トーマス・アレン、グンター・ヘン(日揮株式会社監修、糀谷利雄、冨樫経廣訳)「知的創造の現場―プロジェクトハウスが組織と人を変革する」、ダイヤモンド社(2008)
お薦め度:★★★★★
なぜ、BMWはあんなに革新的で、ドライバーをわくわくさせ、美しい車を作れるのであろうか?著者もそのひとりであるが、こんな疑問を持っている人は多いと思う。
その答えがこの本の中にある。
この本は、組織内でのコミュニケーションパターンが、「組織構成」と「空間構成」の2つの相互作用によって決まるのではないかという仮説のもとに、MITスローンの教授で技術系組織のコミュニケーション手法を専門とする研究者トーマス・アレンと、ドイツの著名な建築家であるグンター・ヘンがコラボレーションした本。
この本の中心をなすのは「スパイン(背骨)」というコンセプトである。スパインは文字通り、背骨のような形をしたオープンスペースであり、ここで組織を超えたコミュニケーションが行われ、気づきが生まれ、イノベーションが起こる。
グンター・ヘンはBMWにスパインを応用したプロジェクトハウスを作った。BMWのプロジェクトハウスでは、スパインが垂直に立っているが、ここに試作車を置き、さまざまな活動の中心となり、プロジェクトにかかわる人々の流れや活動は自然とここに引き寄せられるような設計になっている。さらに、プロジェクトハウスの周辺部門からもブリッジを渡って参加でき、プロジェクトに参加できる(連絡調整、情報収集)。このようにして、他のプロジェクトや製品にかかわるメンバーとの出会いも生まれ、インスピレーションを誘発するコミュニケーションが生まれる。
この状況はトーマス・アレンが専門とするコミュニケーション手法を実現することになる。このように、建築(プロジェクトハウス)と組織構造を組み合わせることによって、高い成果が生まれることを具体的な事例を分析しながら、述べた本。
プロジェクトワークプレイスというのは重要であるという認識はあるが、せいぜい、コロケーション(同一場所でプロジェクト作業をする)くらいで、一方で、マトリクス組織のコンフリクトに悩むという図式がある。
そろそろ、こんなことを考えてみる時期に来ているのではないだろうか?BMWのような車を作りたければである。
ちなみに、京都に本社のある企業で、スパインコンセプトだと思われる研究所を作っている企業がある。組織構造やプロジェクトマネジメントがどうなっているかは知らないが、公開情報で知る限り、かなり、創造的な成果を上げているようだ。やはり、このコンセプトは一定の効果があるのだろう。
樋口泰行「変人力~人と組織を動かす次世代型リーダーの条件」、ダイヤモンド社(2007)
お薦め度:★★★1/2
ダイエーの再建のリーダーとして乞われた樋口泰行氏が1年半にわたる活動から得られた変革型リーダーの在り方をまとめた本。エピソードを中心につづられており、リアリティのある話で、物語としても面白く読める。
ダイエーがどのような状況だったかを示すエピソードがある。ダイエーはかつて、野菜に強かったが、いろいろな問題で、その強みをなくしていた。ヒューレットパッカード社の社長だった樋口氏は、HP社の送別会で、いろいろな店で買ってきた野菜を並べ、どれがダイエーのものかを当てるというゲームをやらされる。もっとも鮮度が悪いのがダイエーのものだった。それが原因でもないのだと思うが、まずは、野菜改革に取り組み、一定の成果を出す。これを契機にして、風土改革を行い、ダイエーをなんとか再建のめどがつくところまでひっぱていく。
その際に、樋口氏が再建(変革)プロジェクトのリーダーとして必要だと思った力が
・現場力
・戦略力
・変人力
だという。現場力とは、「現場の創意を最大限に引き出す力」である。戦略とは「人や組織をただしい方向に導く力」である。そして、この本のタイトルでもある変人力とは「変革を猛烈な勢いでドライブする力」である。
これらの定義はこの本のそれぞれの章の副題として書かれているものなのだが、僕自身は本文中にもっと強烈なインパクトのあるフレーズがあった。特に変人力では、本文中にその定義として
エモーション
周囲が何を言おうとも自分の信念を貫きとおす力
底知れない執念で変革をやり遂げようとする力
といった表現があるが、エモーションとか、信念とか、執念といったキーワードの方がぴったりとする。
この本を読んでいると、タイトルにあるとおり、やっぱりキーになっているのが変人力である。もちろん、方向が間違っていたり、現場がしらけていたりしたのでは話にならないが、逆にいえば、このあたりはそれなりにできる人が多い。特に、樋口氏の、松下電器、ボスコン、HPというキャリアをみれば不思議ではない。
ダイエーでこの時期に樋口氏が果たした役割に対して、本当の意味での評価がされるのはもっと後だと思うが、丸紅という会社の支援を受けることができるようになったのは大きな成果だ。その意味で、成功したプロジェクトだと言えると思うが、樋口氏でなくてはできなかったとすれば、エモーショナルに動くことができたことではないかと思う。本として見れば、現場力に最も力が注がれていて、変人力のあたりが薄いのは多少物足りないなと思った(ただ、主役は現場なので、書いているうちにそのようになったのだろうというのは容易に推測できる)。その点で★を3つ半とした。内容的にはもうひとつ★を増やしてもよい本だ。
メアリー・グレース・ダフィー(大上 二三雄、松村 哲哉、上坂 伸一、エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社訳)「プロジェクトは、なぜ円滑に進まないのか (ハーバード・ポケットブック・シリーズ 1) 」、ファーストプレス(2007)
お薦め度:★★★★1/2
ビジネス書の杜ブログで、新任のマネジャーやプロジェクトマネジャーのためのマネジメントの入門書としてお薦めしているのがクイン・ミルズの「ハーバード流」シリーズ
ハーバード流リーダーシップ「入門」
ハーバード流マネジメント[入門]
ハーバード流 人的資源管理[入門]
である。
このシリーズを出版しているファーストプレスがハーバード・ポケットブック・シリーズなるシリーズを投入してきた。その第1弾が本書。このほかに
限られた時間を、上手に活用する
コーチング術で部下と良い関係を築く
の2タイトルあるが、いずれも良い本である。
さて、この本はプロジェクトスムーズに進めるプロジェクトマネジメントのポイントを
・必要なリソースを見きわめる
・目標をはっきりと定める
・途中で必要な修正を施す
に絞り、やさしく説明し、また、実際にできるような形で解説している。シンプルであるが、プロジェクトマネジメントの教科書には書いていないようなことも結構書いている(マネジメント視点からプロジェクトマネジメントをとらえている)。
また、自己診断がついているのも、行動の助けになるだろう。
プロジェクトマネジメントの本に対する評価として、難しいという本がよくある。これは理系の人がたくさん本を書いているからではないかと思う。
理系の人は知識を増やすために読む人が多い。したがって、プロジェクトマネジメントの本も、それなりに難しいことを書いていないと満足しない人が多いようだ。実際に、長尾さんの本とか、峯本さんの本などを読んで高い満足を得ているのは、すごいことだと思う。ビジネス書の杜でも取り上げているようにこの2冊はたいへんよい本だが、この本に書いていることを実践しようとすると、たぶん、10年はかかるだろう。
一方で、文系の人は、ビジネス書は行動(実践)するために本を読む人が多い。この目的でももっともよい本は、サニー・ベーカー+キム・ベーカー+G・マイケル・キャンベルの書いた「世界一わかりやすいプロジェクトマネジメント」だと思う。この本は、行動することにフォーカスしていると思う。ただ、網羅的に書いてあるので、やはり、これだけのことをできるようになろうとすれば5年はかかるなという感覚がある。残念なことに優先順位もつけられていない。
この本は、とりあえず、3つのポイントにフォーカスしている点が素晴らしい。勉強して、行動する。そして、行動できるようになれば、再び、勉強してまた行動する。このサイクルを作るための最初の一歩としてお薦めしたい本だ!
佐々木 利廣「チャレンジ精神の源流―プロジェクトXの経営学」、ミネルヴャ書房(2007)
お薦め度:★★★★1/2
プロジェクトXにはまっています。なぜから、こういう連載を始めたからです。
プロジェクトXというと、そのネーミングからか、プロジェクトマネジメントの視点から取り上げられることが多い。しかし、プロジェクトXというのはプロジェクトマネジメントについて問われるべきものではなく、「プロジェクトのマネジメント」について問われるべきものである。つまり、経営組織がプロジェクトをどのように行っていったかをテーマにしているものは極めて多い(もちろん、純粋なプロジェクトものもあるが)。
ということで、八重洲ブックセンターにいきプロジェクトXの本を探していたら、面白い本があった。これがこれ。
まとめ方も面白く、NHKのプロジェクトXはなぜ、面白いかという視点からまとめている。まとめたのは、京都産業大学の先生たち。分析視点は
・新規事業創造
・製品開発と企業間協調
・イノベーションと産業発展
・新市場の開拓とマーケティング戦略
・経営の国際化と組織学習
・組織間の異種協働
・リーダーシップとリーダー・フォロワーの関係
の関係。この視点の設定はたいへん、面白いし、参考になった。NHKのストーリーがプロジェクトにフォーカスしているので、その背後や環境をうまく抽出する視点だからだ。
ただし、分析は、教科書のような分析なので、経営学の教科書かと突っ込みたくなるような内容。もう少し、突っ込んでほしかった(実際に教科書として使っているようなので、そのためかもしれない)。
ということで、試みは評価したいし、この本を読んでプロジェクトXを見ると、見方が変わると思う(実際にやってみたらそうだった)。その意味でも意味があると思う。本当は★3つ半くらいにしたいのだが、★1個はその点でのおまけ。
また、プロジェクトマネジャーが、自分の置かれている立場を確認するためにも読んでほしい1冊である。
クリスチャン・モレル(横山 研二訳)「愚かな決定を回避する方法―何故リーダーの判断ミスは起きるのか」、講談社プラスアルファ新書(2005)
お薦め度:★★★★1/2
失敗学という言葉は定着してきて、多くの本が出版されている。マネジメント上の意思決定の失敗ケースを扱った本はあまり多くない。本書はリーダーが犯しやすい意思決定の失敗を取り上げ、そのような失敗を犯す原因やメカニズムを分析した本である。
この本の中に取り上げられている例で比較的、誰にでもわかる例を一つ上げよう。あるグローバル企業のシニアマネジャーがグループ企業向けに経営管理のグローバル研修を立ち上げた。研修の目的やターゲットをあまり明確にしないままで開始したので、「お経のような研修だ」というあまりよくない評価が多く、プログラムの改善をしながら進めていった。そうしているうちに、予算の関係で、グループ外の企業にも研修を提供しようということになった。そのため、研修の内容を多様化したり、カタログを作ったりしているうちに、いつの間にか、グループ内企業向けの提供は付け足しのようになり、受講の希望があっても、定員に余裕がなくて受け入れることができないということが起こるようになってきた。
この問題は組織が意思決定する際にもっとも起こりやすいやっかいな状況の典型であるが、こんな問題はマネジメントの中では山ほどある。
この本では、このような組織の「愚かな決定」を避ける方法を事例分析の形で、行動心理学、組織行動論の視点から分析し、提唱している。この本で扱っている「愚かな意思決定」はプロジェクトのように有期性の強い仕事で起こりやすいものが多いので、プロジェクトマネジャーの人に一読をお勧めしたい。
林 謙三「生産WBS入門―個別設計生産のマネジメント」、オーム社(2007)
生産活動のすべての事象を生産WBSにより一元的に把捉し、生産マネジメントを行う考え方を提案している。
WBSに注目している人は少なくないが、この本ほど、WBSをうまく利用しているのは稀ではないかと思う。WBSは本来、プロジェクトスコープマネジメントのツールであるが、この本で提案しているプロダクトWBSは、生産マネジメント、事業管理、開発フェーズのプロジェクト運営、受注フェーズのプロジェクト運営といったプロジェクトマネジメントのツールとして以外にも、生産マネジメントの改善・改革、個別設計生産情報システムなどを統合するツールとして実にうまく使っている。
生産マネジメントにおいてはかなり実践的な手法だと思わせ、また、本として具体的な事例を中心に書いているので、使える内容である。
問題は、この手法を生産マネジメント以外に使えるかどうかだ。この手法は小さなシステムのシステムインテグレーションにはばっちり使えるように思う。ぜひ、チャレンジしてみて欲しい。
金田 秀治、近藤 哲夫「トヨタ式ホワイトカラー革新」、日本経済新聞社(2007)
お奨め度:★★★★
まったくの偶然だが、これで3記事連続してトヨタものだ。これだけ、本が出るというのも驚きだし、切り口が違うというのもすごいなあと思う。
さて、この本は、古くて新しいテーマ、ホワイトカラーの生産性向上についての本である。
この課題に対して、トヨタ方式の導入のコンサルティングをやっている会社は少なくないが、この本は、スコラコンサルティングの金田秀治氏とケーズエンジニアリングの近藤哲夫氏による事例紹介を含めて、基本的な考え方、手法の概要を解説した一冊。
事例として紹介されているのは、岩手県庁、紀文などだが、この2社についてはかなり詳細に説明されている。
本書では、トヨタの方式を整理整頓などの5Sから始めるベンチマーク型と、部門の役割・機能を劇的に変えるシステム再構築型に分けて、それぞれについて、その進め方と本質がどこにあるかを解説している。
トヨタというと前者のイメージが強いが、後者(一般的にいうBPR)でも特徴のあるやり方をしていることが分かる。
いずれのタイプにしても、チェンジリーダーの存在と役割がもっとも重要だとしており、そのチェンジリーダーを如何に育てるかにポイントを置いている。実際に、ここがトヨタとトヨタ以外の企業の違いということになるのだろう。
トヨタにおけるチェンジリーダーの育成については、井上久男氏の「トヨタ 愚直なる人づくり」でも取り上げられているので、併せて読んでみるとよいだろう。
西村克己「世界一やさしい プロジェクトマネジメントのトリセツ」、日本実業出版社(2007)
お奨め度:★★★★
以前、この本の出版社の方から日本で一番売れている本は、西村克己先生の
「よくわかるプロジェクトマネジメント (入門マネジメント&ストラテジー)」
だと聞いたことがある。日経BP社の人に、伊藤健太郎さんの
「プロジェクトはなぜ失敗するのか―知っておきたいITプロジェクト成功の鍵」
が一番売れているという話を聞いた後だったので、推理すると西村先生の本がもっとも売れている本かもしれない。
なぜ、唐突にこのようなことを書き始めたかというと、本の流通のしくみはよく知らないが、それぞれが1位というのは両方とも正しいのかもしれないと思ったからだ。この2冊の本は、プロジェクトマネジメントの本であるが、ジャンルが違うのではないかと思ったのだ。伊藤氏の本は現場マネジメントとしてのプロジェクトマネジメントの本であり、西村先生の本は経営管理の一環としてのプロジェクトマネジメントの本である。つまりはドメインが違う。
さて、この記事で紹介する西村先生の新刊は、同じ出版社から「トリセツ」シリーズで出版された書籍であり、経営管理としてのプロジェクトマネジメントというのがより、色濃く出た一冊である。その意味で、あまり、なかったタイプの本である。「よくわかるプロジェクトマネジメント」よりできは明らかによいし、だいぶ、進化している。
プロジェクトマネジャーのプロフェッショナルを目指す人ではなく、マネジメントの一分野としてプロジェクトマネジメントのスキルを身につけておきたいというビジネスマンの人に、やっと薦めることのできる本が出てきた。
マネジャーの方、必読の一冊。
野村正樹「鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント」、講談社+α文庫(2007)
お奨め度:★★★★1/2
あまり知られていないが、昨年、発表されたPMIの標準に
Project Management Institute「Practice Standard for Scheduling」、Project Management Institute(2007)
がある。内容的にはPMBOKのスケジューリングマネジメントをベースにして、スケジューリングのさまざまな工夫(プラクティス)を体系的に整理してあるので、スケジュールを作る際にも便利だし、また、暇なときに目を通しておくと、PMコンピテンシーの向上にもなるお奨めの一冊である。
で、実はこの記事のお奨め本はこの本ではない。野村正樹さんが書いた「鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント」。この本はそのタイトルのとおり、鉄道ダイヤで使われているプラクティスを説明し、ビジネスやプロジェクトのスケジューリング(タイムマネジメント)に応用しようというもの。これがなかなか、よい。例えば、多忙に対応するプラクティスとして
・同じ種類の仕事を集める(2分間隔で電車が走れる秘密)
・メンバーの力を同じレベルに揃える(「のぞみ」と「こだま」)
・パターン化で時間を短縮(浜松・遠州鉄道の秘策)
・事前チェックとクッション時間を忘れない(不便な東京地下鉄の乗換駅)
といったテーマで、鉄道のダイヤスケジューリングのノウハウがいろいろと書いてあるのだ。
さらに、スケジュールに関するリスクについても書かれている。
・東京駅ホーム先端のなぞ
・秋葉原駅の不思議な線路
など。個々をとれば、いわゆるタイムマネジメントハウツー本に書いてあるような内容が並んでいるのだが、この本を読むメリットは、鉄道での原理の説明があるので、理屈がわかり、応用が利くこと。また、鉄道が好きでなくても頭の体操的に楽しく読める。
で、冒頭のPMIに話に戻る。この本を引き合いに出したのは、PMIのスタンダードに書かれているプラクティスのかなりの部分が、この本には書かれているのだ。
日本の鉄道は、世界に誇るタイムマネジメントをしているといわれるが、まさに、それを証明した格好の一冊である。
スケジュールがきついときに、無理に余裕をとろうとするのは落とし穴だ。合理的な工夫をすることによって、厳しいスケジュールでやるほうが楽。日本の鉄道の時間密度は世界一で、その意味で、厳しいスケジューリングのノウハウの塊である。
厳しいスケジュールのプロジェクトを担当し、時間に悩むプロジェクトマネジャー必読!
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