「直観的な知性」が経験を価値に換える~直観の正しい使い方
ユージン・サドラースミス(吉田利子訳)「直観力マネジメント 第六感が利益を生む! 」、朝日新聞出版(2010)
お奨め度:★★★★★
ソニーの盛田昭夫氏、スターバックスのハワード・シュルツ氏、ヴァージンレコードのリチャード・ブランソンなど、ビジネスにはひらめきや勘が重要であると主張する経営者は少なくない。直観はアート的なものだと考えられがちだが、本書では科学的に説明がつくという立場から、実際に直観とはどのようなもので、どのように働くかについて科学的な説明を試みている。その上で、直観をビジネスやマネジメントの中での活用する方法を提案している。分析だけではビジネスに勝ちきれないと考えているマネジャーや経営者必読の一冊である。
本書では、以下のような前提で話を進めている。
・人類の基本的な性能として、直観的なこころと分析的なこころが存在する
・ビジネス組織では、直観的なこころよりも分析的なこころが優遇されている
・直観的なこころはわたしたちの判断や決断に頼もしい味方にもなれば、敵にもなる
・直観的なこころを理解すると、私生活でも仕事でもより豊かな情報に基づいて判断できる
・直観的なこころは非常に重要な資産の一つであるのに、いままであまり追求されたことがない
この10年ほどの研究で、分析的なこころと直観的なこころには以下のような違いがあることが分かってきた。
<分析的なこころ>
・ナローバンド(連続的処理)
・コントロールされるプロセス(努力が必要)
・ステップ・バイ・ステップで働く
・意識的(直接的、意識的介入が可能)
・言葉で語りかける
・作用がゆっくり
・進化的に新しい(数万年前)
<直観的なこころ>
・ブロードバンド(並行処理)
・自動操縦のプロセス(努力が不要)
・総合的なパターン認識
・無意識的(意識的介入ができない)
・感情で語りかける
・作用が迅速
・進化的に古い(数十万年前)
この点も含めて、直観的なこころには4つの特徴がある。
(1)感情という言葉で語りかける
(2)迅速で突発的
(3)総合的
(4)仮説は提供するが、確実ではない
では、この特徴を踏まえて、直観的思考が向いているのは以下のような場合である。
・問題の存在を察知する必要がある場合
・学習済みの行動パターンを迅速に展開すればいい場合
・予想がくつがえった場合
・「大きな絵」を構築する場合
・合理的な分析の結果をチェックする場合
・綿密な分析は棚上げして、迅速にそれなりの解決に達したい場合
このような状況において、マネジャーにとって、直観か、分析かは二者択一ではない。「利き手」のようなものであり、直観も分析もそれなりにできなければならない。例えば、分析的スキルが利き手のマネジャーは、計画を立てるのが得意で、アイデアを効果的に実行することに優れているが、実行すべきアイデアがなければ、その能力は役にたたない。逆に直観的スキルが利き手のマネジャーは、優れたアイデアを思いつくが、周到な計画なくしてそのアイデアの実行はままらなず、結果としてのそのアイデアは役に立たない。このような関係があるからだ。
マネジャーに直観的なこころと分析的なこころのどちらが重要かは、仕事の性格によることは既に述べた通りであるが、敢えて二分すれば、構造がはっきりしていて、客観的で、量的である「算出」の仕事では分析的なこころが必要だ。逆に、流動的、構造がはっきりしない、主観的、人間的要素が大きい、時間に迫られるような「判断」の仕事では直観的こころが必要である。
このように考えると、どちらがより必要かという問題はマネジャーとしてのレベルに依存することが多い。量的な側面の意志決定が多い中間管理職レベルまでは分析的な判断によって優れた仕事ができるかもしれないが、上級管理職になると、問題が複雑化し、あいまいになるので、直観的な判断ができなくてはならないことが多いといえる。
また、この問題は単に個人の問題ではなく、チームの編成において、いずれかを得意とするメンバーが混在することが重要であることも理解しておく必要がある。
直観と混同されぎみなのが、「洞察」である。洞察は、それまで分からなかった新しいつながりを発見し、新しい世界を見せる力だ。その意味で、洞察は新しいつながりを「見抜く」ことである。これに対して、直観は新しいつながりを「感じる」ことである。
洞察のプロセスは
(1)準備段階:対象分野に浸り、創造的直観の基礎となる専門能力を養う
(2)培養・孵化段階:問題を潜在意識に送る
(3)暗示・通告段階:そろそろ解決策が現れるというざわつきを直観が感じる
(4)ひらめきの段階
(5)検証の段階:アイデアの有効性や商業的な可能性を厳しく確認する
というものであるが、直観的なこころは、洞察においても重要な役割を果たすことが分かる。
では、直観はどのようにトレーニングできるのか。まず、最初に「もし、こうだったら」という直観を使い、静かな場所で、静かに考え、リハーサルを行ってみるとよい。
もっと直観的なこころを養うには
・専門能力を獲得する
・直観的なこころによる判断にフィードバックをしてくれる支援者を見つける
・積極的に場数を踏んで、経験を積み重ねる
気をつけなくてはならないのは、直観的なこころによる判断は常に正しいとは限らないことだ。直観力を向上するには、誤った判断をしないようにトレーニングも必要である。その方法としては
・直観による仮説に対する反証を探す
・ステレオタイプ化を避ける
・直観を問いただす
・集団心理に気をつける
などである。
マネジメントやリーダーシップにおける直観的な判断や意志決定はすぐに正しいと確信できないことが多い。その場合、直観を言葉にして表現することが重要であるし、そのスキルを上げることが不可欠である。これによって、勘や身体的直観に気付き、認め、検討するのに役立つ。そして、さらに理解が深まる。人間は社会的な存在であるので、自分の直観的な判断や決定、行動を正当化し、説明することは必要であるだけでなく、時には義務だといってもよい。その意味でも、直観を表現するスキルの構築は重要である。
直観的なこころは最終的には直観的な知性に昇華されなくてはならない。直観的な知性とは、自らの直観的な判断を理解し、適用し、展開する能力であり、以下の3つの要素からなる。
・直観に対する理解
・直観的な専門能力
・直観の自己認識
直観的な知性を持つには、直観的な自己に忠実であることが必要であり、それは、
・頭(直観的な知識)
・ハート(直観的な感情)
・手(直観的なスキル)
・腹(道徳的な本能)
の4つに現れる。
以上を踏まえて、直観的な知性の要点は以下の10項目である。
1.直観的な自己に忠実であること
2.正しいやり方で、正しいことを、正しい方向性で行うこと
3.頭とハートと勘のバランス
4.直観を表現すること
5.専門能力を養うこと
6.間違った直観に気をつけること
7.あてになる第一印象、大切な第一印象
8.直観と洞察や本能を混同しない
9.思考モードのギアを入れ替える
10.直観的なこころを深く理解すること
我々はよく、経験することの価値について議論する。経験することに価値があるのは、直観的な知性を獲得することができることだ。直観的な知性が獲得できれば、直観的なこころはわたしたちの判断や決断に頼もしい味方になるし、獲得できなければ敵にもなる。
特に、直観的判断の表現は重要だと思う。ベテランの専門家が自分の直観的判断を表現できないため、それはKKDなどといって葬られ、論理的思考(分析的なこころ)が「偏重」されている現実がある。これは、決して好ましいことではない。
本書は、経験から直観的な知性を獲得するプロセス、方法を明確にした本である。記述は抽象的であるが、事例やポイントを絞った説明は十分にわかり易い。専門家としてキャリアを歩んで行きたい人は、読んでおいて損のない本だ。
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