「感性が論理を支える」経営
渡辺 英夫、「超感性経営」編集委員会「超感性経営―ソニー伝説のストラテジストが授けるデザインマネジメント・メソッド:25」、ラトルズ(2009)
ソニーファンで、マネジメントに興味のある人には、垂涎の一冊。
ある方から頂戴し、あっという間に読んだ。おもしろい。
プロダクトマネジメントに携わっている人であれば、渡辺英夫氏の名前を知らない人はいないと思うが、昨年、病気で他界された。闘病中、デザインマネジメント論をまとめておきたいという願いをもち、同僚や後輩に託したまま、他界されたそうだ。
渡辺氏の机のなかから、出てきたノートの最初のページに書いてあった「感性経営」という言葉を頼りに同僚や後輩たちは本作りを始めた。
しかし、誰一人として、渡辺氏から「感性経営」とは何かということを聞いた人はおらず、渡辺氏の残した資料や講義録、そして元部下や同僚のインタビューから、感性経営を編集し、できあがったのがこの本。ちなみに、「超」とついたのは、この分野が今後、渡辺氏の思想のさらなる広がりと飛躍を祈ってとのこと。
この本で編集委員会のメンバーの一人、デザインオフィス「TRUNK」代表の桐山登士樹氏が振り返っている渡辺氏の「デザインを論理的に解明するのが好きだった」という印象は興味深い。今、デザインマネジメントが大変注目されるようになってきている。僕が定宿にしている汐留界隈の本屋さんには、その土地柄か、数多くのデザインマネジメントの書籍が置かれている。注目されている理由は、感性と論理の統合の必要性である。
渡辺氏が上智大学で「産業論」の教鞭をとったときの同僚である上智大学の網倉久永教授は、渡辺氏の手法を「感性が論理を支える」と表現している。感性と論理は、対立的なものでもなく、また、補完的なものでもない。この言葉は、(20世紀の)ソニーの商品イメージにぴったりと当てはまる。
網倉教授によると、渡辺氏のデザインマネジメント論には3つの要諦があるという。
目利力:デザインの善し悪しを評価できる力
予測力:消費者の嗜好や消費行動に関する深い洞察に基づいて、世の中のトレンドがどこに向かうのかを見通す力
説得力:周囲の人に自らの意見や計画を理解してもらい、実際に動いてもらうよう働きかける力
の3つである。この3つにより、感性が理論を支えるデザインマネジメントを実現しているという。
感性と論理を統合することは、アートに向かうことではなく、ロジックで人を動かすことであるという渡辺氏の考えは、今、デザインに注目している多くの人が求めているものなのだろう。
その渡辺流のデザインマネジメントメソッドは25にまとめられている。
1.意識改革
2.クリエイティブレポート
3.マルチグループ審議制
6.みたか研究所
7.デザインとメディア
8.マーチャンダイザー制度
11.マネジャーの心得
12.伝達方法
13.先読み
14.商品寿命
15.コーポレイトダイナミクス
16.MADE IN SONY からIt's a Sonyへ
18.SABフォーメーション
19.仮説創造
21.画く力
22.スターティングプラン
24.開発費試算
25.目利力・予測力・説得力
AXISの編集長の関康子さんが編集されているので、若干、AXISっぽい誌面で、文章では内容は紹介しにくい。手にとってみて戴きたい。
装丁だけではなく、内容も含めて、トム・ピーターズのマニフェストを連想させるような感じだ。
トム・ピーターズ(宮本 喜一訳)「トム・ピーターズのマニフェスト(1) デザイン魂 (トム・ピーターズのマニフェスト 1) 」、ランダムハウス講談社(2005)
内容的には、25の講義の間に、特別講義として10ページにわたり、湧井彰子さんにより書き下ろされている
マイクロ化プロジェクト
のストーリーがよかった。これは、ウオークマンの開発のストーリーの背後に走る、もう一つの「小型化」のプロジェクトを紹介したもの。
ビジョンがすばらしいプロジェクトだと思う。ソニーという企業の特徴はコンテクストの作り方にあるように思えて仕方ない。このなかの囲みコラムで、開発コンセプトがiPodに継承されているという話があるのだが、ソニーとアップルはこの点で似ている。
iPodだって、4~5年前に突然でてきたものではない。古くは70年台のLisaから始まる情報を持ち運べる道具というコンテクストがある。今、改めて考えてみると、80年代の停滞はハード的な問題ではなく、コンテンツの問題だったように思える。ソニーはデザイン(ハード)でコンテクストを追いかけてきた。アップルはソフトでコンテクストを追いかけてきた。
とりあえず、インターネットがこういう状態になった今は、コンテンツを追い求めてきたアップルに軍配が上がっているが、このあと、永続的にこれが続くとは思えない。ハードとソフトのイノベーションは補完的な歴史であり、このあとにくるのは、ハードのイノベーションではないかと思えるのだ。そこに、ソニーのやってきたマイクロ化というコンテクストがはまるのか、あるいは、もっと別のイノベーションが起こるのかは興味深い。
最後になるが、講義ページの下に「はみ出し語録」として、38の渡辺氏の言葉が紹介されている。なかなか、粋な編集だ。
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