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2009年3月30日 (月)

システム思考で「匠に呪縛」から解放されよう!

4532260361 木村 英紀「ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる」、日本経済新聞出版社 (2009/03)

お奨め度:★★★★★

日本の技術が苦手なのか、「理論」、「システム」、「ソフトウエア」を3つだという仮説に基づく、システム思考を中核に据えた技術マネジメント論。

この本では、科学・技術の発展を3つのフェーズで捉えている。一つは技術を道具として捉えていた時期。次は、機械として捉えるようになってきた時期。そして、三番目がシステムとしての捉えるようになってきた時期である。

技術は最初は道具という形で実現される。生きていくために道具を作るという能力は人類だけが持つ能力だとされており、ゆえに、人類はホモ・ファーベル(工作するひと)と呼ばれる。人類は、ずっと道具を進化させてきた。道具は、人間が筋力と五感で操作するものである。

やがて、この道具の操作は機械化され、道具機となった。つまり、人間は機械の操作から解放されたわけだが、これが産業革命である。産業革命においては、さまざまな道具の操作が機械化された。その後、画期的な革命が起こる。それまで別々の道を歩んできた科学と技術が結婚する。つまり、科学が技術に必要な知見を提供するようになっていく。このような流れは、ガリレオ、ニュートンなどが中心になった科学の確立、すなわち第一の科学革命に対して、第二の科学革命と呼ばれる。

その後、第二の科学革命も後押しし、その後、道具は大量生産、大量消費をもたらす。その口火になったのが、T型フォードである。そこで、技術にあたらなニーズが出てくる。不確実性や複雑性への対応である。これらに対処するために、「情報」という概念が生み出される。情報を扱う技術は、自然科学にはないもので、人工物を対象とする科学で、このような科学を生み出したことを本書では「第三の科学革命」と呼んでいる。

そして、「第三の科学革命」が生み出したものは、「制御工学」、「オペレーションズリサーチ」、「ネットワーク理論」、「計算」、「通信理論」などであり、それが1948年にウィナーが提唱する新しい学問「サイバネティックス」によって完成する。サイバネティックスとは、これらの新しい技術を科学として体系化することによって、技術、人間、社会を探究することを目的とした学問である。

この本が立脚するのは以上のような科学史観、技術史観である。

その上で、日本が「理論」、「システム」、「ソフトウエア」の3つの領域が苦手になっている理由は、第三の科学革命に対応できてこなかったことによるというのが本書の指摘である。

さらに、その背景になる、日本流について、相当厳しく言及している。とくに、日本人は野中郁次郎先生の「暗黙知」の議論を「よりどころ」にするように、熟練や経験などの個人的な技能に技術を収斂させる傾向が強く、精進と修練によって得られた「匠の技」を重く見ると主張する。この一例として僕も全く同感した事象を指摘している。

それは、ソフトウエアというまさに、第三の科学革命の最先端の分野でのベストプラクティスを「日本の技、日本の匠」などとネーミングしている。こういう感覚なのだ。

さて、本書では、この問題を第二次世界大戦を引き合いに出して、まだ、続いているという議論をしている。負け戦というのはいろいろな原因があるのだろうが、この本が指摘しているのは、その中で、武器の開発がシステム的に行われなかったことだと述べている。プロジェクトマネジメントを勉強したことのある人は、その応用として原子爆弾の開発とかを聞いたことがあると思うが、当時、ヴァネバー・ブッシュが率いたOSRD(Office of Scientific Research and Development)には3万人もの人がいたとされ、体系的に原子爆弾やレーザーなどの近代兵器の開発をしていた。これに対して、日本の武器開発は匠だった。かつ、海軍・空軍の縦割りの中で、それぞれが勝手な開発をしていた。これで勝てるはずがないというのが本書の指摘。

この中では、やはりプロジェクトマネジメントに対する指摘が興味深い。近代的なプロジェクトマネジメントの始まりにOSRDのマンハッタン計画を上げる人が多いのだが、それまでは、結構、属人的に考えられていた。技術は人に帰属し、それを束ねるリーダーの存在で統合され、成果を生み出すようなイメージだったのだ。

ところが、マンハッタン計画には3000人以上の技術者、科学者が参加されていたとされ、そのようなリーダーの存在を求めるのは非現実的だと認識されるようになった。そこで注目されたのが、第三の科学革命の成果であり、サイバネティックスを技術にした「システム工学」であった。

戦争が終わり、日本は驚異的な経済成長を遂げるが、そのキャッチアップで役立ったのはやはり、労働集約型の働き方であり、また、縦割りであった。それらの存在によって、急速なキャッチアップが実現されたが、今、その体質が技術を窮地に陥らせているという。その原因になるのが、そもそも、このような労働集約型の施策は優秀な人材がいることが前提になっているが、少子化によってそれがかなわなくなっている。さらに追い打ちをかけるように労働時間の短縮が進んでいる。したがって、このままのパラダイムで進んでいくことは不可能であり、第三の科学革命の成果を急速に取り入れていくことが急務であるというのが本書のもっとも重要な提言である。

また、もう一つの問題として、日本人はレッスンズラーンドしないという指摘もしている。問題が出てきたときに、それを解決すればよかったよかったで終わる。例えば、ソフトウエア業界などではレッスンズラーンドを積極的に取り入れようとしているが、残念ながらこの指摘は当たっているように思う。経験として残すことはするし、暗黙知としての共有もする。しかし、それを普遍的なものとして残していく、つまり、理論化するというのはまずしていない。水平展開と言う言葉も、情報共有の文脈の中でしか語られない。

これを大学人である筆者が言ってもあまりインパクトがないと思うので、付け加えておく。理論化しないことは深刻な問題である。理論というと特別な意味があるように思えるかもしれないが、平たくいえば、理論化しようとしないというのは「考えようとしない」ということだ。経験を共有し、それですべてに対応しようとする。もちろん、第三の科学革命の成果である情報化が進んでいるので、それなりのことはできるが、所詮、こんなやり方ではそれなりのことしかできない。

僕的にはこの指摘がもっとも耳を傾けるべき指摘だと思う。これを解消するためには、まずはシステム理論を学ぶことだ。その動機付けに、まずは、この本を読んで見るとよいだろう。共感できれば動機になる。何言っているだと思えば、そのままいけばよい。

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