ファイナンス理論はキャッシュフローを増やす方法を教えてくれない(プレゼントあり)
手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか?―MBA依存症が企業価値を壊す」、日本経済新聞出版社(2012)
お奨め度:★★★★★
企業経営の中で、CFOがCEOと同等に重要だと指摘されるくらいファイナンス全盛であるが、ファイナンスは本来黒子であり、表にでるとあまりよい結果を生まないことを事例を通じて主張している一冊。
違和感というのは何かというと、本当にMBAはこんなにファイナンス信仰があるのかということ(もちろん、著者がそう思っていたということなので、あるんだろう)。
僕も一応、日本の大学だが15年前にMBAをとっている。僕がMBAを取った神戸大学では、この本で著者がこうあるべきと言っているようなことしか聞いていなかったのが違和感を持った理由。
新聞やニュースなどでこの本が上げているファイナンスが表に出すぎた失敗事例というのは目にしているが、それはむしろ特別な話であり、著者がこうあるべきだと言っている方が当たり前だと思っていたからだ。そもそも、ファイナンスの講義をとった先生が著者のようなことを言っていたし、経営戦略や組織論を教わった先生も財務に対するスタンスは同じような感じだった。MBAのコース全体の思想として、著者の言う
ファイナンスでキャッシュフローを増やすことはできない、キャッシュフローを増やすには本業を強化するしかない
というスタンスがあったように思う。これはファイナンスに限らず、たとえば内部統制についても米国式の内部統制は日本の組織のガバナンスを弱くするというのが基本スタンスだったように思うので、単にファイナンスが云々というよりもっと奥深い経営観があるように感じているが、この著者も同じような経営観を持っているのではないかと感じた。
さて、そんなことを感じながら、とにかく最後まで読もうと読み続けたのだが、読んでいるうちに、MBAコースの先生方が思想として言っていたことを実に見事に体系化して説明していることに気づいた。なおかつ、読み物としてもケースが興味深く、面白い。
この本のもっとも重要な示唆はファイナンスをどこまでやるべきか、つまり、黒子に徹するとはどういうことなのかを、10の「必要最小限」のファイナンス戦略として整理している。これがなかなか、味があるので、いくつか紹介しよう。
・業績予想を開示しない
著者が指摘するとおり、業績予想こそが短期主義の原因になっており、自分の首を絞めている。
・IRは社長の仕事であり、自分の思いを自分の言葉で伝えよ
これもそのとおりだと思う。IR部門を作っていることがそもそもファイナンスが独り歩きする原因だと思うので、それをやめ、社長が自ら株主と本業についての意見交換をしろと言うのはいい話だ。
・会計数字は気にしない
これもそう。粉飾決算のような違法行為は論外としても、たとえば、身近なところでいえば、数字を作るために1月になると予定していた研修を中止するといったことをやる企業が実に多い。ファイナンスとしての意味はあるが、本業にとっては明らかにマイナスである。
このほか、ストップオプション、手元資金の持ち方など、10項目について、実に現実的なアドバイスが書かれている。
この本の素晴らしいところは、米国式のファイナンス主導経営を否定しながら、その意味を分からずに否定することを否定しているように思えることだ。日本企業が米国のマネジメント理論を導入するときの態度は盲目的に肯定するか、盲目的に否定するかのいずれかである。
著者はファイナンス理論が後者であることを望んでいるわけではなく、なぜ、ファイナンスが過ぎるのがよくないかを理解した上で、ファイナンス主導経営をやめてほしいと思っている節がある。そのためにこの本ではファイナンス理論の解説と現実、ファイナンス戦略策定におけるファイナンスへの誤解を示した上で、上ののべた必要最低限のことだけしろと言っている。
実はそれがこの本のコアの部分で、2章はファイナンス理論の説明と現実の事例を示している。投資評価、企業価値評価、コーポレートガバナンス、リスク管理について、よく使われている手法と、現実に適用した事例を踏まえて、手法そのものの評価をしている。手法の説明はかなり分かりやすいし、著者の経験や実際の事例を踏まえて手法の問題を的確に指摘しているので、非常に参考になる。
第3章は、ファイナンス戦略に対する誤解について指摘している。個人的にはここが最も面白かった。たとえば、投資家が短期的なので、経営も短期的にならざるを得ないと思っている人が多い。しかし、投資家の行動と市場は別ものであるので、投資家の意向に合せなくても市場の機能により、企業価値は保たれる。これは、MBAコースでよく聞かされた。こういうかなり本質的な指摘が9つ並んでいる。すべて拍手だ。ここは経営者や経営企画スタッフに読んで欲しいところだ。
ファイナンス活動をどう行っていても、株式会社で働いている限りマネジャーになればファイナンスの知識は不可欠だと思う。そのときに、定番的なファイナンスの教科書を読むより、よっぽど役に立つと思う。なによりも、退屈な教科書より、面白い。ぜひ、読んでみてほしい。
なお、著者の手島直樹さまのご厚意により、本書を4名の方にプレゼントさせて頂きます。プレゼントを希望される方は以下のページからご公募ください(締切2013年1月25日)。
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