なぜ、部長はビジネス書を読まないのか
川崎 和則「あたりまえだけどなかなかできない 部長のルール」、明日香出版社 (2011)
明日香出版の人気シリーズ「あたりまえだけどなかなかできない」に部長編が登場。例によって、100のルールが見開きで書かれている。
この記事は、facebook別館のコメント用に書いたのだが、書いているうちに長くなってきたので、ビジネス書の杜の記事とする。ただ、書籍の紹介ではないので、あしからず。また、お奨め度もつけれないのでつけていない。理由は本文を読んでほしい。
◆ビジネス書を読まない部長はどんな本を読むか
課長や部長と話をしていると、ビジネス書は本を読まないという人が多い。本を読まないわけではない。人気があるのは歴史モノや、人物モノ、ノンフィクションである。最近は、サンデル教授『これからの「正義」の話をしよう』や、『超訳 ニーチェの言葉』などが立て続けに注目されたせいか、哲学モノを読む人も増えてきた。
実は僕も年齢的にその気持ちはよく分かる。35歳くらいからビジネス書を読みたいとは思わなくなってきた。今、自分のために読んでいるビジネス書は、ほとんど新書である。ビジネス雑誌を比較的広く読んでいる。その中で気になるトピックスを新書で探すとすでにあったり、しばらくすると出てきたりするので、そんな形になっている。本になったころには、もう古いという感覚がある。
◆部長に必要なスキル
なぜか。この謎を見事に説明しているのが、ハーバード大学のロバート・カッツ教授のマネジメントに求められる能力モデルである。
マネジャーが必要とするスキルには、
(1)テクニカルスキル
業務遂行能力、つまり業務を遂行する上で必要な知識や実務的技能。
(2)ヒューマンスキル
対人関係能力、つまり人対人のコミュニケーションや対立解決、動機づけなどを行う能力。
(3)コンセプチュアルスキル
概念化能力、つまり周囲で起こっている事柄や状況を構造的、概念的に捉え、事柄や問題の本質を見極めることにより、広い視野や長期的な視点から物事を考え、意思決定できる能力。
の3つある。そして、下位のマネジメント(ジュニアマネジャー)はテクニカルスキルに依存する割合が大きい。ミドルマネジメント(ミドルマネジャー)は、ヒューマンスキルに依存する割合が大きくなってくる。トップマネジメント(シニアマネジャー、エグゼクティ)は、コンセプチュアルスキルに依存する割合が大きい。
◆部長とはキャリア
この中で、ビジネス書が直接的な形で人材育成に貢献するのは、テクニカルスキルである。ヒューマンスキルや、コンセプチュアルスキルは、たとえば、リーダーシップやコンフリクトマネジメント、問題解決などの要素はビジネス書で習得できるかもしれないが、総合的なスキルはビジネス書で習得するのは無理だ。だから、歴史モノ、人物モノになる。
その中で、唯一といってもいいくらい支持されているのが、畠山先生の
畠山 芳雄 「新版 部長・何を成すべきか (マネジメントの基本選書)」、日本能率協会マネジメントセンター(2004)4820716387
だ。畠山先生の本は、単著ではなく、マネジメント基本選書というシリーズ。そこに、味噌がある。
実は、冒頭のマネジャーがよく読む本のオチに、少数派であるが、「島耕作」という回答がある。主任、課長、部長、取締役、常務、専務と出世し、ついに社長編まで出る(後付けで主任編も出る)。そこには、弘兼憲史氏のキャリア感が透けて見える。
弘兼憲史叢書 島耕作全集 課長編
弘兼憲史叢書 島耕作全集 部長編 THE SECOND STAGE<7冊セット>
弘兼憲史叢書 島耕作全集 取締役・常務・専務編 THE THIRD STAGE <10冊セット>
畠山先生の本も同じで、先生のキャリア感を踏まえた上での理論なのだ(それでも、おそらく、10人の部長がいれば、7~8人は納得するだろうというとこまでに留めてある)。だから役立つ。
ただし、それだけで部長職が務まるほど、世の中は甘くない。なので、ビジネス書は出てこない。
◆ついに出た
そんな市場だと思っていたら、驚くべき本がでてきた。それが、この本。
正直にいえば、驚き半分、やっぱり半分。明日香出版の「あたりまえだけどなかなかできないシリーズ」はベストセラーシリーズで、課長まできたので、次は部長が出るだろうと思っていた。
この本の出来については、何とも言えない。部長のやり方の巧拙など、論評できるものではない。この本の著者の川崎氏はダーバンに入社、広報宣伝部長、レナウンに合併後も宣伝部長を務めた人物である。一部上場企業で部長までいくことはサラリーマンとしては成功であり、書かれていることは彼の成功の秘訣である。その意味で、他者が論評すべきことではない。
◆自分のキャリアと結びつけながら読む
ただ、一つだけ、言えることがある。
僕が会社員なら、このような本を読む部長の部下になりたくはない。どんなに優れた考えでも、借り物の考えでいろいろと指示をされてはたまらない。本で読んで初めて得た考えなど、だれかの反対に合えば、すぐに捨てるだろう。そんな考えで指示をされてはたまったものではない。これは本に限らず、部長向けの講演などもそうだ。
部長の考えは、キャリアの中から出てくるもので、だから、同じことを言っても課長や係長がいうよりはるかも重みがある。だから、部下も従う。そして、部長はキャリアをかけて、自分の考えを貫く。
この本を読むにあたっては、キャリアに裏打ちされない部長の言葉など、たわごとに過ぎないことを肝に銘じて、読んでほしい本である。言い換えると、自分のキャリアを振り返り、気づきを得てほしい。
その意味で、同じシリーズの課長のルールとは性格を異にする本である。
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