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2008年7月14日 (月)

【補助線】経験がプロジェクトマネジャーをダメにする?!

◆メンタルモデル

メンタルモデルという言葉を聞かれたことがあるだろうか?我々の心に固定化されたイメージや概念のことだ。刷り込み、思いこみだと言ってもよい。

ハーバードビジネスレビュー2008年8月号にプロジェクトマネジャーのメンタルモデルをめぐるたいへん興味深い論文が載っていた。これだ。

キショア・セングプ、タレク・アブデル、ルーク・ファン・ワッセンホフ「プロジェクト・マネジャーが陥る「経験の罠」

この論文では、プロジェクトマネジメントのシミュレータを使って、数百人にのぼるベテランのプロジェクトマネジャーの調査をやっている。そして、その結果、必ずしも、これらの経験の豊富なプロジェクトマネジャーのパフォーマンスが高いわけではないことが分かった。むしろ、同じ失敗を繰り返し、パフォーマンスが低いケースが多いという結果が出た。

そしてその原因はなんと、従来、プロジェクトマネジャーの重要な資質だと考えられてきた「経験」にあるという結果を得たというのだ。

◆失敗を繰り返す3つの原因

実際に実験に協力したプロジェクトマネジャーの多くは、過去の判断ミスが反省せず、その後の意思決定に活かすこともなく、結局のところ、失敗を繰り返していることが多いが、その原因は3つあったそうだ。

ひとつ目は原因と結果の間にタイムラグがあることだった。タイムラグがあるので、因果関係がはっきりしない。たとえば、新たに加えたメンバーがチームに慣れ、思惑通りの能力を発揮するには常識的に考えて2~3か月かかるが、彼らはメンバーに加えるとすぐに能力を発揮するという判断をするのだ。そして、それは繰り返される。

二つ目は見込み違い。これは初期の見込みを修正できずに、チームに影響が出てくること。たとえば、生産性。ひとりひとりのメンバーの生産性に対して初期に設定した生産性が見込み違いであることが、進捗報告の評価によって判明しても無視する傾向がある。また、評価そのものを低めに行う傾向がある。これは、より多くのリソースを獲得したいという心理が働いているという。

三つ目はもっとも根深い問題だ。プロジェクト初期の目標が達成できそうにない場合に、彼らは目標の下方修正より、初期目標に拘り、ボロボロになりながらも何とか達成することにこだわるという。この背景には彼らのキャリアの中で「上司から与えられた目標は絶対である」というメンタルモデルが培われていくためだ。実際のところ、多くの企業では目標の下方修正は「失敗の自認」であるとみなされると指摘する。

このようにベテランのプロジェクトマネジャーは、長年、培われてきたメンタルモデルが支配し、それゆえに適切な判断ができなくなる傾向があるという論文である。これを防ぐためには、プロジェクト管理の仕組みの中に認知フィードバックの仕組みを入れて、プロジェクトマネジャーに思い込みに気付かせることが重要であると述べられている。まさに、アーンドバリューなどはそのためにあるといってもよいだろう。

以前、プロジェクトマネジャーの育成では失敗を糧にすべきという意見に対して、PM学会会長の富永氏に、「IBMでは失敗するプロジェクトマネジャーは何度でも失敗を繰り返す」と指摘されたが、結局、こういうことなのだろう(ちなみに、この論文で、企業名は明記されていないが、IBMと思われる企業がこの問題対処のベストプラクティスに取り上げられているので、IBMははやくからこの問題に気づき、対処していたのかもしれない)

◆経験を積めばつむほど失敗要因が強化される

少し、この論文から離れる。

この問題は、むしろ、メンタルモデルに起因するものなので、経験を積めばつむほど、強化されることになる。何とも考えさせられる論文である。全般的な印象でいえば、キャリアの浅いプロジェクトマネジャー(職位でいえば係長クラス)でこのような問題を感じさせる人は少ない(まれにエンジニアとしてのこのような感覚をそのまま引きずっている人がいるくらい)。ところが、シニアプロジェクトマネジャーになると、何を言っても自分の思い込みの世界から抜けきれないという人がよく見られる。明らかに強化されているわけだ。

ただ、これはそんなに単純な問題ではないことだけは言っておきたい。つまり、プロジェクトの状況で白黒がはっきりしていればアドバイスもできるが、本質的にはプロジェクトの状況も認知の問題であるので、そうは思わないと一言言われれば抗う余地はなくなる。したがって、対処のまずさも本人が気づくしかないのだ。

◆現場にみる3つの罠

また、この論文で指摘される3つのこの問題も、よく見かける。

最初のラグに対応できないという問題はかなり深刻な問題である。問題解決をする際にはアクションに必ずラグが出てくるが、このラグを考慮した問題解決を行うことのできるプロジェクトマネジャーにはほとんどお目にかからない。

二番目の見込み違いもよく見かける問題だ。多くのプロジェクトマネジャーは見積もりが間違っていたと認識した時点で計画を放棄する傾向がある。見積もりを見直して、新たな計画を作ってその計画に従って、プロジェクトを進めていこうとはまず考えない。PMツールを使い、生産性を一括して変更できてもなかなかやろうとしない。初期の設定に拘り、なんとか、今の生産性をベースにして管理しようと工夫する。初期の設定が間違っていることはプロジェクトマネジャーとして決定的な落ち度になると考える傾向があるようだ。

これはプロジェクトの命取りになりかねない。

三番目も多い。なかなか、プロジェクトマネジャーが上位組織に対して、スコープ削減、納期変更などの目標の下方修正を申し入れることはない。これは不思議な現象だが、この論文のようにメンタルモデルを持ちだされるとよく分かる。そして、この論文の指摘通り、たとえば、100%のスコープを90%にして納期どおり、スケジュール通りに達成するよりは、大幅なスケジュール遅れ、大幅なコスト超過を起こしても、100%のスコープを達成する方が評価される傾向がある。一度、コンサルティングに入った商品開発プロジェクトで、スコープ削減の提案をしたが通らず、2億円の予算が2億8千万円、開発期間11か月が15ヵ月になったが、プロジェクトマネジャーもメンバーも評価されて、びっくりしたことがある。

結局、上位のマネジャーは目的を達成するプレッシャーが一層強い。それゆえにこのようなことになるのだろう。

なんとはなくだが、コンサルティングの中で、抱いていた感じが、シミュレーションによってきちんと実証された感じだ。この論文はいろいろと使える!

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。