マネジャー・リーダー必読の技術マーケティング論
福田 収一「良い製品=良い商品か?―「モノづくり」から「価値づくり」へ」、工業調査会(2009)
お奨め度:★★★★★
技術的な立場から書かれた本格的なマーケティング論。「期待マネジメント工学(EM)」という考え方を提唱し、さまざまな問題提起とその問題に対するマーケティングのアイディアを体系的に示している。すべての技術系マネジャー、技術者に読んでほしい一冊。
PDCAはマネジャーであればほとんどの人が知っていると思う。品質マネジメントの父と呼ばれるデミングの考案で、その名前をとって、デミングサイクルと呼ばれる。しかし、PCDAの基本的なアイディアは、デミングの先輩であるウォルター・シューハートの考えたサイクル、PDSAサイクルにあると言われる。PDSAサイクルは
Plan
Do
Study
Act
の頭文字をとったサイクルで、シューハート・サイクルとも呼ばれる試行錯誤のサイクルである。この本のタイトルにある、良い商品と良い製品の違いは、良い製品はPDCAのサイクルによって生み出されるが、良い商品はPDSAのサイクルによって生み出されるといえるし、これが期待マネジメントの本質でもある。
顧客の期待というものを考えた場合に、重要なのは、如何に問題を解決するかではない。如何に問題を設定するかであり、顧客の問題設定に対して、サジェスチョンすることが求められる。そのように考えた時に、品質向上のためには、正しい方法で製品を作っているかだけは不十分で、正しい製品を作っているかを確認する必要がある。にも関わらず、これまでのビジネスではその活動をしてこなかった。これでは顧客との信頼関係の構築はできない。顧客との信頼関係を築くには、事前のEM、事後のEMが必要なのだ。
今後は、事後のEMに取り組んでいく必要があるが、その中で、重要なポイントは、一時価値ではなく、生涯価値で考えることだ。インドのタタ自動車の22万円の自動車「ナノ」が話題をさらったが、タタはコストから価格を決めたわけではなく、いくらなら庶民が自動車を買えるかというところから、価格が決まっている。だから、不十分な点もある。しかし、ナノを購入することにより、顧客は経済活動を活性化でき、購買力が増し、次にはもっと高い自動車を購入したがる。
このように顧客の発展と同時に、提供するものを発展させていくところに基本的な戦略がある。このようにまず、顧客に対して、基本機能を与えておき、その中での学習を活かして、顧客が成長したところで、より高い機能を提供するような考え方を機能発展方式と呼ぶが、今後のマーケティングは機能発展方式が主体となるだろう。
現在、機能発展方式で成功しているのはある種のソフトウェアである。ソフトウェアでは、最初に基本的な機能を提供しておき、その機能を十分に活用することが可能になったときに、より高級な機能を提供する。このような戦略の意味は2つあり、一つは、顧客が機能を十分の評価することによって、顧客から高い評価をえることができることだ。もう一つは、その評価をベースにして、生涯価値を高めるマーケティング戦略を採ることが可能になることだ。
このような戦略はオープンシステムにおいて威力を発揮するが、ネットワークの世界では、ツリーと違い、あらゆるところに出口があることをよく認識しておく必要がある。その典型がコンピュータである。コンピュータ業界はメインフレームに代表される典型的な垂直統合、つまり、ツリー型の製品開発をしてきたが、80年代にオープンイノベーションが起こり、完全なネットワーク型の製品開発をする業界となった。そして、同じ部品、同じOSを作って、いろいろな企業が価値の異なるコンピュータを作り、共存共栄をしてきた業界である。
ネットワーク型の製品開発において重要なのが顧客の存在である。従来の商品開発は情報の非対称性がある中でおこなれてきたが、今は、だんだん、対象になりつつある。一つの例として、ハーレーダビッドソンを上げることができる。ハーレーはすばらしいバイクのメーカであるが、顧客に対して、ハーレーオーナーグループ(HOG)を作り、ユーザが自分たちの走行経験、カスタマイズ経験、修理経験などをする場を提供している。この場で、企業と顧客は価値を共創することができるコミュニティだ。このコミュニティがビジネスになっていく。
このような仕組みにおいては、できたものではなく、つくるプロセスに価値を見いだすことができ、顧客はそこに対して対価を支払ってくれる。つまり、製品とはスタートに過ぎず、そこからライフサイクルを通じた商品の提供が始まる。そこには、企業と顧客によるPDSAのサイクルが存在している。
この本で指摘される問題を重要課題として抱えているのは、おそらく、SIの業界である。SIの業界は今までのところ、製品の開発しかしてこなかった。しかし、今後、商品を見いだし、商品開発に重視を移していくことが求められている。その一つのアプローチがサービスマネジメントであるが、サービスマネジメントにおいては、まだ、PDSAのサイクルが回っているとは言い難い状況にある。
SIに限らず、「何をすれば商品を作ることができるか」、この問題に対してきわめて重要な示唆を与えてくれる本だ。
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