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2011年12月28日 (水)

チェックリスト宣言(ファンが選ぶビジネス書26)

4863912803アトゥール ガワンデ(吉田 竜訳)「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】」、晋遊舎(2011)

お奨め度:★★★★★+α

facebookページ記事:「チェックリストは深い!

チェックリストの力を信じる外科医アトゥール・ガワンデが提言する「チェックリスト」作成のススメ。著者は医者であると同時にジャーナリストでもあり、医療だけではなく、経営、投資、飛行機、建築、料理などでもチェックリストが使われており、驚くような成果が生まれていることを事例を通じて紹介している。読み物としても抜群に面白い。



◆人間系の問題

僕もそうだったが、チェックリストはオペレーションのミスをなくすために使われる網羅的なリストだというイメージがあった。読み進めていくうちに、チェックリストのイメージがだんだん変わってくるのが自覚できる。それほどのインパクトがある本だ。

チェックリストはマニュアルではないし、仕組みでも、プロセスでもない。チェックリストはチェックリストである。チェックリストでもっとも難しいのは、網羅的に作ることではない。如何に、項目を絞るかだ。これがうまくできない限り、チェックリストは機能しない。

医療に限らず、現代の仕事は複雑である。一人の人間が仕事をするにあたっては、

・人間の記憶力と注意力は危い
・手順を省く誘惑に駆られる

という2つの問題に直面する。


◆ジョンズ・ホプキンス病院の事例

たとえば、ジョンズ・ホプキンス病院の集中治療の専門家、ピーター・プロノボスト医師が中心静脈カテーテルの挿入の感染予防のチェックリストを作った。手順は

1.石鹸で手を洗う
2.患者の皮膚をクロルヘキシジンで殺菌する
3.滅菌覆布で患者を覆う
4.マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋をつけ、カテーテルを挿入する
5.刺入点をガーゼで覆う

という手順だ。看護婦に1ヶ月医者を観察させると、三分の一以上の患者で一つ以上の手順が飛ばされていることが分かった。そこで、看護婦に医師が一つでも手順を飛ばすと、カテーテル挿入を止める権限を与えたところ、カテーテル挿入から10日間の感染率が11%から0%まで下がった。そこで、痛みを止めるチェックリストなども作り、成果を上げた。そこで、プロノボスト医師は全米中を飛び回り、チェックリストの有用性を語り、導入を推奨したが、実際にチェックリストを受け入れた医師は少数だった。ある医師は馬鹿にされたと思って怒り出し、ある医師は効用そのものに懐疑的だった。


◆チェックリストはチームビルディングのツール

この本の中でこの事例は象徴的な事例である。チェックリストには、いくつかの特徴がある。上で書いたようにチェックリストはミスを防止することが目的だと思っていたと書いたが、この例を見るとそれだけではないことがよく分かる。医師と看護婦のチームが機能するためのツールになっている。本書では、チェックリストはチームビルディングのツールになると主張している。


◆建築の事例

建築の世界では、かつての一人の棟梁がすべてを設計し仕切るスタイルから、複数の専門家が集まり、協力しながら、一つの建物を建てていくスタイルに変わっている。

新しいプロジェクトを始めるときにはまずチェックリストが作られる。16種の業種の代表が話し合い、各業種の仕事をまとめた大きなチェックリストを作る。そして、出来上がったチェックリストは各専門家と下請け業者に送られ、再度確認される。ここでも、チームビルディングのツールとして使われている。


◆航空業界の事例

チェックリストがもっとも古くから使われている業界は、航空業界である。ハドソン川の奇跡の中で、チェズレイ・サリー・サレンバーガー三世機長は最初から、乗務員チームの貢献を訴えていた。これは、チェックリストによって乗務員がやるべきことをやったことを意味している。

航空機において、エンジンが停止したにも関わらず、チェックリストが機能しているのは医療の現状と比べると驚きである。そのくらい、航空機ではチェックリストが「信頼」されているのだ。1989年にユナイテッド航空で、乗客337人を乗せたボーイング737がホノルルからオークランドに向かう途中、電気システムが故障し、貨物ドアが外れるという事故があった。高度2万2千フォート。加圧により、ビジネスの座席が外に投げ出された。

このような状況でも、パイロットはこれ以上、被害を出さないために、チェックリストを使ったという。この背景には、2つの理由がある。一つは航空学校でそのように訓練されていること、もう一つはチェックリストの価値が認知されていることだ。だから、自分の勘よりもチェックリストを信用している。

航空機のチェックリストが完璧だというわけではない。曖昧さや間違いもある。しかし、それらをカバーして余るだけの実績があるのだ。


◆よいチェックリストの作り方

航空機のようなチェックリストを作るにはどうすればよいのだろうか?いくつかのポイントがあるという。

ポイント1:いつチェックを行うか、つまり一時停止点をはっきり決める
ポイント2:「行動のち確認」か、「読むのち行動」のいずれのチェックリストにするかを決める
ポイント3:長すぎない。原則として項目は5~9個
ポイント4:キラーアイテム(飛ばされがちだが致命的な手順)に絞る
ポイント5:文章がシンプルである
ポイント6:見た目がよく、できれば、1ページ以内
ポイント6:必ず実世界で試用されている


◆投資における事例

投資でもチェックリストを使い、成果を上げている人たちがいる。クック氏(仮名)という投資家は、投資過程の分析をし、投資先の選定、投資の決断、投資後の経過観測で起こるミスを防ぐためのチェックリストを挙げ、成果を上げている。たとえば、投資の検討を始めて3日目に使うチェックリスト「3日目チェックリスト」というのを作っている。ある会社は役員が自分たちの素晴らしさをプレゼンする一方で、持ち株を売っていた。ほとんどの投資家は飛びついたが、クック氏は「3日目チェックリスト」で詳細な分析を行い、投資しなかった。

また、ベンチャーキャピタルの分野でも、チェックリストを使う投資家は8人に1人だが、他の投資家のリターンが35%であるのに対して、チェックリストを使う投資家のリターンは80%を超えている。

投資の分野では、成功している投資家のやり方は注目の的であるが、クック氏のチェックリストについては、なぜか、興味を持たない。

なぜか?


◆なぜ、チェックリストは使われないのか

手間がかかる、面白くないといった理由もあるが、本質的な理由は、優秀な人たちはチェックリストを使うことを恥ずかしいと思っていることではないだろうか。複雑で危険な状況でも、度胸と工夫で乗り切ってしまえると思い込んでいる。

この本のもっとも重要な指摘はこの部分である。どの分野にもプロフェッショナリズムがある。3つの条件があると思われる。

・無私である
・腕がよい
・信用に足りる

航空機業界では、四つ目として

・規律

を付け加えた。良くできた手順には従い、必ず他者と協力しあうことだ。


◆チームワークのツールとしてのチェックリスト

この本は現代の仕事の仕方においてきわめて重要なことを2つ指摘している。一つは、一人でできる仕事は少なく、チームワークが求められる。チームワークを実現するためには、チェックリストというプラクティカルなツールを使い、対等な立場でコミュニケーションしあえることが不可欠である。

これは専門性のあり方を考えると極めて興味深い。専門性において、看護師が医師にアドバイス(指示)できることがあるのだ。


◆創造性を高めるツールとしてのチェックリスト

そして、これが2点目に関係してくるが、専門性、あるいは創造性が高い仕事は、一から十までそうだというわけではない。専門性や創造性が求められるステップが混ざっているだけで、その周囲は簡単な仕事であることが多い。たとえば、ホプキンス病院の例で、手を洗うというのは、専門性でもなんでもない。われわれは、これを一括りにして、専門性の高いひとだから恙無くできると思っているが、これは間違いだ。

むしろ、単純なところにミスが起こりやすく、そのミスを防ぐことによって、専門家は専門的な業務に、クリエイターは創造的な業務に集中できるようになると考えるべきだろう。そして、ミスを防ぐためにはチェックリストほど、強力な武器はない。

にも関わらず、チェックリストに対する偏見があるのは冒頭に述べたように、チェックリストに誤解があるからだ。マニュアル的なチェックリストをチェックリストだと思いこんでしまっている。ここを改めなくてはならない。

この問題は、とりもなおさず、戦略と洞察の問題である。つまり、一つ一つのオペレーションの中で押さえておくべきところはどこか、これを明確にできなくてはそのようなチェックリストはできない。日本人が苦手とする思考だが、創造的な仕事を目指して、チャレンジしてみる価値はある。

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