20万台を売り上げる。デジカメのドミナントデザインが誕生した瞬間であった。

後日、末高や中山はアワードで社長表彰を受ける。この表彰を誰よりも喜んだのは、社長の樫尾和雄自身だったかもしれない。

【QV-10を生み出した5つのスポンサーシップ】

「QV-10」のプロジェクトスポンサーは2人いる。一人は社長の樫尾和雄である。もう一人、重要な役割を担ったスポンサーが「VS-101」失敗の後、末高の上司になった松岡毅である。おそらく、松岡の存在がなければ、「QV-10」というドミナントデザインが生まれることもなかったし、その後、EXILIMで業界をリードしていく立場にもならなかったのではないだろうか。

そのあたりも考えて、ここでは「QV-10」を生み出したスポンサーシップという視点でその役割を整理してみたい。

(1)やってみて考えることを後押しする
社員食堂で末高からデジタルカメラの直談判を受けた樫尾は、それがどんなものかも理解しないままに、とりあえずやってみればと承認をした。オーナー企業であったことや、末高がそれ以前にデジタル時計で成果をあげていたことなどと差し引いて考えても、この決断が最終的にはカシオのデジタルカメラ事業を立ち上げたことになる。デジタルカメラは工業製品で日本がドミナントデザインを作った珍しい例の一つだと思うが、それを生み出したのがこの決断であったといえよう。
イノベーションを引き起こしたり、あるいはドミナントデザインを生み出すにはやってみて考えることが極めて重要である。そして、それを促していくことがプロジェクトスポンサーの大きな役割だといえる。

(2)失敗の本質を見抜き、冷静に対処する
樫尾和雄は、「VS-101」で実質的な責任者であり、予定時期に実機が動かず、たいへんな苦境に陥った。ここで、樫尾は失敗の原因が時間にあると見抜き、冷静にどのくらいの期間が必要かを尋ね、その期間を末高に与える。末高はその期待に応え、完成にこぎつける。
イノベーティブなプロジェクトは失敗の山の中に一本の道を築いていくようなものが多い。その場合、スポンサーに求められるのは、失敗に対して過剰な反応をしないことである。そのためには、その失敗の本質がどこにあるかを見極め、できるだけ可能性のあるところに道をつけるようなアドバイスをしていくことが重要である。これができてこそ、(1)のようなスタンスを取ることの意味が生まれるともいえる。

(3)市場に関して妥協をしない
中山は「カメラ付き液晶テレビ」について、100種類もの用途を提案するが、些細な100の用途より、ひとつのインパクトのある用途だと一蹴される。結局、これが末高や中山の腹をくくらせることになる。腹をくくって、単体のデジタルカメラの開発提案をし、正面突破を試みる。
スポンサーシップの中で非常に重要だと思うのは、顧客や市場に対する思いの部分で妥協しないことである。カメラ付き液晶テレビでの市場に対するスタンスは単にカメラ単体の開発という方向に進ませただけではなく、カメラを開発する際にも引き継がれることになる。つまり、二重の意味で、このようなスタンスがなければ「QV-10」のような素晴らしい商品は生まれなかったのではないかと思われる。

(4)よい意味でだまされる
「QV-10」の開発において樫尾は二度、だまされた(と思ってやらせている)。
一度は、「カメラ付き液晶テレビ」という何ともトリッキーな提案があったときに受け入れた。そして、二度目はデジタルカメラを切り離して提案をしてきたときに受け入れた。おそらく、樫尾は「カメラ付き液晶テレビ」の開発を認めた段階で、近い将来、再度、デジタルカメラにチャレンジすることを決意していたのではないかと思われる。ここは非常に興味深い。
日本には「腹芸」という言葉がある。これからの経営環境の中で、よいか悪いかは別にして、表向き賛成ではないと言いながら、胸中では賛成し、物事を前に進めていくということをよくやる。この状況での樫尾の立場はそうだったと思われる。いくら創業者一族だといっても、「VS-101」の大失敗の後で、強引に新しいデジタルカメラの開発を進めても社内ステークホルダの協力は得られないだろう。このような状況では、「次の世代の人材育成のためにだまされたと思って支援してやろう」といったあたりで社内の連帯感を作り、プロジェクトへの協力を生み出していくようなやり方が必要だ。プロジェクトスポンサーにはそんな「腹芸」をすることが求められよう。

(5)火種を守る
松岡は「VS-101」失敗の後、研究部門で末高にスカンクワークを勧め、ステップバイステップで、新たなチャレンジをほのめかす。もちろん、末高のエンジニアとしての卓越した才能を見越してのことだが、一方で、デジタルカメラという商品の市場性を見抜いており、その火種まで消してしまうことがカシオという会社の事業に及ぼす影響を見抜いていたのだろう。
このように直属のスポンサーが自分の裁量の範囲で火種を持ち続け、次期とともにそれが再び燃えるというのは技術的苦難を伴った商品開発ではよく見られる。簡単なように思えるが、これは相当なプレッシャーを伴う行動である。

【参考資料】
プロジェクトX 挑戦者たち 第V期 男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける(2002)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00007DXX4/opc-22/ref=nosim

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。