マインドセットを変える
茂木健一郎「世界一自由な脳のつくり方」、かんき出版(2010)
お奨め度:★★★★1/2
脳科学者の茂木健一郎氏が、日本人がイノベーションを起こす妨げになっているマインドセットの問題を指摘し、脳科学の立場からのマインドセットを変えるにはどのようにすればよいかを論じた一冊。考え方をマインドセットという形で客観化しているので、自分自身を見直すのに適した本。
日本人がイノベーションを起こせない理由は2つあるという。一つは、「失敗を許さない文化」であり、二つ目はドットを結びつけることが苦手であることだ。後者は多少わかりにくいが、スティーブ・ジョブスの言葉を使って説明されている。
前者については、失敗を許さないだけではなく、「絶対に保証されなくてはいけないルールや基準がある」という考え方をする。成熟すればするほど、この考え方はイノベーションのチャンスを奪う。この本では、ユーチューブの例を取り上げている。日本ではユーチューブが登場したときに、絶対の保証されなくてはならないルールだと考える人が多かった。国内であればユーチューブはけしからんということで済んでいたが、グローバルではそうは行かない。結局、著作権の問題を乗り越えたイノベーションになった。
尖閣諸島の映像を流出した海上保安官は結局、起訴猶予となったが、こういう感覚である。欧米人のルールに対する感覚は、民主主義の中でのコンセンサスである。従って、もし、ルールがあっても、コンセンサスが得られればルールは変わる。絶対的な制約にはならない。以前、青木高夫さんの
青木 高夫「ずるい!? なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン(2009)
という本を紹介したが、結局、こういう話になる。
二つ目の話は少しわかりにくいが、スティーブ・ジョブス氏の話を使って説明されている。スティーブ・ジョブスは、スタンフォード大学の講演で
あとからドットを結びつけることはできるけど、あらかじめ何と何が結びつくかを予言することはできない
と述べたそうだ。日本人は製品を作るのはうまいが、人を巻き込んだサービスや付加価値をつけることは苦手である。しかし、現代はネットワークの中でドット(製品)とドット(他の人のサービスや製品)を結びつけていかないと、付加価値は生まれない。実際に、iPhoneが登場したときに、日本人は日本の技術ができなかったとiPhoneはできないと胸を張った。確かにそうなのだが、付加価値を生んでいるのは、技術ではなく、日本企業の持つドットを結びつけていったジョブスだったという訳だ。
そこで、あくまでも技術にこだわると、ガラパゴスになるしかない。
日本人がどんどんイノベーションを起こすには、この2つの問題を打破しなくてはならないのだが、この点やジョブスの行動なども踏まえて、イノベーターになる資質について、著者は8つあげている。
(1)未来に向けてコンセプトと打ち出す
(2)エクスペリエンスを提供する
(3)現状に対する厳しい認識と高い意欲を持つ
(4)考えるだけで満足しない優れた実行力がある
(5)意欲と経験をかけ算することができる
(6)ビジョンを伝えるだけではなく、共感させられる
(7)要素を組み合わせる総合的な力をもつ
(8)現状に即してポジションを与えていく
このような問題提起をした上で、この問題を「マインドセット」の問題として捉えている。マインドセットとは思考の枠組みを指す言葉だが、茂木氏は「自分の身体に染みついているもの」、「自分が育ってきた社会のうちに暗黙のうちに前提になっていること」と説明している。
つまり、「失敗を許さない」ことも、「絶対に保証されなくてはいけないルールや基準がある」も日本人のもつマインドセットなのだ。
マインドセット自体に、よいとか悪いとかはない。状況に応じて、プラスになるマインドセットとマイナスになるマインドセットがあるだけだ。これが本書の基本的な考え方である。
例えば、「失敗を許さない」、「絶対に保証されなくてはいけないルールや基準がある」といったマインドセットは、モノ作りの中では高いインテグリティをもち、高い品質を実現するのに不可欠なものであった。ところが、ネットワークの中で、このマインドセットはマイナス面が多く、従って、マイナスになるマインドセットは外す必要があると指摘している。
では、マインドセットを変えて行くにはどうすればよいか。ここからが脳科学者としての本領発揮の部分である。鍵になるのは、「直接性の原理」だという。これまでは、新しいものを受け入れるときに、一旦、日本のシステムに落とし、翻訳して受け止めてきた。この方法だと日本のシステムに落としたところで、マインドセットのバイアスがかかる。そこで、ネットの世界で直接、新しいものにアクセスする。直接、刺激を受けることによって変わっていく。
これは非常に納得性の高い話である。言葉の背後には文化がある。従って、日本語にしようとしたときに、その言葉がないものがある。そこで、日本的な概念に置き換えようとする。あるいは、カタカナのままにしておいて、日本的な解釈をつける。
これは明治の開国以来、西洋文明を取り入れるために普通にやってきたことであり、現在でも続いている。モノ作りでいえば、プロジェクトマネジメントという概念がある。上に述べたように、本来、付加価値を高めるためのマネジメントの手法だが、これがどこの企業でも見事にモノ作りの話に翻訳されている。
結果として、消化不良に陥る。この問題に興味のある人は
福田 恒存「日本を思ふ」、文藝春秋(1995)
を読んで見られるといい。
話を元に戻そう。直接性に触れるためには、「るつぼ」に飛び込んで自分を鍛えることが重要だという。たとえばTEDだとか、ダボス会議といったる「るつぼ」に飛び込んでみるといいという。
また、マインドセットを自覚するために、名前をつけてみることも有効だそうだ。たとえば、心理学で「認知的不協和」と呼ばれる心理がある。手に入らないものを、価値のないものだと考えるというあれだ。これに「認知的不協和」という名前をつけると、自覚できるようになる。
マインドセットを変えることは、ゴールではなく、イノベーションを起こしやすくする手段である。では、イノベーションを起こすには何が必要か。ビジョンと実行力の組み合わせである。
ビジョンを示すためにはコンセプトを俯瞰することが必要で、実行力を発揮するには物事のディテールを把握することが必要である。コンセプトは左脳を中心にしたネットワークで、ディテールは右脳である。このバランスを取れるように脳を鍛える必要がある。
そのためには、
・インプットとアウトプットのサイクルを回す
・ダイナミックレンジを拡げ、ポテンシャルを上げる
といった訓練が必要だと述べている。そして、いずれの場合にも、制約があり、その制約を打ち破っていくことが訓練になり、イノベーションの原動力になるという。
中でもタイププレッシャー法が有効であり、
・効率を上げる
・フロー状態を起こし、脳が喜び成長する
・多様性を確保できる
・リズムにのる
の4つの効果があるそうだ。
本書に書かれていることは、比較的実行しやすい。イノベーションを求められている人は一読の価値はあるだろう。
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