「圧倒的な開発力」を手に入れる方法
稲垣 公夫「開発戦略は「意思決定」を遅らせろ! ─トヨタが発想し、HPで導入、ハーレーダビッドソンを伸ばした画期的メソッド「リーン製品開発」」、中経出版(2012)
お奨め度:★★★★
facebookページ:「ベールを脱ぐ「リーン製品開発」」
今、注目のリーン手法の中の「リーン」製品開発について、日本に紹介した稲垣公夫さんが一般のビジネスマン向けに解説した本。三部構成で、第1部では、食品加工機メーカ「村坂工業」の成長かリストラかというストーリーで、リーン製品開発のイメージを掴め、第2部が理論、第3部が事例紹介という構成になっている。第1部のストーリーを読んでみて、興味があれば第2部の理論を読み、使えると思ったら、第3部の事例で研究するというなかなか、考えられた構成になっている。
◆ある食品加工機メーカの物語
村坂工業は、現社長村坂章夫の祖父が創業した中堅の食品加工機メーカである。順調に成長してくるも、バブル崩壊後の景気低迷で経営危機に陥り、トヨタ生産方式を導入することによって、その危機を乗り越える。そして、21世紀になってからは海外市場が順調で、成長をしていくも、最近成長に陰りが見えてきた。そこで、リストラか、成長維持かという選択を迫られた村坂社長は、成長を選ぶ。
成長路線を目指すには新興国向けの展開が必須であり、食文化が異なるため、多くの機種が必要になる。そこで、これまでと同じ開発期間で開発機種を増やすことが課題になる。そして、矛先を向けられた開発を統括する田口常務には、2年間で開発生産性を2倍に、その後の数年で4倍にという目標を与えられる。
そして、アプローチを決めるための開発改善イベントを終わり、何か、新しいアプローチの必要性を感じた開発革新推進グループリーダーの後藤は、大学のクラブ仲間であるコンサルタントの稲田公人にコンタクトし、リーン製品開発の存在を知る。
その後、稲田を中心に、リーン製品開発の導入に取り組み、成功するというストーリーである。
◆リーン製品開発の特徴と基本
リーン開発製品開発の特徴は
・開発初期にはできるだけ多数の案を並行して検討する
・最初は製品の仕様を厳密に決めない
の2つにある。つまり、意思決定をできるだけ遅らせる。これによって、結果として開発効率が上がり、開発リードタイムを短縮できるという不思議な手法である。
リーン製品開発の基本になるのは
(1)高いイノベーションを実現しながらリスクを低減するセットベース開発
(2)開発プロジェクトに技術面でも事業面でも責任を持つチーフエンジニア制度
(3)負荷変動を減らし、開発者自身が自分の仕事を計画できるようにプロジェクトを管理にリズムをプルを導入。これにより、流れとリズムを確立
(4)自分で自分の仕事を計画し、対立から学び、新しい知識を創造し、再利用する責任のある専門家チーム
の4つである。これらのよって(顧客)価値を中心にした開発を行っていく。
◆セットベース開発
セットベース開発とは、構想段階で多くの代替案を並行検討し、徐々に絞り込み、最終的には一つの案に集約する開発方法である。普通に考えると、代替案の個数は開発コストに比例するが、リーン製品開発では、初期の段階で代替案の検討を低コストで行う方法を検討し、その方法で検討を行う。さらに、採用されなかった代替案の検討で得られた情報は知識として共有され、他の開発に活かされる。この2つの工夫により、コストを抑えることができる。
◆チーフエンジニア制度
チーフエンジニア制度は、以下のような役割を持つエンジニアのロールを設定することである。
・プロジェクトリーダー
・顧客を代表する
・カネを儲ける
・コンセンサスやトレードオフを主導する
・開発を管理する
・ビジョンを提供する
・生産バリューストリームを設計する
・技術的リーダーシップを発揮する
まあ、ジョブズのような人材像であるので、なかなか、難しいと思われるが、そのような人材がいればそれだけでうまく行くのかもしれない。
◆プロジェクト管理
プロジェクト管理としてはリズムの導入を重視する。リズムには2つのレベルがある。
一つは長期的な複数の開発プロジェクトレベルで、製品の大きな更新から小さな更新まで、異なる規模の開発を最適に組み合わせ、開発組織全体の負荷が平準化されるように長期開発計画を一定のリズムで作成する。
もう一つは、プロジェクト内の開発業務のレベルである。プロジェクトの中では、代替案を絞り込んでいくインテグレーション・イベントが作り出すリズム、インテグレーション・イベント間の複数の学習サイクルのリズム、日常開発業務の中のリズムをあらゆる階層でリズムを導入する。
◆専門家チーム
さらに、以下のような要素を持つ、責任のある専門家チームを作る。
・責任は自分の所属部門だけではなく、プロジェクト全体、あるいは会社全体に貢献するためのものである
・ほかのチームのメンバーとも密接なコミュニケーションをとって、お互いの意見を聞きながら一緒になって製品全体として最適解に達しようという意識を重視する
・専門知識を深めるために学び続ける
◆LAMDAサイクル
この4つの要素を踏まえて、リーン製品開発の仕事の基本になるのが、「LAMDA」と呼ばれる開発サイクルである。LAMDAは
L:Look(観察する)
A:Ask(問いかける)=
M:Model(モデル化する)
D:Discuss(話し合う)
A:Act(行動する)
というPDCAの拡張サイクルである。Lookは、現地現物である。Askは「誰がこれに関して知っているか」、「この根本原因は何か」を問いかけることである。ModelはAskの段階で頭の中に得られたメンタルモデルを視覚化することである。Discussは視覚化されたメンタルモデルを使って関係者と話し合うことだ。最後のActでは、計画を作って行動する。
ちなみに、PDCAとの対比では、
P=LAMD
D=A
C=LAMD
A=A
と2回転することになる対話型の手法である。この2つの組み合わせで、開発を進めていく。
◆事例
最後の部では、事例をして、フォード、ハーレイダビットソン、ピン、テレダイン・ベンソスなどの事例が紹介されている。いずれも、ストーリーの村坂工業と同じような問題を抱えたケースだ。詳しいところは分からないが、参考にはなるだろう。
リーン製品開発に関して、書き下ろされた本としてははじめての本で、特にストーリー仕立てのところが、日本の組織の特徴を持った会社になっているので、参考になる。一方で、記述のレベルがバラバラで、読みにくい。特に、理論編の第2部がばらつきが大きく、詳しすぎて理解できないところがある。また、第3部の事例のところは、もう少し、詳しく書いて欲しかった。まあ、一部と読み合わせろということかもしれないが。
ということで、本としては構成は工夫されているが、読みづらいので、次は、専門書か、図解本を期待したい。
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