ユーザ満足(US)を実現するコミュニケーション(ファンが選ぶビジネス書10)
日経トップリーダー「なぜ、社員10人でもわかり合えないのか」、日経BP社(2011)
お奨め度:★★★★★+α
コミーは社員16人、年商5億の中小企業である。にも関わらず、死角を移す鏡で世界のトップメーカーであり、飛行機の手荷物だなの忘れ物防止ミラーでは、5つ星の航空会社7社のうち、6社が導入している。また、飛行機でも、エアバスA380では標準装備となっている。そんなコミーの謎を、日経トップリーダーが度重なる取材に基づき、コミュニケーションという切り口から解説した一冊。
◆コミーのコミュニケーション戦略
コミーはコミュニケーションに大きな力を割いているが、その戦略は2つある。一つは、顧客とのコミュニケーションである。コミーの顧客とのコミュニケーションはよい意味で常識を一脱している。顧客と「一心同体」になるまでコミュニケーションを行う。そして、顧客を理解した上で、組織のコミュニケーション力を引き上げていく。
コミーの顧客コミュニケーションの基本は、CSならぬ、USの追及にある。USとはユーザ満足の略語で、おそらく、コミーの造語だと思うが、ユーザ・エクスペリエンスに通じる考え方だ。コミーの小宮山栄社長には、
顧客満足の裏にあるユーザの不満足を知らずにいたら、必ず商売は先細る
という信念があり、この信念に基づくユーザ満足第一主義を掲げる。それは
商品の購入決定者(顧客)が、商品の実際の使い手(ユーザ)ではない
→商品がいくら売れても、ユーザが満足していなければ、商売は先細りになる
→だから、「現場調査」や「無料貸し出し」をする
→急がば回れ。手間はかかるが、信頼を得れば、次の商売につながる
というロジックに基づく。
◆信念の背景
このような信念が生まれたのには物語がある。小宮山社長は大学を出て、いくつかの職を経て、看板業として73年コミーを創業する。そして電動の回転看板を作るようになり、77年に凸鏡を2枚張り合わせた看板を考案し、新商品展示会に出す。物珍しく、関心を持つ人が1枚、2枚と買ってくれる顧客が出てきた。その中に、30枚、注文したスーパーの経営者がいた。不思議に思って、経営者を尋ねると、回転ミラーで店のどの場所も見えるようにし、万引き防止用に使っているという。ユーザから、商品の使い方を教わる。ユーザ・イノベーション、あるいは、コ・クリエイションである。
さらに、化粧品店からは、「思いやり」に使うという。つまり、お客様が商品の前で関心を持っていればお客様の目につく場所に立ち、声をかけやすくする。商品を抱えていればかごを差し出す。こんな店員の行動のために使うという。もちろん、万引き防止にもなる。これで、コミーの提案の幅は大きく広がる。
コミーの原点ともいえる商品での経験が顧客を理解することによって、自らの成長も実現できるという信念が生まれていく、ユーザ満足第一主義に発展していく。決して、媚びているわけではない。
ユーザ満足第一主義によって、16人の社員のだれをとっても、開発であろうが、営業であろうが、役割に関係なく、ユーザの方を向き、ユーザを中心に仕事を回している。これがコミーの強みだ。ただし、この強みは、売り上げが伸びない、企業の成長が遅いという弱みと裏腹である。それを承知でユーザ満足第一主義をとる。ここに、小宮山社長の経営者としての信念と覚悟があり、また、芯の詰まった成長をさせるという計算もあるように思う。
◆ユーザ理解をユーザ満足に昇華させる社内コミュニケーション
さて、ユーザのことをいくら知っても、ユーザ満足には結び付かない。一般にB2Bのビジネスでは組織として顧客にサービスや商品を提供できなければ、相手を満足させることはできない。そのためには、社内の情報共有というか、コミュニケーションがポイントになる。
これがもう一つの車輪である。コミーのコミュニケーションのポイントの一つは、「ヌシ化」させないことにある。ヌシ化というのは、特定の社員が、どんどん専門スキルと身につけて、その分野のヌシになってしまうことだ。ヌシになると、その分野は、その人に任せるしかなくなり、それは長い目で見たときに弊害が出てくる。つまり、標準が決まっている場合でも、担当者を変えるとパフォーマンスが落ちるということが起こる。「良かれ」と思って、ルールを変える。ヌシであるので変えたルールは標準に反映されていない。
普通の会社であれば、ここでやっぱりだめかといってもとに戻す。ところが、コミーはなぜそうなるのかを徹底的に追及した。組織内のコミュニケーションのポイントの二つ目は「なぜなぜ」で徹底的に分かりあうコミュニケーションをすることなのだ。
そして、コミーはこの問題を見つけてしまった。それ以来、コミーでは、「慣れでどうにかやっているベテランの意見より、不慣れな新人の「やりにくい」という違和感を重視するようになった。
これは、改善の機会を逃さないということでもある。なぜなぜによって、改善の機会を見つけ、改善に結び付けていく。この姿勢はユーザに対する態度とまったく同じものであり、コミーマンの基本的な姿勢になっている。
コミーでは、社内の問題でも、ユーザの問題でも、何か問題を見つけたら見つけた人が「騒ぐ」ことになっている。それによってエスカレーションされ、組織の問題になり、改善機会になる。
◆用語集と物語
さらに、コミーには用語集がある。著者もいくつか、同じシステムを取っている企業を知っているが、用語集を作ることによって、経営者の経営モデルを全社で共有する。たとえば、「やりとり」とは「約束のプロセス」と定義され、取引先とのやりとりは、納期、価格、品質、図面などの約束を取り交わすまでのプロセスだとする。
用語集の重要な例として、「価格」が挙げられている。価格という言葉は立場によってまったく意味が違う。上代、契約価格、見積り価格、最低でもこの3つの意味がある。この3つを混同して議論すると話はまったくかみ合わない。だから、特に価格は顧客との接点になるので、誤解のままで外に持ち出し、混乱を招く。こんなトラブルが解消できる。
新しい概念に出会うと、社員は土日に出勤し、徹底的に議論し、意味を定義する。これができれば共有できたも同然だ。さらに、用語集は定期的に見直しがされる。
さらに、コミーには物語にし、共有するという文化がある。物語にはシリーズがあり、23種類ある。これらはホームページで公開されている。これによって、コミュニケーションの質がさらに向上している。
◆組織文化
このようなパターンは、エド・シャイン先生の組織文化の構造がきれいにインプリメントされている。
・人工物と創造されたもの
言葉の定義
・価値
ユーザ満足第一主義
・基本的仮定
事実に基づき行動する
といった感じだ。
この本のメインテーマは、組織の規模とコミュニケーションであるが、コミーのベストプラクティスはそういう問題提起に基づくものではないように思える。やはり、USが中心にあり、USのために何をすべきかというところで、組織内の徹底的なコミュニケーションがあるように思える。
逆にいえば、大企業のコミュニケーションがよくないのは、CSはできても、USができないからで、企業のスケールよりも、USをスケールにした方が説明力があるように感じた。コミーの社内コミュニケーションのポイントは中小企業でありがちなヌシ化の防止だと書かれているが、これにしても、ヌシに困るのは、ユーザである。
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