組織と個人を同時に変える
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー(池村千秋訳)「なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践」、英治出版(2013)
お奨め度:★★★★★
ハーバード大学で、成人学習、職業発達論を研究するロバート・キーガン教授の『Immunity to Change』の翻訳書。2009年の刊行以来、免疫システムという変わった概念による変革アプローチの本として評価されている。
変化が必要だと思っても、85%の人が行動すら起こさないとされるが、この本のアプローチによると多くの人や組織は変革できると主張している注目の一冊。変革の必要性を感じている人はぜひ、読んでみよう!
この本では、成長課題には、技術的な課題と、適応を要する課題があり、いま、直面している課題は技術的な成長(スキルアップ)だけでは対応できず、知性のレベルを向上させ、思考様式を変容させる必要があるという前提がある。
ちょっと長くなるが、重要なポイントなので知性のレベルについて説明しておく。著者がいう知性レベルには以下の3つのレベルがある。
(1)環境順応型知性
(2)自己主導型知性
(3)自己変容型知性
第 1レベルの環境順応型知性は、周囲からどのようにみられ、何を期待されるかによって自己が形成されるレベルである。第2レベルの自己主導型知性は周囲の環 境を客観的に見ることにより自分自身の価値基準を確立し、それに基づいて周りの期待について判断し、選択を行う。第3レベルの自己変容型知性では自分自身 の価値基準を客観的にみて限界を検討する。そして、一つのシステムをすべての場面に適用しようとせずに矛盾や反対を受け入れ、複数のシステムを保持しよう とする。
さて、上に述べた技術的な成長だけでは対応できない一つの例を挙げよう。自己変革を決意するには問題があり、その問題に対して改善目標を設定する。たとえば、組織としてイノベーションが求められているが、なかなか、新しい考えを受け入れらないとする。そこで、
「新しい考え方をもっと受け入れられるようになる」
という改善目標を立てたとしよう。次に、自分の現状を振返り、改善目標を阻害する行動は何かと考え、その行動を変えれば目標が達成できるのではないかと考える。そして
「新しい考え方に素っ気ない態度をとりがちだ。問答無用に却下したり、相手の発言を封じることが多い」
ことに気がついた。そこで、相手のいうことをよく聞くことを心がけようとし、コーチングのスキルアップをしようとする。
ところが、コーチングのスキルが身についてもこの問題は解決しないことが多い。その理由として、人は改善目標を持つと同時に、「裏の目標」を持つからだというのがこの本のアプローチの味噌。裏の目標とはどのようなものかというと、たとえば
「私のやり方でやりたい」
と いうようなものだ。この裏の目標がある限り、いくらスキルが身についても阻害行動が変わることはない。この裏の目標は必ずしも真正面から否定されるものだ とは限らない。ここが厄介なところだ。こういう裏の目標があるので、意思決定が早いというよい点があるかもしれないのだ。免疫というのは「変革をはばむ免 疫機能」という意味なのだ。もう少し、一般的にいえば
改善目標、阻害行動、裏の目標の間の力の均衡
が免疫システムである。
この本のアプローチは、免疫マップとしてこの3つの要素を明確にし、本質的な課題解決を図ろうとするものである。ポイントは阻害行動は裏の目標によって動機づけられている点であり、本当に阻害行動を解消しようとすると、思考様式を変え、裏の目標の消していくところにある。
さらに、裏の目標には、もっと厄介な要因が隠れており、それは固定観念である。たとえば、上の例でいえば、「私のやり方でやりたい」と思う背景には
「やり方を示さないと信頼されない」
という固定観念があるかもしれない。この本のアプローチのポイントは、この固定観念から以下に解き放たれるための方法論にある。
こ の本のアプローチは、免疫マップ以外にも、多くのツール(エキスサイズ)を紹介している。そして、変革のためのロードマップやツールの適用ガイドラインか らなるフレームワーク、および、それらを使った取り組みのケースが紹介されているので、詳しくは本を手にとってみてほしい。
この本のアプローチには
・変革を起こすためのやる気
・思考と感情の両方に働きかける
・思考と行動を同時に変える
の3つの必要な要素があるが、これらのツールを使うことで、実現できるようになっている。
ケースは適応を要する課題の代表だともいえる
・権限委譲
・感情コントロール
の2つの個人課題以外に、コミュニケーションの問題を扱ったケースが紹介されている。これは組織と個人を並行して変革する課題である。
組織組織、学習には個人の視点と組織の視点が必要である。これは、ピーター・センゲの学習する組織の5つのディシプリンからも分かるが、要するに環境が変わらなくては個人は変わられないし、個人が変われなければ組織は変わらないという相互関係があるからだ。
免疫マップのアプローチのもっとも興味深いところは、同じフレームワークで個人と組織の両方の変革を進めて行ける点にある。これは非常に有効だと思われる。よく考えられたアプローチである。
書籍としてみれば、フレームワークやケースだけでなく、組織変革、自己変革、発達心理学などの知見に富んでおり、啓蒙書と読んでも十分に面白い良書である。
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