仮説を制する者はマネジメントを制する
■仮説とは何か
マネジメントにおいて欠くことができないのは「仮説」である。マネジメントのセンスとは、言い換えれば、どれだけ適切な仮説を作れるか、そして、その仮説を使って活動しているかだと言っても過言ではない。
まず、最初にきちんと理解しておきたいのは仮説とは何かだ。意外と理解していない人が多い。北京オリンピックの水泳平泳ぎ100Mで、世界新記録で優勝した。このときに、コーチと北島選手は「100Mでも、200Mと同じように前半をゆっくり泳げば後半ばてずに最後まで泳ぎ切れる」という仮説を立てたという。そして、準決勝であまりよい記録がでなかったのを受けて、この仮説に賭けたそうだ。この仮説は、一見もっともらしいが、解説者の話では、100Mと200Mは泳ぎ方が違うので常識外だというのだから、正しいという確信はあったわけではないのだろう。
では、仮説が何の意味があるのか?オリンピック本番の1か月前に、記録を伸ばすためにあれやこれやと考えてみても、試みてみることは不可能だ。おのずと、仮説を作ることによって、有効な方策を絞り込んで、それに集中するしかないし、選んだ仮説で世界新を達成したのだから、解説者も舌を巻く卓越した仮説だということになるだろう。北島選手のエピソードからも分かるように、水泳に限らず、スポーツ選手が調整するとか、修正するとか言っているのは、仮説を調整、修正するという意味である。
■マネジメントにおける仮説の重要性
さて、スポーツを例にとって仮説とはどういうものか、また、仮説がなぜ重要かということを述べたが、次はマネジメントにおける仮説について考えてみたい。マネジメントおける仮説には
・こういうものを作れば売れるだろう
・こうすれば問題が解決するだろう
・この手順でやればうまくいくだろう
・この技術は適用できるだろ
・・・
など、さまざまなものが考えられる。
重要なことは、これらはすべてコストの直結することだ。どういうものを作れば売れるかの仮説が外れると、何度も商品開発を繰り返すことになり、だんだん、小さなヒットでは開発コストが回収できなくなってくる。問題解決であれば、仮説が不適切であれば採用した問題解決策が効かず、有効な問題解決策を見つけるまでに多くのコストがかかることになる。
それ以上に重要なことは時間である。商品開発であれば仮説を絞り込むことによって、市場調査の範囲を減らすことができるし、試作品の数も減らすことができる。これらはコストの低減とともに、時間の大幅な節約になり、リードタイムの短さが競合に対する競争優位になる。問題解決であれば、時間はより重要かもしれない。問題として考える範囲を絞ることができるので、試行錯誤の時間が短くなる。一般的に、問題は時間とともに大きくなるので、問題解決時間の短縮は問題対処コストの削減にもつながってくる。
このように、仮説はマネジメントの要であるといえ、ぜひ、上手に扱う術を覚えておきたい。
■仮説の構築の考え方
まず、仮説の構築であるが、以下の3つの手法がある。
・経験
・直観
・論理
である。仮説の構築の中で、もっとも多いのは、やはり、経験に基づく仮説の構築であろう。周囲の納得性もある。ただし、問題によってはこのやり方はできない場合がある。たとえば、まったく新しいコンセプトの商品を開発するときに、どのように売れば売れるかに関する仮説は過去の経験からはあまり有効な仮説はできないだろう。最近はそのような問題が多くなってきている。その意味で、さまざまなデータの分析をし、論理的に仮説を立案していくことは今後、重要になってくる。と同時に、このような新しい状況においては、直感による仮説立案も重要である。
■仮説の使い方
次の問題は仮説の使い方である。仮説の使い方として、PDSのサイクルを回していく仮説思考がよくつかわれる。仮説を立てて仕事を進めていっても、その仮説が正しいという保証はないわけだ。したがって、仮説は常に検証されている必要がある。そして、仮説が正しかどうかを判断しながら進めていかなくてはならない。
このサイクルがPDSサイクルを言われるものだが、ここで難しいのは、精度とスピードのバランスである。仮説の構築する際に、精度を上げようとすれば時間がかかる。その代わり、その仮説が正しい可能性は増す。精度を犠牲にして時間を重視すれば、仮説が間違っている可能性も高くなる。ここで、重要なことは、問題の性格をよく考え、適切なバランスを保つことである。
■さらに本格的に学ぶために
以上、マネジメントにおける仮説思考について簡単に説明したが、もっと勉強したい人のために本を紹介しておく。
まず、仮説というのが何かよく分からないという人には、
八幡 紕芦史「仮説力を鍛える」、ソフトバンククリエイティブ(2007)
がお薦めだ。物語形式で、読んでいくうちに自然に、仮説とは何かが分かるように書かれている。
次に、仮説が何か分かっている人が仮説思考のポイントを把握したいのであれば、ボストンコンサルティンググループの内田和成氏が書いた
内田 和成「仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法」、東洋経済新報社(2006)
がお薦めだ。コンサルタント的な視点から、仮説の立て方、使い方などについて一通り、説明されている。ただし、これはあくまでもコンサルタント向きだと思っていた方がよい。書いていることはマネジャークラスの人であれば分かるが、それを実践するには相当な経験がないと難しいことが多い。
その意味では、もう少し、実践しやすい形で書かれている本がこれ。
江口 夏郎、山川 隆史「仮説思考」、ファーストプレス(2007)
基本に忠実に、例を交えてやさしく説明されている。逆に、この本を読んで、内田氏の本を読んだレベルに到達することは考えない方がよい。この本で基本を押さえ、内田氏の本にいくというのがよいだろう。
その中で、これらの本とはちょっと違う一冊がある。日本能率協会から出ているこの本だ。
株式会社日本能率協会コンサルティング「 [実務入門] 「仮説」の作り方・活かし方」、日本能率協会マネジメント 出版情報事業(2008)
「どうして仮説」、「どうなる仮説」の2つの視点から、順を追って仮説思考を学び、事例研究で確認できるようなことができるような作りになっている。研修資料のようなものを書籍化したような内容で、かなり、初歩的なことから、高度なことまで図表とやさしい説明の組み合わせでだんだん分かるような構成になっている。テキストの説明が簡潔すぎ、わからないのではと思うようなところもあるが、押し並べて、図を見ながら読んでいけばだいたい分かる。根気強く読んでいく必要があるが、根気強い人にはこの本がお薦め。
最後に、コンサルタントと並んで仮説が重要な仕事であるマーケティング業務において、どのように仮説を作ればよいかに重心を置いた本があるのでご紹介しておく。著者は、ベテランの商品開発コンサルタントの馬場了さん。彼は仮説の扱いが非常にたくみであるが、やっと本になった。マーケティング系の仕事の人にはこの本がお薦め。
馬場了「絶妙な「仮説力」をつける技術」、明日香出版社(2008)
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