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2010年4月 1日 (木)

「精神論」のフレームワーク

482011932X 加護野 忠男「経営の精神 ~我々が捨ててしまったものは何か~ 」、生産性出版(2010)

お奨め度:★★★★★

日本を代表する経営学者・加護野忠男教授の久しぶりの著書。現在の日本の産業を「経営精神」に注目し、分析し、劣化の理由を考察し、さらに、その復興について提案した本。


前書きに、出版社からの、「生産性運動50周年を記念して日本企業の指針となるものを書いてほしい」という依頼によるものだと明かされているが、まさに、これからの日本企業の指針をなるものだ。経営者はもちろんだが、経営精神の具現者すべてに読んでほしい一冊。

1章では、企業がなんのためにあるのかを論じている。まず、ここで教授が強調するのが、労働というものの性質であり、労働の固有の性質は、「価値の可変性」にあるとしている。つまり、一定の利子を払って100万円の資本を調達しても、それが100万円以上の働きをすることはないのに対して、労働は違う。同じ賃金を払って手にいれた労働でも、働く人の意欲によって、また、協働のさせ方によって労働がもたらす価値が大きく異なる。この価値を高めるのが経営の重要な問題だとしている。

そのような認識の基に、企業の目的が利益の最大化だというのは、限りなく間違いに近いという。そのように考えるには以下の2つの理由があるそうだ。

(1)現実として、利益より大切な目的があると考えている経営者も多く、そういう経営者ほど、多くの利益を上げている(松下幸之助、稲盛和夫、出光佐三、小倉昌男など)
(2)利益追求は利益にならない

そのように考えたときに、経営者にとって企業の目的は、議論の前提ではなく、判断を要する重要な問題であり、この問題に対するもっとも安易な答えは、企業の目的は多様だと考えることで、それを実現したのがBSCである。そして、多元的な目的の中で、最上位の目的こそが、企業の存在意義である。

第2章では経営の精神について述べている。経営の精神とは、「企業で働く人の内面から人を律し、動かす心構え」である。精神には3種類がある。

(1)市民精神
社会や職場のルールを約束を守り、真剣に仕事に取り組もうとする勤勉さ、克己心、ならびに従順さ

(2)企業精神
何ものかを追い求め、さまざまな障害を克服しても志を成し遂げようとする精神。闘争心、志を実現しようとする強靱な意志

(3)営利精神
抽象的な利益にこだわり、そのために合理的判断を働かせようとする精神、自分自身の利益をもとに考えようとする自利の精神

この3つの精神のバランスの崩れは、企業に問題を起こす。市民精神が勝ちすぎると、企業の元気が失われる。企業精神が勝ちすぎると暴走が起こる。営利精神が勝ちすぎると、取引相手や社会からの支持が得られなくなる。

企業には本来、このバランスを保つ仕組みが備えられている。一つは時間的なバランスで、その都度、どれかの精神を重視し、時間ともに重点を変えるというバランスの取り方である。もう一つは空間的なバランスで、一つは上層部・下層部・ミドルの間のバランス、もう一つは職能部門間のバランスである。

第3章では、経営精神がどのように実践され、継承されてきたかについて述べられている。まず、市民精神については、愚直さという形で実践されている。特に、ものづくりの現場は愚直さを重んじている。

そして、市民精神を伝承するために、習慣化という方法をとってきた。その代表が5Sである。習慣化の方法は単純で、

・口うるさく注意して習慣になるまで躾ける
・些細なことに目を光らせて、それが行われていなければ厳しく叱る

のいずれかである。また、市民精神は、多元的、多面的、多重的な信頼チェックシステムにおいて支えられている。

多元的:同僚や部下にチェックをされている
多面的:仕事の上だけではなく、仕事以外の行動もチェックされている
多重的:何度も繰り返しチェックをされている

このチェックシステムの中で、重要な役割を演じているのが人事部である。日本の人事部は、人の能力や意欲だけではなく、人物としての信頼性の情報を持っている。企業において問題を起こしているのは、人事部のチェックの聞かない役員と関係子会社だけである。

次に、企業精神である。企業精神が高揚したのは、明治時代の後半と、第二次世界大戦の敗戦後である。逆に、バブル時代の日本では満足の文化が蔓延して、企業精神は衰退していった。

最後は営利精神である。元来、日本の企業は利益追求に対して否定的な反応を示すことが多い。そのため、利益追求の「正当化」の理論武装が必要で、利益がなぜ必要かを考え、利益追求を正当化をする根拠に対する省察の中で、経営についての理解が深まってきた。中でも、松下幸之助は深く考えており、戦後は企業の目的は社会貢献であるということを明確に謳い、そのバロメータが利益であるという考え方を確立した。

また営利精神の中で重要なのは、自分自身の損得を考えて判断を行うという意味での自利主義である。

経営精神の議論の中で見逃してはならないのは、独自能力の源泉になっていることである。たとえば、ゲームソフトは初期バージョンから高い完成度が要求される。このようなソフトの開発は日本人の持つ経営精神があればこそできたことであり、経営精神は中国や韓国の企業がまねられない独自の強みの源泉である。

4章では、その経営精神がゆがみ、劣化してきたことを指摘している。ゆがみは大きくは以下の3つである。

一つは市民精神が衰微し、日本の企業で勤勉さや愚直さが弱くなってしまったことだ。

二つ目は企業精神の弱体化であり、日本の企業の闘争心が弱くなってしまったことだ。

三つ目は、営利精神ばかり強くなってしまったことだ。

この3つのゆがみについて、その原因を究明している。

第5章ではこの問題に対しての経営精神の復興の道筋を示している。その際、欧米流の方法は日本では適用できないとし、独自のもの提案をしている。それは以下の7つである。

(1)厳しい競争が演じられている市場での戦いに参加すること
(2)事業の絞り込み
(3)経営精神の可視化
(4)経営者の自信回復
(5)従業員の企業へのコミットメントを高めること
(6)株主主権の回復のために行われた企業統治制度による行き過ぎた営利精神の健全化
(7)経営教育制度の見直し

200頁足らずの本だが、極めて濃い内容の本であり、非常に丁寧に書かれた本という印象を受ける。また、あらゆるところに加護野流が入っており、加護野先生の御尊顔を思い浮かべながら、かみしめるように読ませていただいた。

よく精神論という。しかし、ここで言っている経営精神の議論は精神論ではない。

精神論のフレームワークである。加護野先生ならではの本だとつくづく感じた次第だ。

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