「売らない売込み」で人を動かす
ダニエル・ピンク(神田 昌典訳)「人を動かす、新たな3原則 売らないセールスで、誰もが成功する!」、講談社 (2013)
お奨め度:★★★★★
本書は、2000年以降、「フリーエージェント」、「ハイコンセプト」、「モチベーション30」と、ビジネスやマネジメントのあり方に対して新しいコンセプトを提唱し続けるダニエル・ピンクの新しい本。今回のテーマは「セールス」だ。
しかし、営業向けの本ではない。人を動かし、自立するための秘訣だ。自立したい人はぜひ読んで欲しい。
この本の原題は、「To Sell is Human」である。直訳すれば、人とは売る存在であるとでも訳すのだろうか。内容を読んでみると、フリーエージェントを書いたときから、こういうことを 思っていたのではないかと思うような内容。というよりは、フリーエージェントの中にこの本でいう「売らない(セールス)」というのはあちこちに出てきてい るし、これがフリーエージェントの本質なのかもしれない。
セールスというと、セールスマンを思い出し、営業行為だと思ってしまう。しか し、この本が言っているセールスというのは営業という意味ではない。ここでダニエルピンクがいっているのは、「売らない売込み」という概念で、購入行為に 関与せず、他人を説得し、影響を与え、納得させること、などとしている。
アントレプレナーが売り込みに多くの時間をかけていると聞いても不自然に感じないと思うが、大企業の従業員は「売らない売込み」という行為に平均して40%以上の時間をセールスに当てているという。
何を以ってこのような結果を導き出しているかというと、
あなたが持っているものと引き換えに、相手にとって価値があるものを手放すように
説得させることに関わる仕事は、全体の仕事のうちの何%ありますか
をはじめ、売らない売込みをイメージしたいくつかの質問への回答である。たとえば、この質問であれば、平均が41%という答えだったそうだ。この質問を見ると、「売らない売込み」の意味がもう少し明確になるのではないかと思う。
つ まり、セールスと言うのは、ネゴシエーションをするとか、コミュニケーションをするとかと同じ意味で、営業という立場に関係のない行為なのだ。そして、多 くの人がそれは仕事を成功させるためには不可欠だと考える行為である。この本では、実際に売り込みは、教育や医療の中でも行われていると指摘している。つ まり、
さて、では売込みを行うためのどのような資質が必要なのだろうか?この本では3つあるとし、面白い説明をしている。これまでセール スでABCと言われていたのは「Always Be Closing」だった。必ずクローズせよ、つまり、契約をまとめよという意味だが、ダニエル・ピンクはこれに変わり、セールスの資質に関する新しい ABCというのを提唱している。
同調(Attunement)
浮揚力(Buotancy)
明確性(Clarity)
のABCだ。
同調とは、他者や集団、背景との調和をもたらす資質であり、
・力を減らすことにより力を増やす
・心と同じくらい頭を使う
・戦略的に模倣する
の3つの原則でもたらされる。
浮揚力は、精神的強靭さと、楽観的見通しを併せ持つということである。
明確性は不透明な状況を理解する資質である。これは、今の時代は売込みでも解決能力より、発見の方が大切だということを意味している。
この3つの資質が売込みで人を動かすには不可欠である。
さらに、売込みで人を動かすためには資質だけではなく、必要な能力もある。これには3つある。
(1)ピッチ
(2)インプロ
(3)奉仕
である。この3つは何とも言い得て妙である。ピッチでは、よく知られるエレベーターピッチは時代遅れだといい、
・一言ピッチ
・質問型ピッチ
・押韻型ピッチ
・メールの件名ピッチ
・ツイッターピッチ
・ピクサーピッチ
の6つの方法を使うことを推奨している。
(2)のインプロは即興という意味である。これは即興劇のルールである、
・オファーを聞く
・「はい、それで」という
・パートナーを引き立たせる
の3つが売込みでは重要なスキルになると言う意味だ。
(3)の奉仕については、
・人間味を持たせる
・目的を持たせる
の2つの原則があるとしている。
これらの資質やスキルに対して、「サンプルケース」を準備して、実践トレーニングできるような本の作りになっている。このサンプルケースがなかなか、面白く、実践的だ。
この本の意義について、翻訳を手がけられた神田昌典さんがあとがきで、
あなたが○○商事、○○銀行に勤めているというと、肩書きがあなたを売り込んでくれるので、周りが持ち上げてくれた。ところがそんな時代は終わった。3年後にはそんな肩書きは役に立たなくなるだろう。その中で、外からの力を借りて自分が社会的に安定するのではなく、自分の中にある才能を活かして自分自身が社会の安定になることが求められるようになる
と指摘されている。まさに、セールスという行為の本質である。独立だけではなく、自立したい人には不可欠な資質と能力だといえる。
この本を読むには、一旦、セールスに対するイメージを捨てるとよい。この点については本の書き方でも工夫されているが、セールスをポジティブに捉えること だ。その上で、読み進んでいくと、ダニエル・ピンクの言わんとしていることがはっきりと見えてくるだろう。そのためには、巻末にある神田さんの解説から読 むといいかもしれない。
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