情報システムにおける「ユーザ主体」とはどういうことか
日経コンピュータ「開発・改良の切り札 システム内製を極める」、日経BP社(2011)
お奨め度:★★★★1/2
情報システムにおいて、「ユーザ主体」とはどういうことかを、さまざまな事例を分析しながら、考察した一冊。専門ベンダーが主体になって行うシステム開発で、要件定義や柔軟な対応の難しさが指摘される今、ビジネスに役立つ情報システムを獲得するために、一度、読んで考えてみる価値がある一冊だ。
業務システムのユーザ主体開発の目的はいくつかに分けることができる。
◆システムや業務を設計する
一つは、本当に業務に役立つシステムを構築することと同時に、ユーザ自身が主体となってビジネスプロセスを改善(設計)することである。この例として詳し目の事例として取り上げられているのは、宮崎県都城にある「宮田眼科病院」である。この病院では、看護師や検査員が自分たちの業務に必要なシステムを設計して、開発を外部に委託している。同時に、それを契機にしてビジネスフローを見直し、BPRを継続的に実施している。もう一つの例は、江東区区役所の勤怠管理システム。ここでも総務部のスタッフが専門大学院の力を借りて、システムの調達仕様を作り、RFPにして、外部に委託している。
これらの例では、業務を知っているユーザが、自力でシステムの設計を行っている。RFPを作って調達するというのは、教科書に書いてあることだが、実際には設計レベルのRFPというのはなかなかできず、結局、ベンダー主導になってしまっている。このような悪い習慣を覆す例だ。
◆スピードと価格
次の視点は、スピードと価格である。自社の戦略に合う情報システムを早く、安く準備するには、内製する方が有利であるという事例。このような例として、引っ越しのアートコーポレーションがダックという同業企業を買収した際の基幹システムをアートの基幹システムで置き換えたときの事例を取り上げている。また、更新が日々、頻繁に起こる例として、日本酒類販売のEDI、ロームの業務情報管理システムを紹介している。また、国分の基幹システムについても紹介している。
これらの例では、内製により、システムの内部構造を熟知し、それによってシステム開発にスピーディー、かつ、柔軟な対応ができるのがポイントになっている。そして、そのスピードが競争優位源泉になるという指摘をしている。
その例として挙げているのが、セーレンである。セーレンでは、垂直統合によるカスタムオーダーサービス、グローバル展開などにおいて、内製により競争力を築くことに成功している。
さらに、基盤の内製により、アプリケーションを効率よく開発し、生産性の向上をすることも可能になる。その例として、エプソンのITプラットホームの事例を紹介している。ITプラットホームは財務・会計、調達、生産、販売などの基幹業務の基盤である。また、同様の目的の内製として住友電工の例を紹介している。
◆競争優位源泉を確立する
次の目的は、競争優位源泉になるような高付加価値の情報システムを、秘密を守るために外部に出さずに内製することである。高付加価値にはいくつかの例がある。一つは戦略情報システムで、この例にはヤマト運輸のサービス業務システムがある。もう一つは、サービスや製品に組み込むソフトウエアで、コマツのKOMTRAXを例として取り上げている。このような目的の内製を行うには、単にシステム設計力だけではなく、プロジェクト管理なども含めたSIの能力が求められる。
◆情報システムを成長させる
次の目的は情報システムの成長を目的にした内製である。とくに、クラウド時代を迎えてこの目的は重要性を増している。この目的では、保守のとらえ方を変え、導入時とほぼ同じような便益をもたらす以上に、どんどん便益が拡大するようにシステムを変更することを保守としてとらえて開発をしていくという活動を取り上げている。
事例としては、ソフトバンクモバイルのサービスアプリケーション、東京証券取引所の株式の売買単位の管理、銘柄のマスター管理など、顧客サービスに関連するアプリケーションなどを例として挙げている。また、この目的のために、保守要員を増やしている企業もあり、ソニー生命、日本郵船グループなどの例を取り上げている。
また、金融業界においても、システムをさせ続けている事例として、長野の八十二銀行の例を取り上げている。八十二銀行は地銀でありながら、システムにおいてはメガバンク以上に進んでいることで有名な銀行だが、他の地銀にパッケージとして自社のシステムを販売し、保守もしている。その際に、金融商品も同じものを展開しているというのだから、半端ではない。
◆技術的な目的
次の目的は、「新しい開発手法の適用」である。手法適用の目的は、上のいくつかの目的を実現する方法を合理化しようとするものである。手法の中には、ソフトウエアの自動生成から、東邦チタニウムのアジャイル開発の適用のように、ベンダー主導でもなかなか、やらないようなものも含まれており、興味深い事例が多い。技術に興味のある人は、読んでみてほしい。
◆組織能力の強化
最後の目的は、単に情報システムを使うだけではなく、それを組織能力として身につけることを狙った内製である。この議論は、情報システムの正体がはっきりしなかった30年前には延々と繰り返されたものである。
その後、だんだん整理されてきて、企業にとって情報システムは手段であるというところに落ち着いてきた。そのきっかけになったのは、アウトソーシングビジネスが登場してきたことだと思われる。
しかし、特に中堅企業の経営者と話としていると、情報システムを作っていく能力は組織能力として重要だと思っている人は少なくない。これは、経営観の問題である。
そのような例として、自分たちでベンダーを仕切ってSIを行っている村田製作所、すべての社員にプログラミングをすることを要求しているクラレの例などを取り上げている。また、NTTでも同じような取り組みをしていることが紹介されている。
本の事例ではないが、あるスポーツ用品メーカでは、PMOに商品開発の中心的な役割を負わせている。情報システムを開発する能力は、情報システムの開発以外にも活かせるという例である。このように考えると、プロジェクトを運用する組織能力を構築することを考えると、この議論はまだ、収斂していないのかもしれない。
◆結論と若干のコメント
このような例を通じて、本書が結論しているのは、ユーザ主体開発のポイントは業務設計とベンダーとのコラボレーションにあるということだ。
話は変わるが、今日は民主党の野田内閣が発足した。報道をみていると、政治主導を一旦あきらめたような報道がされている。政治主導とは何かというのは非常に難しい議論だ。政治家に専門性がないとは言わないが、少なくとも一つの省庁のすべての領域に専門性を持つ政治家などいないだろう。というより、政治家に限らず、一人の専門家でもそれは無理だ。
そう考えると、政治主導というのは自分でやることではないことが容易に想像できる。ではなにか。官僚にやらせて責任を取ることだろう。この本でも少しだけ触れられているが、ユーザ主体とは、業務形態はこの本にあるようないずれの形態でも構わない。しかし、責任とリスクはユーザがとることであろう。
逆にいえば、自分たちが自分たちの業務に必要な情報システムの確保に責任を取れるにはどういうスタイルがよいかによって決まるといってもよい。そのような視点で読んでみると、各事例の違った側面が見えてくる。
一つは、本当に業務に役立つシステムを構築することと同時に、ユーザ自身が主体となってビジネスプロセスを改善(設計)することである。この例として詳し目の事例として取り上げられているのは、宮崎県都城にある「宮田眼科病院」である。この病院では、看護師や検査員が自分たちの業務に必要なシステムを設計して、開発を外部に委託している。同時に、それを契機にしてビジネスフローを見直し、BPRを継続的に実施している。もう一つの例は、江東区区役所の勤怠管理システム。ここでも総務部のスタッフが専門大学院の力を借りて、システムの調達仕様を作り、RFPにして、外部に委託している。
これらの例では、業務を知っているユーザが、自力でシステムの設計を行っている。RFPを作って調達するというのは、教科書に書いてあることだが、実際には設計レベルのRFPというのはなかなかできず、結局、ベンダー主導になってしまっている。このような悪い習慣を覆す例だ。
◆スピードと価格
次の視点は、スピードと価格である。自社の戦略に合う情報システムを早く、安く準備するには、内製する方が有利であるという事例。このような例として、引っ越しのアートコーポレーションがダックという同業企業を買収した際の基幹システムをアートの基幹システムで置き換えたときの事例を取り上げている。また、更新が日々、頻繁に起こる例として、日本酒類販売のEDI、ロームの業務情報管理システムを紹介している。また、国分の基幹システムについても紹介している。
これらの例では、内製により、システムの内部構造を熟知し、それによってシステム開発にスピーディー、かつ、柔軟な対応ができるのがポイントになっている。そして、そのスピードが競争優位源泉になるという指摘をしている。
その例として挙げているのが、セーレンである。セーレンでは、垂直統合によるカスタムオーダーサービス、グローバル展開などにおいて、内製により競争力を築くことに成功している。
さらに、基盤の内製により、アプリケーションを効率よく開発し、生産性の向上をすることも可能になる。その例として、エプソンのITプラットホームの事例を紹介している。ITプラットホームは財務・会計、調達、生産、販売などの基幹業務の基盤である。また、同様の目的の内製として住友電工の例を紹介している。
◆競争優位源泉を確立する
次の目的は、競争優位源泉になるような高付加価値の情報システムを、秘密を守るために外部に出さずに内製することである。高付加価値にはいくつかの例がある。一つは戦略情報システムで、この例にはヤマト運輸のサービス業務システムがある。もう一つは、サービスや製品に組み込むソフトウエアで、コマツのKOMTRAXを例として取り上げている。このような目的の内製を行うには、単にシステム設計力だけではなく、プロジェクト管理なども含めたSIの能力が求められる。
◆情報システムを成長させる
次の目的は情報システムの成長を目的にした内製である。とくに、クラウド時代を迎えてこの目的は重要性を増している。この目的では、保守のとらえ方を変え、導入時とほぼ同じような便益をもたらす以上に、どんどん便益が拡大するようにシステムを変更することを保守としてとらえて開発をしていくという活動を取り上げている。
事例としては、ソフトバンクモバイルのサービスアプリケーション、東京証券取引所の株式の売買単位の管理、銘柄のマスター管理など、顧客サービスに関連するアプリケーションなどを例として挙げている。また、この目的のために、保守要員を増やしている企業もあり、ソニー生命、日本郵船グループなどの例を取り上げている。
また、金融業界においても、システムをさせ続けている事例として、長野の八十二銀行の例を取り上げている。八十二銀行は地銀でありながら、システムにおいてはメガバンク以上に進んでいることで有名な銀行だが、他の地銀にパッケージとして自社のシステムを販売し、保守もしている。その際に、金融商品も同じものを展開しているというのだから、半端ではない。
◆技術的な目的
次の目的は、「新しい開発手法の適用」である。手法適用の目的は、上のいくつかの目的を実現する方法を合理化しようとするものである。手法の中には、ソフトウエアの自動生成から、東邦チタニウムのアジャイル開発の適用のように、ベンダー主導でもなかなか、やらないようなものも含まれており、興味深い事例が多い。技術に興味のある人は、読んでみてほしい。
◆組織能力の強化
最後の目的は、単に情報システムを使うだけではなく、それを組織能力として身につけることを狙った内製である。この議論は、情報システムの正体がはっきりしなかった30年前には延々と繰り返されたものである。
その後、だんだん整理されてきて、企業にとって情報システムは手段であるというところに落ち着いてきた。そのきっかけになったのは、アウトソーシングビジネスが登場してきたことだと思われる。
しかし、特に中堅企業の経営者と話としていると、情報システムを作っていく能力は組織能力として重要だと思っている人は少なくない。これは、経営観の問題である。
そのような例として、自分たちでベンダーを仕切ってSIを行っている村田製作所、すべての社員にプログラミングをすることを要求しているクラレの例などを取り上げている。また、NTTでも同じような取り組みをしていることが紹介されている。
本の事例ではないが、あるスポーツ用品メーカでは、PMOに商品開発の中心的な役割を負わせている。情報システムを開発する能力は、情報システムの開発以外にも活かせるという例である。このように考えると、プロジェクトを運用する組織能力を構築することを考えると、この議論はまだ、収斂していないのかもしれない。
◆結論と若干のコメント
このような例を通じて、本書が結論しているのは、ユーザ主体開発のポイントは業務設計とベンダーとのコラボレーションにあるということだ。
話は変わるが、今日は民主党の野田内閣が発足した。報道をみていると、政治主導を一旦あきらめたような報道がされている。政治主導とは何かというのは非常に難しい議論だ。政治家に専門性がないとは言わないが、少なくとも一つの省庁のすべての領域に専門性を持つ政治家などいないだろう。というより、政治家に限らず、一人の専門家でもそれは無理だ。
そう考えると、政治主導というのは自分でやることではないことが容易に想像できる。ではなにか。官僚にやらせて責任を取ることだろう。この本でも少しだけ触れられているが、ユーザ主体とは、業務形態はこの本にあるようないずれの形態でも構わない。しかし、責任とリスクはユーザがとることであろう。
逆にいえば、自分たちが自分たちの業務に必要な情報システムの確保に責任を取れるにはどういうスタイルがよいかによって決まるといってもよい。そのような視点で読んでみると、各事例の違った側面が見えてくる。
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