力学で情をレベルアップする
林 衛「情のプロジェクト力学」、日本実業出版社(2008)
お薦め度:★★★★
プロジェクトマネジメントというのはマネジメントであり、経験的なアプローチや体系的なアプローチではだめで、そこに人がリーダーシップとコミュニケーションをうまく作用させる必要があることを読み物的に書いた一冊。
こういう話というのは誰も感じていないわけではなく、プロジェクトマネジャーが何人か集まれば、必ずといってよいくらいそんな話になる。井戸端会議的なアジェンダ設定で議論するのは楽しいテーマなのだが、これまで本がなかったのは体系的に整理することが難しいからだと思う。それを見事にやってのけた林衛さんに拍手したい一冊だ!
林さんの考えは、この問題の本質は人であり、人が作る組織である。したがって、如何に人が成長し、それによって組織が成長するかか、プロジェクト成功のカギになるというもの。この体系の中で、プロジェクトの本質を考え抜けとか、丁寧に訊けとか、技術センスを身につけろなどといったさまざまな要素を実にうまく整理している。
その際に、「情」が必要だと言っているところが林さんの真骨頂ではないかと思う。
「これからのビジネスパーソンは、論理を身につけた上で、情の大切さを知り、柔軟な思考で行動することが大切だ」
と言っている。そして、日本人は元来、論理と情をうまく使い分けできるのではないかと言っている。そして、システムが複雑になってくると論理だけではうまくいかなくなると言っている。
頭の中ではこの話は分かる。要するに大規模、複雑化してくると、論理的な整合性を保つのが難しくなるからだ。この下りを読んでいてふと、思ったことがある。それは問題が複雑になってくると、論理と情というマネジメントスキームそのものより、アーキテクチャー(制度、戦略)の問題の方が重要になってくるのではないかということ。
それを痛感するのが今、世の中をにぎわしている道路の問題とか、高齢者医療の問題など。かつてこの種の問題は、官僚が論理を担当し、政治家が情を担当することで全体としてうまくバランスが取れてきた。また、国民もその落とし処に理解を示してきた。ところがうまくいかなくなっている。
たとえば、地方の交通量の少ないところに道路をつくるかどうかという議論はまさにこの典型だ。論理的にいえば、「使われない道路をつくるのは税金の無駄遣いだ」、「今まで税金をプライオリティをつけて使ってきたのだからこれからも粛々とつくるのが正しい」の2つの論理が衝突している。
マネジメントとはこういった対立の解消をしていく仕事である。そこで、政治家が情をばらまく。道路ばかり作っていて病気の人や勉強したい人が困ってもよいのか」、「今までじっと黙って待っていた地域住民の思うがわからないのか」などなど。よけい話がややこしくなる。このような本質的な矛盾はマネジメントでは解決できない。
なぜ、こうなるんだろうと考えてみると、思い当たるのが制度設計(戦略)のまずさである。上のような本質的な論理的な矛盾が起るのは、時間の経緯とか、環境変化によるものではない。道路特定財源制度というのができたときから発生が予想できた問題である。つまり、このコンフリクトの解消はマネジメントではできない話で、制度設計として考えるべき話なのだ。
もう一度、本の話に戻るが、林さんはこの本の第2章で設計センスの話をしている。つまり、マネジメントというのはマネジメントする対象のアーキテクチャー(林さんの本ではシステム、道路の場合は道路特定財源制度)がセンスよく作られていることを前提にして述べているのではないかと思い至った。大賛成である。
であれば、論理と情を使い分けるというのは相当、高度なマネジメントだと言える。特に、相当、質の高い情を持つ必要がある。リーダーはこういうことができるようになりたいものだなと思うが、この本にはそのためのヒントが満載である。
特に、この本のタイトルにある「力学」を使って、「情」のレベルアップをしようという林さんの提案は素晴らしい!ぜひ、読んでみてほしい。
それから、著者へのお願いは、最後にドラッカーのマネジメント論との関係に触れているが、ぜひ、これを一冊の本にしてほしい!
目次
序章 淘汰の時代がやってきた
第1章 勝ち抜ける!プロジェクトマネージャー
第2章 設計と方法論の総責任者 ITアーキテクトへの道
第3章 和魂洋才 異文化に学ぶ強い人、組織
第4章 急務!成功する組織への変革
第5章 情のマネジメント
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