人の行動こそが、競争力の源泉である
ダヴ・シードマン(ビル・クリントン序文、近藤隆文訳)「人として正しいことを」、海と月社(2013)
お奨め度:★★★★★+α
これからのビジネスは、技術や製品、ビジネスモデル、戦略といったWHATの革新ではなく、行動(HOW)で勝ることこそ、重要であることを説いた一冊。序文にビル・クリントの言葉があり、
「大統領を退任してから一番大切なのは「どのようにするか=HOW」だと思うようになった。ダヴ・シードマンが本書により、HOWの意味と意義を明らかにしてくれてうれしい」
とコメントしている。まさに米国ではいま、主流になりつつある考え方である。
この本を読み始めたところで、少し混乱していたことがある。これらはWHATではなく、「あり方」の時代だとよく言われる。このイメージが強くて、HOW とは一体なんなのか、よく分からなかった。もう一つは、HOWというとどうしても、プロセスを思い浮かべる。この本でも記述があるが、1990年前後に流 行ったTQM、シックスシグマ、JIT、カイゼン、ERP、CRM、HRIS、プロセス・リエンジニアリング、SCM、安全管理などの「プロセス」を思い 浮かべてしまった。それで、混乱した。
読んでいくうちに分かったのだが、HOWとはプロセスではなく、人の行動そのものである。ちなみに本書では、上のようなプロセスイノベーションを「WHATのHOW」の革新と読んで区別している。
この本の問題意識は、イノベーションが競争において無力化していることだ。実際に、長い年月かけて新しい技術を開発し、特許をとり、苦労して製品化しても、すぐにコモディティ化してしまい、投資をする価値がなくなってきている。
た とえば、スマートフォンを考えてみてほしい。現役大統領をして世界を変えたと言われたイノベーションであるアップルのiPhoneの発売されたのは 2007年である。画期的であり、みんなが熱中し、すごい勢いで普及した。まだ、5年前のことだ。今、アップルのiPhoneのシェアに追い抜かれている (グローバルシェア)。
上のプロセスイノベーションもそうだ。米国の大企業がこぞって取り組んだ結果、コモディティ化し、当たり前になってしまった。
こ のようなWHATの本質をいち早く見抜いたのは、20世紀最高の経営者のジャック・ウェルチである。ジャック・ウェルチは、WHATのイノベーションはイ ノベータに報いる構造になっていないと考え、GEのCOEだったときに、年次報告書でビジネスモデルや戦略をどんどん公開していった。その理由を聞かれる と、
「WHATに秘密はない。秘密はHOWにある。うちのモデルを知ることはできても、実行することはできない」
と答えたそうだ。
さて、本書ではこのような考えのもとで、HOWについて論じている。HOWというものの性格上、マニュアル的な議論ではなく、概念的な分析と理論化、実事例を用いたインプリケーションというスタイルになっている。
まず、HOWを
(1)思考のHOW
(2)行動のHOW
(3)統治のHOW
の3つに分けて、それぞれ、ポイントを述べている。
思考のHOWでは、著者が感銘を受けたという「キャスト・アウェイ」を引き合いに出して、人間は本来助け合う動物であり、自然に、本能的に、無意識なままで仲間のためになることを探しており、それがHOWの探求になっていると指摘している。
その上で、ポイントとして、「やってもいい」から「やるべき」へ変わっていくことが必要だと述べている。「やってもいい」というのは規則があり、規則に反しなければやってもよいという意味だ。たとえば、上司が部下の功績を横取りする。これはやってもいいことだ。
しかし、やるべきことではない。規則にとらわれたやってもいいを超え、「正義」、「真実」、「正直」、「誠実」といった自分の価値観の触発された「やるべき」を採用すべきであると述べる。
著者がそのように考えるのは、創造性と革新性が求められるのが21世紀のビジネスだからだ。規則に基づいた考えからは、創造性や革新性は生まれない。
も う一つ、著者が強調するのは、インターネット技術によってもたらされた社会環境にある。この時代にプライベートはない。あらゆる個人情報、企業の情報は入 手できると考えた方がよい。つまり、個人や企業の活動はガラス張りになっており、結果だけではなく、HOWが重要で、それこそが他者との差別化になる。
そこで重要なのは、ちょっとした過ちが招く不協和である。不協和は集中力をなくす。不協和を起こさないためには、新たな思考のHOWを身につける必要がある。
こ の例として、英国のゴルフプレイヤー、デビッド・トムズのエピソードを取り上げている。トムズは全英オープンで17番ホールでパットを外してタップインし たあと、風でボールが動いていたのでないかと気になりだす。ビデオをみても明確に確認できず、競技委員長はプレーを続けても構わないと判断した。しかし、 トムズはプレイをキャンセルした。不協和を感じたからだ。
二番目は行動のHOWだ。これは透明性の中で、どのように行動するかという議論だ。透明性には
・テクノロジーによる透明性
・個人間の透明性
の 2つがある。前者は上に説明したとおりだが、後者は何をどうやるかというHOWNい重きを置く行動の透明性、あり方の透明性である。透明性の中で重要なこ とは正直なことであり、正直さが信頼を生み出していく。信頼がビジネスにおいて重要なことは信号に例えてみるとよく分かる。我々は信号があるので、スピー ドを出して走ることができる。信号によって、自動車や歩行者の動きが予測でき、確実性が上がる。時には信号を無視するが、信号が止まると非常に慎重にな る。ビジネスにおいても、信頼があるので、リスクを負って行動でき、積極性や推進力になる。
信頼にも旅が必要で、
T:trust(信頼)
R:risk(リスク)
I:innovation(イノベーション)
P:progress(進歩)
が道しるべになるだろうという。
また、信頼と同様に重要なのは、評判である。評判はあなたのHOWの総計である。
最後は統治のHOWである。今後の統治は、価値感による自己統制に変わっていかなくてはならない。企業文化にもHOWがある。
・知識
・行動
・関係
・評価
・追及
の5つで、これが企業文化とどのようにかかわってくるかが整理されている。そして、文化を醸成していくには、全員がリーダーとなる必要があるとし、リーダーシップのフレームワークを提唱している。
・ビジョンを描く
・コミュニケートして引き込む
・権限を手にして責任を負う
・計画して実行する
・・・
など16の特性が準備されている。
全 部で400ページ弱の大作で、HOWについて体系的にまとめられている。あり方の議論とHOWの議論は似て非なるものである。あり方が重要だと言われるよ うになってきたが、重要なことはあり方そのものではない。あり方に基づく行動である。その行動にはハウツーはない。企業も人も自分で考え抜くしかない。そ のときに、道しるべになる良書である。
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