思考停止から脱却する法
小川 進、平井 孝志「3分でわかる クリティカル・シンキングの基本」、日本実業出版社(2009)
お奨め度:★★★★★
問題解決のための三位一体の思考法として、「ロジカル・シンキング」、「ラテラル・シンキング」と並ぶ「クリティカル・シンキング」を扱った日本実業出版社の「3分でわかる」シリーズ。
正しく考えるロジカルシンキング、正しく発想する「ラテラルシンキング」が「正しく」できるには、「正しく疑う」クリティカルシンキングが必須だとし、その「心構え」、「疑うコツ」、「訓練法」について述べている。
ビジネスマンに比較的よく読まれているクリティカルシンキングの本に、
リチャード・ポール、リンダ・エルダー(村田 美子、巽 由佳子訳)「クリティカル・シンキング―「思考」と「行動」を高める基礎講座」、東洋経済新報社(2003)
があるが、この本で示されている
「クリティカルシンキングとは、自分で方向付けを行い、自己鍛錬を重ね、自分で自分の思考法をチェックし、修正をおこなっていくこと」
という定義を意識し、これができることによって、
・ブレークスルー力:決定的に重要な質問や疑問を突き止められるようになる
・情報分析力:関連する情報を適切に集め、評価し、解釈できるようになる
・構想力:筋道の通った結論や解決方法を導き出せるようになる
・俯瞰力:広い視野から公平に考えることができるようになる
・対人対応力:複雑な問題に直面しても他人と上手に意志を伝えあうことができる
の5つの力が身につくとしている。
これらの能力を身につけるには、常に意識を持って訓練することが唯一の方法であり、リチャード・ポール、リンダ・エルダーはそのためには、以下のような心構えが必要であるとしている。
知的自主性
知的謙遜心
知的勇気
知的共感
知的誠実
知的忍耐
根拠に対する自信
本書では、それぞれの項目について例を交えながらわかりやすく説明しており、これらの心構えで如何に問題解決をしていくかがスタート地点になっている。
まず、最初はロジカルシンキングとの関係について述べており、そこでは、ロジカルシンキングのポイントを簡単に説明した後に、落とし穴をどのように埋めるかを中心に述べている。ちなみに、ここに書かれているポイントは、ロジカルシンキングの本にはあまり書いていないので、結構、参考になると思う。
さて、クリティカルシンキングで埋めるべきロジカルシンキングの落とし穴には
・論理的に正しいからこそ、失敗してしまう
・判断基準が間違っている
・単純に外挿してしまう
・わかった気になってしまう
の4つがある。この4つについて具体的な例を挙げながらどういう落とし穴かを説明されているが、勘のいい人だとこの説明を読んだだけでその落とし穴にははまらないのではないかと思えるような適切な例が挙げられている。
僕も経営コンサルタントになって15年くらいになるが、最近のマネジャークラスはロジカルシンキングのスキルを身につけた人が増えているので、一緒に考えることよりも、クライアントが考えたことを「疑う」ことを重点的に対応することが多くなっている。改めて考えてみると、確かにチェックしているのはこの4つに整理できる。
次に、クリティカルに考えるというのはどういうことかについて述べている。ここでは、二律背反を弁証法的思考で解決すること、複雑な現象の奥にあるシンプルな原理を見つける、徹底的に分けることを勧めている。そして、そのような視点から見たときに、トヨタの「なぜを5回繰り返す」という発想法が如何にクリティカルシンキングとして理にかなったものかを説明している。
では、実際に考えるにはどうすればよいか?
まず、最初は問題と向き合い、対処療法では終わらせないという強い意志を持つことである。これがすべての基本になる。その上で、
・常識や前提を疑う
・構造と思考の深さを疑う
・因果関係を疑う
・思考の幅を疑う
・問題設定自体を疑う
・現実から遊離していないかを疑う
・先入観を疑う
・考えていると思っている自分を疑う
と、おおよそ、考えられることについて例や寓話を使って述べられている。
最後に、クリティカルシンキングの訓練法について述べている。三角測量、見える化、正しい筋トレ、連想ゲーム、ラテラルシンキングなど、役立ちそうな手法がかいつまんで説明されている一つに、シナリオプラニングで、メンタルモデルを変えるという方法が示されている。この方法はあるクライアントで、レビューの仕組みに早速取り入れてやってみたが、なかなか、好評だった。
よく言われるように、クリティカルシンキングは日本のサラリーマンの弱点である。みなさんの会社にも、「やってはいけないと思っていること」、「考えてはならないと思っていること」が多いのではないだろうか。これが「思考停止」の原因である。
もし、気づいていなければ、自分の1日の行動を振り返って、なぜ、そのような行動をしたかを考えてみればよい。5つやそこらは、特に理由がないが、それが自社の常識、業界常識、社会の常識だというのがあるはずだ。
これが適切なものであればよいのだが、実はこのような常識や前提こそが、真っ先に時代に合わなくなる。すると、いくらそこでロジカルにものを考えても、適切な結論はでてこない。ロジカルシンキングが普及してきたので、自分は考えていると思っている人が増えているが、このような思考は「思考停止」に他ならない。
ある企業の人材開発マネジャーが、クリティカルな思考ができずにロジカルな思考を教えるというのは、テロリストに武器を持たせるようなものだと言っていたが、言い得て妙だと思う。ロジカルな思考を身につけると同時に、身につけたい思考法である。
クリティカルシンキングのテキストは、リチャード・ポール、リンダ・エルダーの本以外にも、グロービスのMBAシリーズ、ゼックミスタ&ジョンソンなど、何冊かあるが、ビジネスマンが独学で学ぶための教材としてはハードルが高い。その点、この本はハウツー本に落とさずに、独学に耐えうるところまで丁寧に解説されていて、ビジネスマンにはぜひ読んで頂きたい本である。
この本を読んで挫折したとすれば、クリティカルシンキングはあきらめ、ポジティブシンキングを心がけた方がよいと思うが、ポジティブシンキングにもクリティカルシンキングのDNAが必要である。そんな方にこの本もご紹介しておく。
道田 泰司、宮元 博章、秋月 りす「クリティカル進化(シンカー)論―「OL進化論」で学ぶ思考の技法」、北大路書房(1999)
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