「ウィフィー」の秘密
タラ・ハント(津田大介監訳, 村井章子訳)「ツイッターノミクス TwitterNomics」、文藝春秋(2010)
お奨め度:★★★★1/2
ブログ、Twitter、wiki、ソーシャルブックマーク、フォーラム・チャット・対話、ソーシャルネットワークサービス(SNS)、といったさまざまなWeb2.0の世界で成功するための秘訣を、Whuffie(ウッフィー)という概念を提案し、説明している本。Web2.0で何かを成し遂げたいなら、読んでおく価値のある一冊。
この本、原書のタイトルは
The Whuffie Factor: Using the Power of Social Networks to Build Your Business
である。 Whuffieは造語であるが、直訳すれば「ウッフィーという要因:ソーシャルネットワークの力を使って自分のビジネスを作り上げる」といった感じになる。
翻訳書は、「ツイッターノミックス(TwitterNomics)」というタイトルをつけている。ノミックスというのは経済政策のような意味合いで使われる接尾語で、たとえば、レーガン大統領の一連の経済政策をレーガノミクス、クリントン大統領の経済政策をクリントノミクスと呼んだりする。
最近では、ドン・タプスコットとアンソニー・ウィリアムズが、wikiとnomicsを併せて、「ウィキノミクス(Wikinomics) 」と呼ぶなど、従来とは少し違う使い方をされ、経済世界のような意味合いで使われるようになってきた。ウィキノミクスであればウェブを通じた無数の人のコラボレーションによって経済活動が成立する世界を意味している。ちなみに、ウィキノミクスの基本原理は、「オープン性」「ピアリング」「共有」「グローバルな行動」の4つだとしている。
本書のツイッターノミックスもウィキノミクスと同じようなニュアンスの言葉である。ウィキノミクスが開発や生産を強く意識したものであるのに対して、ツイッターノミクスはマーケティング活動を意識したもので、その基本原理は、「ウッフィー」というカレンシーの交換である。一種のギフト経済で、「ウッフィー」の交換が経済として機能することを前提としている。つまり、何らかの経済行為を経て、「ウッフィー」が、最終的にはドルやユーロ、円、元に「変わる」、あるいは「代わる」という前提がある。
この前提の元に、本書は「ウッフィー」を増やすにはどうすればよいかを、著者の経験に基づいて解説している。まず、「ウィフィー」とは何か。著者は
ウッフィーは、その人に対する評価の証と考えればいい。人に喜ばれることをしたり、手助けをしたりすれば、あるいは大勢の人から尊敬され評価されれば、ウッフィーは増える。逆なら、減る。
と定義する。一種の名声である。そして、ウッフィーを増やす5つの原則として
1.大声でわめくのはやめ、まずは聞くことから始める
2.コミュニティの一員になり、顧客と信頼関係を築く
3.わくわくするような体験を創造し、注目を集める
4.無秩序もよしとし、計画や管理にこだわらない
5.高い目標を見つける
だという。この5つが本書の軸であり、ウッフィーを増やすためのいろいろな活動の基本になっている。
ウィフィーを増やすには、顧客に満足して貰うことが重要である。ウェブ上でできるだけ多くの顧客に満足して貰うには、8つの秘訣がある。
(1)製品やサービスは、できるだけ幅広い層を対象に設計する
(2)コメントには必ず返事をする。否定的な返事でもよい
(3)批判を個人攻撃と受け止めない
(4)有益な指摘やアイデアには公に感謝する
(5)新機能や変更は必ず事前に知らせ、フォードバックを求める
(6)フォードバックを活かしてこまめに改善する
(7)フォードバックを待つのではなく、こちらから探しに行く
(8)どんなに愛されている会社や製品でも、あら探しをする人は必ずいると覚悟する
また、ウィフィーを増やす行動、減らす行動を具体的に示している。例えば
ウィフィーを増やす
・初めての頼み事をする
・誰からの頼みを聞いてあげる
ウィフィーを減らす
・以前の好意に感謝もせず、またこちらから何かしてあげることもせず、頼み事を繰り返す
といった感じの、超・実践的なアドバイスだ。
さらに、ウィフィーを増やすには、満足させることに留まらず、「ワクワク」させることが必要である。顧客満足でいえば、サプライズ(期待以上)要因である。このために、
(1)ディテールで差をつける
(2)ワンランク上を目指す
(3)感情に訴える
(4)楽しさの要素を盛り込む
(5)あたりまえのものをファッショナブルにする
(6)「フロー体験」を設計する
(7)パーソナライゼーションの余地を残す
(8)実験精神で臨む
(9)シンプルにする
(10)お客様をまずハッピーにするビジネスモデルを構築する
(11)媒介役であるソーシャルキャピタリストを作る
を心がけろという。
ギフト経済における高い目標を掲げるという観点からは、社会貢献そのものを事業にすることを進めている。社会貢献を事業とする際の方針として、
(1)よいことをして成功する
(2)まず、顧客のことを考える
(3)顧客にパワーを与える
(4)顧客が誰かを助けるのを助ける
(5)事業活動の枠を越えたことをする
である。
本書の骨格は以上のようなものであるが、本ではこれらに対する詳しい説明と、このような主張をするに至った多くの事例が紹介されている。もちろん、著者自身の経験もたくさん含まれている。ウィフィーを増やしたい人は手にとって欲しい一冊だ。
ここまでこの記事を読んでいただき、気づかれた方もあると思うが、これらのポイントはウィフィーだとか、Web2.0とか言わずに、マーケティングを成功させるにはどうすればよいかを語っている。この本の書き方は極めて構造的で、まず、キャッチ。そして、具体的な記述→説明、事例と構造化されている。上の項目はこの中のキャッチの部分を抜き出したものだ。
つまり、この本で言っていることは、ギフト経済におけるマーケティングの成功法則であり、単にTwitterやブログで成功するにはどうするかという範疇を超えている。そういうものだと思う。特に、Twitterは行動と情報が極めて接近しているので、その傾向が一段と顕著なのだろう。
僕がブログやTwitterのユーザとして個人的におもしろいと思ったのは、9章の「あえて混乱を歓迎する」という章。計画や戦略というものを意図的に排除し、Web2.0によって創発を実現した事例をいくつか紹介した章である。Web2.0を戦略的に活用することを否定することはないが、こういう「いきあたりばっちり」みたいなことが起こるのも、はやり、魅力である。また、上に述べたレベルの記載はいいこと書いてあると思うが、具体的な方策のレベルになると、経験上、違和感のあるものが結構ある。その意味で、具体的な方策は丸呑みせず、事例を読んで、自分なりに展開した方がよいかもしれない。
最後になるが、この本を読んで連想したことを一つ。関西圏で、「ロケミツ」という深夜番組をやっている。この中でブログを使った企画がある。
桜の稲垣早紀という女芸人が目的地と通過ポイントを決めて旅をする。その旅の資金は、彼女の書くブログへのアクセス数に応じて支給されるという番組だ。アクセス数を本書でいうウィフィーに見立てている。この番組を見ていて痛感するのは、単にブログの内容や作りだけではアクセス数を増やすことはできないということだ。
この本を読んだあとで、そのような目でこの番組をみていると、本書の内容がよく理解できる。
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