技術ではなく、文化を開発する
三宅 秀道「新しい市場のつくりかた」、東洋経済新報社(2012)
お奨め度:★★★★★
<紙版><Kindle版>
新しい商品や市場を作る際に、技術から決める技術神話から卒業し、文化を開発するという発想で取り組むことの重要性を説いた一冊。非常に多くの事例(ストーリー)や薀蓄を使って、言いたいことを説明をしているので、ストーリーを楽しみながら読める。
最初にウォッシュレットの話から始まる。ウォッシュレットの開発物語は非常に面白いものだ。TOTOウォシュレットテクノの林社長が書いた本があるので、製品開発に興味がある人はぜひ、読んでみてほしい。
林 良祐「世界一のトイレ ウォシュレット開発物語 (朝日新書)」、朝日新聞出版(2011)
この本では、ウォッシュレットがなぜ、エジソンにできなかったかという話から始まる。エジソンの時代でも技術的には作れていた。ポイントは、ウォッシュレットができる前に、お尻を洗いたいと思ったかどうかだ。当然だがそんなことを思う人は少ない。つまり、お尻を洗いたいというのは、ニーズでもシーズでもない。発明、あるいは、開発されたものだ。その意味で、著者は問題の開発と呼んでいる。
林社長の本を読んでいると、日本では大成功したウォッシュレットが世界展開では苦戦する。問題の開発に苦労したからだ。
問題が開発されると、技術の開発が起こる。上にも述べたように、基本技術はすでにあったものだが、お湯の出し方、お尻への当て方など、細かな技術課題は山ほどあり、苦労したようだ。その辺は、林社長の本が詳しい。
ウォッシュレットを展開するに当たっては、インフラの問題があった。トイレにはコンセントがなかったのだ。コンセントがないとウォッシュレットをつけようとすると大工事になる。
苦労して浸透していく中で、初めて多くの人がお尻を洗うことの気持ちよさに気づき、やがて、それが当たり前だと思うようになる。つまり、社会的に認知されるようになる。これが認知開発と著者が呼ぶ活動である。
これらは、ステップ的に進むわけではなく、4つの開発を組み合わせながら進んで、やがて、普及していく。
この一連のステップが市場創造であるが、お尻を洗うという新しい文化の開発であり、その結果市場創造が行われるというもの。これからのイノベーションは文化の開発が重要なポイントになることを述べている。
この本は文化開発をテーマに、脱技術決定論を議論している。
本書で述べられていることは、最近ではデザイン思考によるイノベーションなどで盛んに議論されていることだが、面白いのは製品の問題にとどまらず、文化を開発するという発想で、そのためには、問題の発見ではなく、発明がなによりも大切だと主張している点だ。この本の中でも事例として取り上げているが、文化の開発と言われると、真っ先に思い出すのが、阪急の基礎を気づいた小林一三氏である。鉄道を中心にして、街の開発をしていくという、今や常識になっているやり方を開発した人だ。
こういう大きな構想を考案し、構想していくには、通常のイノベーションの仕組みでは難しい。ウォッシュレットの話にしても、住宅、医療、日用雑貨、生活スタイルなど、いくつもの分野の知恵が混ざる必要がある。
そう考えると、この本が提唱していることはやはり、フューチャーセンターのようなオープンイノベーションの仕組みがなくては実現できないように思える。この本でも、ビジネス以外のプレイヤー(学官)とのコラボレーションの話が出てくるが、まさにそういうことだろう。
石倉洋子先生によると、これからのイノベーションは生活を変えることだという。生活起点のイノベーションのある方について、一通り、押さえられており、これからの時代のイノベーションのバイブルになると思うような一冊だ。
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