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2010年5月 4日 (火)

ITマネジメントの世界を巡るリーダーシップの旅をする

482226243X ロバート・オースティン、リチャード・ノーラン、シャノン・オドンネル(淀川 高喜訳)「ビジネスリーダーにITがマネジメントできるか -あるITリーダーの冒険」、日経BP出版センター(2010)

お奨め度:★★★★★

ITマネジメントのケースメソッドのためのケースブック。一般的なケースブックと趣を異にする点には、全体が、550ぺーじにも渡るストーリー仕立てになっていて、一つのストーリーによってITマネジメント全般にわたるケースセッションを実施できること。それから、もう一つはいくつかの章には、「知識」の提供をしていることがある。

この2つの特徴により、単にケースセッションの教材として使うことができるだけではなく、著者たちが勧めているように、(大学教員のようなプロのディスカッションリーダーがいなくても)自分たちで議論をしながら読み進め、その議論を通じていろいろな気づきを得るという使い方ができると思われる。

ストーリーそのものもおもしろいし、最後に、考えさせられるどんでん返しも準備されており、とりあえず、購入し、ビジネスストーリーを読む感覚で楽しんで読み、その後で、どう使うかを考えるという二度味わうことをお奨めしたい。


◆ケースメソッドの簡単な説明

この本を気持ちよく読むには、ケースメソッドとは何かを理解しておく必要がある。ケースメソッドの起源はハーバード大学のロースクールで行われていた「判例を用いることによって模擬裁判を行うといった討議形式で行われていた授業である。ロースクールでは、判例を「ケース」とし、その法律がどのように解釈され適用されたかが討議している。目的は、知識を得ることではなく、繰り返しケースによる討議をすることにより、法律適用の思考プロセスを習得することにある。

ハーバードビジネススクールでは、この教育手法をマネジメントの分野にも適用した。マネジメントにおいては、マネジメント課題に対し自分がその当事者であったとすればどのような意思決定を下すのか、その思考過程を繰り返しトレーニングすることによって、マネジャーとしての、判断を行う力や実行する力を強化することを目的としている。

混乱しがちであるが、ケースメソッドは知識を得ることが目的ではない。事例を分析し、その事例から知識を得ようとするケーススタディと呼ばれるトレーニングの手法とは似て非なるものである。

この本はケースメソッドのためのケースブックである。基本的な作りは、ITマネジメントの7つの分野において問題が発生し、その問題に対してCIOが仮説を作って、仮説に基づく行動を起こすところまでで終わるようになっている。つまり、その仮説が正しかったかどうかは、基本的に書籍の中では記述されていない。それが正しかったかどうかは、読者が判断する。そのために、どのような議論をすればよいかが示されており、そのポイントを議論することによって、初めてこの本を読む価値があるという作りになっている。この点はよく理解しておいてほしい。


◆ITマネジメントの7つのシステム
さて、内容だが、著者たちはITマネジメントを7つのマネジメントシステムに分けている。

(1)コミュニケーションシステム
(2)人材マネジメントシステム
(3)コストと価値に関するITアカウンティングシステム
(4)プロジェクトマネジメント/インプリメンテーションシステム
(5)ベンダーマネジメントシステム
(6)インフォメーションストラクチャーマネジメントシステム
(7)成長分野の探索と分析

の7つである。


◆主人公

物語の主人公は、ジム・バートン。ベンチャー企業から急成長した金融サービス企業IVKで、中核のローンビジネスを率いていた。業績不振に陥ったIVKの立て直しをミッションとするCEOのカール・ウィリアムスから、突然、CIOを任命される。その辞令を不本意ながら受け入れたバートンは、まったく、分からない領域で、柔軟な発想で、ITサービスの立て直しに取り組んでいく。

その中で、2人のメンターに出会う。一人はガールフレンドのマギー・ランディス。優秀な経営コンサルタントであり、幾度となく、貴重な、洞察に富むアドバイスを与える。もう一人が21歳の若者。「ヴィニーのバー」でバートンと出会うコンピュータ大好き人間。しかし、マネジメントの観点から鋭いアドバイスをする。


◆物語のあらすじ

バートンが最初に取り組んだことは、CIOとは何かということを明確に、ビジョンを持つことだ。そこでバートンが打ち出したビジョンは

ITマネジメントとマネジメントである

というもの。このパートで、この本では、以下のような設問をしている。

・なぜ、カール・ウィリアムスは、技術のバックグランドを持たないマネジャーであるバートンをCIOにしようとしたのでしょうか

・もし、あなたがバートンならCIOの仕事を受けますか

・IVK社の企業概要は、会社の状況について何を物語っていますか

・新CEOのカール・ウィリアムスの率いる新マネジメントチームにIVK社が期待しているものは何ですか?

非常によい設問だと思う。

さて、ストーリーに戻るが、このビジョンを持ち、IT部門のメンバーに接していくうちに、リーダーシップについて考えることになる。そこでメンターのアドバイスにより、

スキルと才能のマネジメント/キーとなるスキル、キーとなる貢献者

を明確にすることが課題であることに気づく。この課題に対しては早急な手が打てないでいるうちに、経営のリーダーシップチームからの要請により、ITの価値について考えざるを得なくなる。これまで、ITの予算は事業部門が持っていた。そのため、業務イニシャティブが事業部にあり、IT部門は自身のサービスに課金するという構造になっていた。このことがIT部門の業務の統制をする上での障害になっていたが、これをIT部門に取り戻そうと考える。

そこで、ITの価値の問題に直面する。ITの価値は何か?ここで、

競争対品質向上(CvsQ)

というコンセプトに行き着く。また、ITマネジメントのリーダーシップ(成熟度)についても考えることになる。

CvsQのフレームワークで仕事の価値を分析する試みは取締役会に支持された。

次に遭遇したのは、プロジェクトマネジメントの問題である。ここでは、伝統的プロジェクトマネジメントか、ジムハイスミスのいうアジャイルプロジェクトマネジメントかという問題に遭遇する。そして、CvsQのコンセプトを用いて、プロジェクトマネジメントの適用の方針を得る。

その中で、行き詰まったプロジェクト(IRプロジェクト)からの撤退を考えることを余儀なくされる。そこで、バートンは撤退の意思決定をする。

つぎに、CvsQのコンセプトに基づき、プロジェクトの優先順をつける仕組み作りを検討する。IT化の予算をIT部門が一元管理するデメリットに気づいたバートンは、予算を事業部に残したままで、プロジェクトの優先順位をつけるプロセスを透明化することを提案し、リーダーシップチームの了解を取り付ける。そして、ここまででまとめたITガバナンスの仕組みを取締役会にプレゼンし、支持を取り付けた。

バートンのIT部門改革は順調に進んでいたが、アナリストミーティングの直前にトラブルが発生する。おそらくはハッキングだと思われるが、ディスクロージャーを巡って、CEOのカール・ウィリアムスと対立する。IT部門は業務を止め、対策を打つことを提案するが、カール・ウィリアムスはディスクロージャーしないといい、バートンは窮地に追い込まれる。結局、2人の主要ディスクロージャー賛成者をクビにし、ディスクロージャーしないままで前に進む。カール・ウィリアムスの方針は、結果として成功するが、ダメージを残した。

バートンは、ウィリアムスの信頼を取り戻す必要に迫られる。このために、ステークホルダコミュニケーションの戦略化に取り組む。また、これと前後して、Web2.0の技術によって、実はトラブルが社員によってリークされていたことが判明し、新しい技術にどう対処するかについても検討をせざるを得なくなる。

次に出会った問題は、先に中断したIRプロジェクトの再開である。そのためにベンダーマネジメントの仕組みを考えることになる。また、このプロジェクトにおいて、エース社員が社外のオープンソースボランティアに関わっていることが判明。他の10倍のパフォーマンスを持つ人材の取り扱いについて考えることになる。

このような問題をそれなりに解決しながら、バートンは成長戦略を考えたくなる。そこで問題になったのが標準である。標準とイノベーションを両立させ、ITによる企業の成長戦略を描く方法に悩む。ここでも、やはり、CvsQのコンセプトが役立つ。

バートンがCIOとしての実績を上げることにより、ウィリアムスの信頼を回復する。その中で、バートンはリスクマネジメントの提案をする。そして、ウィリアムスはリスクマネジメントの提案を素直に受ける。リスクマネジメントの構築は信頼の上で初めて可能になる。そして、ウィリアムスは、バートンに次のCEOへの指名を示唆する。

物語はこのあと、もう一つあるのだが、あらすじの紹介はここまでにする。後は、本を読んでほしい。


◆この本の使い方

最後にもう一度、繰り返しておくが、この本は基本的にはケースメソッドのためのケースである。バートンの行動が正しいと考えて読む本ではない。バートンの行動に対する議論もあるし、また、僕が彼の立場ならそういう行動をとらないという部分もかなりある。

この本は、実際にハーバードビジネススクール「情報サービスの提供」エグゼクティブプログラム、ワシントン大学フォスタースクールオブビジネス、コペンハーゲンビジネススクールなどのクラスで使われている本である。クラスで使う場合には別途、教育用のノートとインストラクションガイドが利用できるそうだ。

ただし、記述が詳細であり、特に、主人公のCIOの心理描写が詳細であるため、ケーススタディの教材としても有用である。その場合、ケースメソッドの設問を、分析視点とすればよいだろう。

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