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2010年4月30日 (金)

【PMスタイル考】第16話:マネジメント過剰・リーダーシップ不足

◆「顧客満足」というミラクルワード

3月15日に開催したプライベートセミナーでは、MIRの浦正樹さんをお招きしてプロジェクトガバナンスのお話をして戴きました。参加者はざっと製造業が半分、IT系が半分という感じでした。このセミナーの中で、浦さんが何人かの方に、「御社にはどんな戦略がありますか?」と質問されていました。製造業の方は、それなりに答えが答えが返ってきましたが、IT系の方は、ほとんど「顧客満足」、「品質向上」でした。

「顧客満足」という言葉はミラクルワードで、「目標はなんですか」、「戦略はなんですか」、「経営理念はなんですか」など、どんな質問の答えでも、「顧客満足」と答えておけば一見もっともらしく思えます。

ところが、「その先に何があるのですか」と尋ねてみると、「継続的な取引」とか、「顧客の抱え込み」とか、あるいは、もっと情緒的に「お客様の喜ぶ顔が見たい」といった答えが返ってきます。


◆「Win-Win」と顧客満足がどうつながるのか

経営者へのインタビューでは時々「共存共栄」とか、「Win-Win」とかを時々見かけますが、現場マネジャーと話をしていて、こんな答えが返ってくることはほとんどありません。そのように水を向けてみると、「とんでもない、とにかく尽くすことが重要だ」という答えです。尽くせば結果はついてくるということなのでしょう。でも、実際に「Win-Win」になっているケースは少なく、どうも、トップの唱える「Win-Win」という戦略の実行として、顧客満足の実現は必ずしも適切ではないような気もしてきます。自社にとってどうだという以前に、顧客にとって本当にWinなのかという疑問もわいてきます。

この問題は大きくは2つの視座があります。一つ目は、「Win-Win」でないことによって、結果として顧客は品質の悪いシステムを使うことになり、ビジネスのパフォーマンスを落とすことになります。二つ目は、システムのライフサイクルを通じて十分なサービスを受けることができない可能性があり、それによって顧客のイノベーションが滞る可能性があることです。

そのように考えると、「Win-Win」という経営戦略を承けた現場の戦略として、「顧客満足」というのはあまり適切ではないように思えます。「顧客満足」が実現できた延長線上に「Win-Win」があるとは思えないからです。


◆「顧客満足」というマネジメントツール

では、なぜ、現場では「顧客満足」といった戦略が出てくるのでしょうか?これはマネジメントのツールとして非常に便利だからです。「顧客満足」という言葉を部下に「一生懸命働け」と言う言葉の代わりに使っているマネジャーは少なくありません。そのようなマネジャーに限って、「顧客満足」という旗を立てながら、大変そうな要求の波が来たら、「収益確保」、「品質優先」という旗に変えてしまいます。

このようなマネジャーを生む根源的な理由は、現場が「金」だけで動いているからです。第14話でジョン・コッター博士のマネジメントとリーダーシップ論の話をしました。そこには書いていませんが、

マネジメント:現在のシステムを機能させ続けるために、複雑さに対処することリーダーシップ:現在のシステムをよりよくするために、変革を推し進めること

という活動の目的の違いは、手段の違いに現れます。

両方とも課題を設定して、課題を解決させることは同じです。

その手段として、マネジメントは計画と予算を目標として定め、その達成に向けて詳細なステップを決め、計画を完遂するために経営資源を割り当てます。これに対して、リーダーシップでは、針路を設定し、ビジョンを示すことにより、メンバーの心を統合していきます。このような流儀の違いがあるわけです。また、マネジメントが計画を確実に行うための手法はコントロールと問題解決であるのに対して、リーダーシップは動機づけと啓発によって計画を確実に行おうとします。

したがって、マネジメントでは「金」の話が中心になります。これは悪いことではなく、当然のことです。しかし、同時に数字を作るだけでは経営にはなりません。財務目標を達成するためには、組織としての様々な能力や資源が必要で、それを構築していくための非財務目標も必要になります。そのためには、マネジメントとリーダーシップの統合が必要であって、それを「顧客満足」だけで片付けてしまうのはどうかと思います。


◆バランススコアカードによるマネジメントとリーダーシップの統合

統合の一つのやり方が、バランススコアカードです。バランススコアカードでは、戦略を、財務の視点、顧客の視点、業務プロセス、学習と成長の視点の4つの視点で構成し、この4つをシナリオとして関連させることによって、財務目標を達成すると同時に、組織能力や資源を構築していきます。

さて、「Win-Win」の話に戻ります。経営が「Win-Win」という戦略を立てたときに、現場は、最低でもバランススコアカードの4つの視点から検討した「Win-Win」の目標設定をすべきです。「Win-Win」という戦略は総合力の戦略ですので、顧客視点が起点になりますが、すべての視点からの目標が必要になります。たとえば、

顧客視点:顧客ビジネスの目的を把握し、目的にコミットする
業務プロセス:適切な顧客接点を設定と対応のスピードと柔軟性の確保
学習と成長:持続的な貢献ができるような能力開発
財務:個別プロジェクトで収益10%を確保

といった感じです。この目標を達成するには、マネジメントだけではできません。リーダーシップが必要になります。

広い意味でのマネジメントの問題ですので、このようにすべきだということではありませんが、この落とし込みをせずに、プロジェクトマネジャーに「顧客を満足させろ」と言ってプロジェクトを渡すのはかなり乱暴なやり方であることは間違いありません。


◆戦略の連鎖を断ち切る愚行

特に注意しておかなくてはならないのは、こういう乱暴なやり方をすると、戦略の連鎖が途切れ、現場の活動が戦略的にあまり意味のない活動になってしまうことです。つまり、動機づけと啓発もできず、プロジェクト計画は絵に描いた餅になるわけです。

これが典型的な「マネジメント過剰・リーダーシップ不足」です。プロジェクトマネジメントを強化するというのは、マネジメント過多を引き起こすことではありません。特に、経営環境が厳しくなってきた中のプロジェクトマネジメントの強化は、リーダーシップの強化です。この点を改めて考えておきたいものです。


◆リーダーシップとしてのスポンサーシップ

プロジェクト活動という枠組みの中で、リーダーシップとはスポンサーシップに他なりません。特にプロジェクトマネジャーの上司のスポンサーシップが大切です。

上のように書いてしまうと、それはプロジェクトマネジャーのリーダーシップの問題だという風に受け止められるマネジャーもいるでしょう。そんな方は、「リーダーを育むリーダー(leader-developing leader)」という言葉を覚えておかれるとよいと思います。これは、ジャック・ウェルチとティシ・ノエルが使った言葉です。

実感として感じるのは、ミドルマネジャーのマネジメントとリーダーシップのバランスで組織はどうにもで変わるということです。トップマネジメントにはリーダーシップしか期待できません。逆にジュニアマネジメントには、自身が率いるチームに対するリーダーシップは期待できますが、組織全体にはマネジメントしか期待できません。

唯一、両方の期待をされているのが、ミドルマネジメントです。ミドルマネジメントがリーダーシップに富めばイノベーティブな企業になります。ミドルマネジメントがマネジメントにこだわり過ぎれば、官僚的な企業になります。そのことをお忘れなく。

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好川哲人

技術経営のコンサルタントとして、数々の新規事業開発や商品開発プロジェクトを支援、イノベーティブリーダーのトレーニングを手掛ける。「自分に適したマネジメントスタイルの確立」をコンセプトにしたサービスブランド「PMstyle」を立上げ、「本質を学ぶ」を売りにしたトレーニングの提供をしている。