考える方法+考える態度=考える力
渡辺 三枝子、岸本 光永「考える力を伸ばす教科書―ダイアローグと論理で思考力を高める」、日本経済新聞出版社(2010)
お奨め度:★★★★
「考える力」が重要だとよく言われるが、考える力とはどういう力を明確にした書籍は少ない。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のようなところがあるのだと思うが、本書は、「考える力」を定義し、ロジカルシンキングとダイアログによりその実現を提唱している。実は最初に読んだときには枯れ尾花と思ったのだが、読み直してみると、深い。人材育成のプログラム開発にたいへん参考になる一冊だ。特に、前半の考えることへの考察は類書がないような内容で、さすがその道の専門家だと思わせるようなおもしろさがある。
考える力を言われたときに、多くの人が最初に思いつくのは、論理思考力だと思う。この本を読んだ後で実際に研修の場で何回かに尋ねてみたが、論理思考力と答える人が多かった。その中に、少数派だが、クリティカルシンキングとか、正解のない問題を解く力といった声もあった。この本でも両者には触れているが、それ以前に、概念的な定義をしている。それは
抽象的な理念ではなく、現状を打開し、発展するための具体的で妥当性の高い目標と、そのための方策を見いだし、実行する原動力
というものである。この定義はなかなか、よくできている。論理思考力はもちろん、正解のない問題を解く力も含んでいるし、クリティカルシンキングもこの定義は含む。また、個人の能力であるとは限らない。集団で考える力も含まれている。
では、考える力はどこから生まれてくるのか。知識の量だと思っている人が少なくない。しかし、考えることは人間の行動そのものであり、知識ではないというのが本書のスタンスだ。さらに、こう述べている。
知識は考える対象を理解し、分析し、目標達成のための方策を遂行するのに役立つ。しかし、「考えるプロセス」を実行するのは人である。知識を使うのも人である(p43)
さらに
考えるという行動は考えることの価値や意味に気付き、考えることを進める人との関係をいう「個人の態度」を土台としている
と指摘する。そして、結局のところ、「考えるという行動」はある対象に対する個人の反応および、ある対象への「働きかけ」のことであると結論している。
ここで、極めて重要な指摘がある。それは、
経験が豊かになり、自分の経験に依存して生きていけるようになると、かえって未知のことに関心を持つことは不安をもたらすことにもなりうる。未知のことに関心を持ち、真実を知ろうとすることは、一時的にしろ、何らかの不安と戦う勇気を必要とする。そのため、考えることを回避することで、何らかの不安から自分を守りたくなる(p68)
という指摘である。結局、このような回避行動を取る人が多く、ものを考えないと評価されているのが現実ではないかと思われる。
では、態度を変えるためにはどうすればよいか。考えるプロセスは、具体的な問題を解決するために関連する既存の知識に基づいて、可能なかぎり多くの選択肢を見つけ、その比較を行い、最善のものを選択するプロセスであると考えると、
・選択肢を見つけ出すための知識
・比較を行う論理的思考スキル
に加えて、このプロセスを実行する「精神的ゆとり」が必要であると述べる。そして、そのゆとりが自分の体験を概念化するための振り返りを可能にする。
考える力を以上のように捉えたときに、考える力を高めるには
・ディシプリン(訓育)を持つ
・謙虚さ、好奇心、挑戦心を持つ
・読む技術を高める
・古典を読む
・ティシスを持つ
・他者と対話できる力を持つ
・質問力を高める
・考える方法と考える態度を統合する
・論理的思考を妨げる態度を取り除く
などに取り組んでいくことが求められる。
このような考えに基づき、本書の後半では、対話の方法、論理的思考の方法、問題解決の方法、コミュニケーションの方法などを簡単に解説している。この部分については、類書でもっと詳しく解説されているものもあるので、内容の紹介は割愛するが、最低限必要な知識が要領よくまとめられている。本書の前半を読んで、手っ取り早く、考えるために必要なスキルを身につけたい人には入門として適切な分量と内容である。
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