第二・第三のアラン・ケイは生まれるのか?
ティナ・シーリグ(高遠裕子訳)「 未来を発明するためにいまできること スタンフォード大学 集中講義II」、阪急コミュニケーションズ(2012)
お奨め度:★★★★
スタンフォード大学アントレプレナー・センターのエグゼクティブディレクターであるティナ・シーリグさんの「20歳のときに知っておきたかったこと」に続く第2弾。
第1弾は講義のエクスサイズの取り組みの紹介や、企業のエピソードなど、抜群に面白かったが、特別講義の講義録のような感じで、あまり、体系的に残らなかった。今回は、「イノベーションエンジン」という概念(フレームワーク)を持ち込んだ内容になっており、前回同様、興味深いエクスサイズ結果やエピソードが体系的に記憶に残るようになっている。
◆イノベーションエンジン
そのイノベーションエンジンだが、内部と外部に分かれており、内部は
・知識:想像力の燃料
・想像力:知識をアイデアに変える触媒
・姿勢:イノベーションエンジンを動かす起爆剤
の3つの部品からなる。外部は
・資源:あなたが所属するコミュニティに存在するすべての資産
・環境:家庭や学校、職場など、あなたが過ごす場所
・文化:あなたが所属するコミュニティの集団的思考、価値感、行動様式
の3つの部品からなる。
これらの部品は分かちがたく、
・姿勢が好奇心に火をつけ、関連する知識を得ようとする
・知識が想像力の燃料となり、新しいアイデアを思いつけるよういなる
・想像力が触媒となり、刺激的な環境をつくり、身近な資源を活用する
・こうした環境と姿勢が、コミュニティの分解に影響を与える
という相互の影響を与え合っている。
イノベーションエンジンの中で、コントロールできる部品は、想像力、知識、環境、姿勢であり、本書はこれらの部品について詳細に解説している。
◆想像力を豊かにする
まず、想像力を豊かにするプロセスについては、大きなテーマは
・リフレーミングで視点を変える
・ありえない場所にヒントを探す
・アイデアを積み上げていく
という3つ。リフレーミングについては、われわれは相手の立場に立つことでフレームを変えていると指摘。具体的ないくつかの方法を説明しているが、問題に遭遇したときに、WHY(問いかけ)によってフレームを変えることを提案している。また、私たちは、自分たちのやり方が唯一正しいと思い込む間違いを犯していることが多いと指摘。その解決のためにもリフレーミングが有効だとしている。
たとえば、ビスポーク社は手足を義肢のメーカだが、義肢を単なる機能ではなく、おしゃれなアクセサリーだと考え、つけた人が自慢したくなるような義肢を提供することによって、大成功をおさめた。見事なリフレーミングである。
二番目のありえない場所にヒントを探すでは、無関係に思えるものの組み合わせについて論じている。たとえば、スナック菓子とチェッカー盤を組み合わせて、「勝って食べて」というチェッカー盤、ハイヒールと三輪車でトレーニング用のパンプスなど、奇妙な例がたくさん掲載れている「おバカな発明本」を紹介して、遊び心一杯のアイデアから、意外性があって面白いアイデアが出てくることが多いと指摘している。
そして、このような能力を身につけるには、日常生活の中で、たとえを使ったり、類似点を上げたりすることが役立つとしている。何か別のものに例えることで、面白い共通点が見つかり、新しいアイデアがひらめくことがあるからだ。
三つ目はアイデアを積み上げていくこと。人は一つの解決策を思いつくと、最善だと思わなくても、それにこだわる傾向がある。セミナーで使っている人のエクスサイズで、「1月1日から12月31日まで、誕生日順に一列に並んでください。ただし、会話をしてはだめです」。みんなが困っている中で、指を使って自分の誕生日を知らせる人がでてくると、それが一斉に広まるそうだ。ところが、このエクスサイズには、紙に書くなどのもっと効率的な方法があるのだが、ほとんど、そこにたどり着くことはない。
よいアイデアを得るには、この壁を乗り越えなくてはならない。そのためには、TRIZなどの問題解決方法やブレーンストーミングが効果的である。著者は特に、ブレーンストーミングが気にいっているということで、相当、詳しく手引きを述べている。
◆知識を得る
次に、知識を得ることで、これについては観察を推奨している。一つの例として、スーパーマック社というコンピュータグラフィックボードを製造する会社のマーケティング部門の新任の責任者の例を挙げている。前任者は顧客カードを全く無視していた。新任者は顧客カードから300枚を抜きだし、重視する製品特性、希望価格などを聞いて行った。そして、ポジショニングや価格を変え、価格を引き上げ、シェアを20%から70%に拡大することに成功したという例を挙げている。
私たちは、身の周りのことを完全に認識しており、目の前で起こっていることすべてに注意を払ていると思い込んでいるが、そんなことはない、観察がいかに重要かを指摘している。
◆環境を整える
次は環境。環境については、まず、「空間で考えや行動が変わる」ことを指摘。イノベーションに最適な空間をつくろうとすると、
・プライベート空間
・グループ空間
・宣伝空間
・パフォーマンス空間
・参加空間
・データのための空間
・鑑賞空間
の7つの空間をクリエティブな空間にしなくてはならないとしている。
二番目はプレッシャー。プレッシャーと創造性の関係は
・プレッシャーを感じずに創造性を発揮できる(探検)
・プレッシャーを感じずに、創造性が低い(自動運転)
・強いプレッシャーを感じ、創造性が低い(踏み車)
・強いプレッシャーを感じ、創造性が高い(使命感)
の4つのパターンがあり、使命感を持つようにしていかなくてはならない。これは、エリック・リースが唱えるリーンスタートアップで、制約が創造性を生むという指摘と同じものである。
三番目はゲーミフィケーションの活用。フィードバックにゲーミフィケーションを取り入れることで、イノベーションへの意欲が高まる。
四番目はチーム。イノベーションを推進する組織を築こうとすると、チームワークが成否を握る。いいチームには、適度の遊び心があり、ポジティブなフォードバックをしている。このようなチームが生まれる環境が必要である。
◆姿勢
最後は姿勢。姿勢としては、
・失敗は正しくやり直すチャンスと考える
・失敗する可能性のあるものは修正する
の2つが重要であり、なんとかして大きな問題を解決したいのであれば、まずは自分が解決するという気概を持つことが重要である。こういう姿勢があれば、ほかの人が障害だと思う箇所にチャンスを見つけることができ、自分が持っている資源を活用して、目標を達成できるようになる。
今回も、刺さる言葉は多い。著者自ら、あとがきで、この本は自らのイノベーションエンジンのたまものだと述べているが、その源泉は、何とかしてイノベーションがどんどん生まれてくる社会をつくりたいという気概にあるのだろう。
◆タイトルについて
本書のタイトルは、アラン・ケイの
「未来を予測する最善の方法は、未来を発明することである」
から取ったものだと思われるが、本書の内容が「未来を発明する」ことにつながっていくのかどうかは疑問だ。もし、大学生の時代にこのような講義を受けた人が、巣立っていき、未来を発明するというのであれば、そうなのかもしれない。その意味で、大学生向けの本だと思うが、それはそうとして、この本で指摘・提唱されていること自体は、非常に有用で、実践的なものだと思うので、キャリアを積んで、頭の固くなった人たちにも別の意味で役立つ本だと思う。
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