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2010年4月24日 (土)

戦略的行動にはルール作りが不可欠

4887597797 青木 高夫「ずるい!? なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン(2009)

お奨め度:★★★★

本田技研工業の渉外部門に勤務する著者が、税制・国内外の自動車産業のルール作りに参画する中で感じていることや、調べたルールに関する薀蓄をまとめた本。国内や国際標準の策定などにかかわる人だけではなく、組織内で組織のルール作りにかかわっている人には非常に重要な示唆があり、ぜひ、読んでほしい一冊。

僕はキャリアの中で、情報技術の国際標準や国内標準の策定にかかわっていた時期があり、その経験からするとおおむね、著者の意見は納得できる。良いか悪いかは別にして、多くの日本人技術者(というより企業というべきだろう)はルールを作ることより、ルールを守ることに関心を持つ。著者がいうように、ルールはお上が作るものであって、自分たちは守ることが仕事だといわんばかりの態度である。

国際的なルール作りでは、地理的な問題や言語の問題によるルール作りへの困難さがよくいわれる。たしかに2~30年前であれば、そうだったかもしれないが、いまはそれは参加しない言い訳にしか聞こえない時代である。また、僕自身の経験でも、ルール作りの委員会に参加せず、「決まったら従う」的な態度をとる人に何度もであった。やはり、著者の指摘どおりなのだろう。

一方で、ルール、とくに、ルール変更に対して「ずるい」という意見はよくいう。この本でも、スキージャンプやF1など、いくつかの事例が取り上げられているが、自分の不利になるようなルールに対してはずるいと感じる。しかし、その思いはルールを変えるという行動に転化されることはなく、愚直にそのルールを克服する方向に向かう。

このような態度に対して、著者は

(1)まずルールの意味と目的を理解しておく
(2)ルールが実情に合わなくなったら変更を提案する
(3)ルールが必要なら、ルール作りを率先して行う

という行動をすべきであると述べている。これがこの本の結論である。この結論にいたる背景にあるのが、(1)で触れられている

ルールには意味と目的がある

ことである。この本では、スポーツやビジネスの中で日本人がずるいと感じたいくつかのルール変更の例を詳しく紹介しているが、その中のひとつにジャンプ競技のルール変更がある。1998年に長野オリンピックのラージヒル競技で日本選手が大活躍した。そして、翌年、国際スキー連盟はスキー板の制約ルールを変更した。それまでは身長+80センチまでOKというルールだったが、これをスキー板の長さをBMI比率で制限するというルールに変えたのだ。BMIは体重と身長の比であり、体重が重くなればBMIが大きくなる。あるいは、身長が低くなればBMIは大きくなる。

つまり、身長が低ければスキー板は従来の80センチより短くなり、揚力が制限される。ゆえに、マスコミは日本に不利になるルール変更、ジャパンパッシングだと非難した。ところが、著者はルール変更の後で起こったことを踏まえて、そうでもないといっている。

80センチ一律のルールのときには、選手は体重を軽くして、できるだけ遠くに飛ぼうとしていたそうだ。しかし、これでは選手が健康を損なう恐れがある。そこで、国際スキー連盟は「極端な減量をしない健全な選手の育成」という「目的」をもって、ルール変更をしたというのが著者の見解である。

また、本書では、60年代に80%のシェアを持っていたのが、日本の構成で20%までシェアを落とし、ハーレイダビットソンが米国政府に働きかけ、政府は通商法201の適用によって4.4%だった関税を49.4%までに引き上げた例を示している。この引き上げは5年間の時限措置で、徐々に率を下げ、5年後には元の4.4%に戻るものだった。これもビジネス分野ではとても有名なルール変更である。その後のハーレイはご存知の方が多いと思うが、この間に経営を立て直し、自社の強み、ビジョンを生かした商品つくりで、ホンダやカワサキにはできない商品を世に送り出し、コンピュータでいえばアップルに近いようなポジションを確保している。

著者はハーレイダビットソンの例を、ハーレイはシェアを落としたときに、何が悪いかをよく理解しており、また、向かうべき方向(ビジョン)も明確に持っていた。その上で、ルールの変更を勝ち取り、経営を立て直したことを強調している。

この2つの事例以外にも、興味深い例がいくつか紹介されているので、ぜひ、読んでみてほしい本なのだが、この本を読んで感じたことを少し別の視点から考えてみたい。ハーレイダビットソンの例で感じることは、ルールを変更することを戦略的行動の一つをして行われているということだ。つまり、関税を上げて価格が上がれば、相対的に自社の商品のシェアがあがるということが目的ではないのだ。あくまでも自社が競争力を取り戻せることが戦略的な目的である。言ってしまえば、これが、ルールの目的でもある。

これはスキーの例でも同じだ。この場合には国際スキー連盟という組織の戦略的な目的があり、それのためにルール変更が行われている。

実は日本人がルール変更にあまり熱心ではないのは、この点に原因があるような気がする。つまり、戦略的行動をしないことだ。戦略的行動といっているのは「戦略ゴールを設定した行動」というかなり狭い意味で言っているが、これができない。また、戦略と同様の意味で、日本人は目的を設定して行動をするのが下手であるゆえに、ルール作りも上手でないともいえる。

たとえば、ジャンプ競技の例であれば、間違いなく「作文」であるというだろうし、このような目的を明確にし、それの方向に動かしていくことが好きではないという文化もある。官僚批判の何割かはここに起因すると思われる。よくも悪くも現場・現実主義なのだ。

ただし、それが悪いことかどうかは別問題である。戦略の定義の中には、ミンツバーグがいうような創発こそが戦略であるという考え方もある。すると、ルールが変わったときに、それに対応することによって、新しい価値が生み出される可能性もある。実際に日米の通商問題でいろいろな制約をクリアすることで競争力が生まれ、環境的に一歩先んじた商品を開発する動機になってきた。著者もこの点をルールの効用として指摘している。

この本で述べられている構図は、実は組織の中でルールを作るときも当てはまる。この本ではあまり取り上げられていないが、ルールに対処するもうひとつの方法は、ルールの穴を抜けることである。スポーツでいえば、柔道でよく見かけるレスリング系の技がその典型だろう。

組織の中で関係者がルール作りに参加しない理由は、まず、最初はルールの抜け道を探せばよい、抜け道がなければ受け入れようという発想だと思う。特に、社内でルールを設定をする場合には、そのルールの存在により企業としての競争力が高まることが大前提である。そのためには、著者の言う当事者によるルールの変更、ルール作りへの参画は不可欠だ。ルールを作る方も、従う方もこの点を認識するために必読の一冊である。

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