ポジティビティがネガティビティを打ち負かす「比」(読書会あり)
バーバラ・フレドリクソン(植木理恵監修、高橋由紀子訳)「ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則」、日本実業出版社(2010)
お奨め度:★★★★★
米国心理学会会長をつとめ、ポジティブ心理学の提唱者であるマーティン・セリグマンが「ポジティブ心理学研究の天才」と評した心理学者が、大胆な仮説と、緻密な調査の結果により突き止めた、人を上昇スパイラルに導くポジティブとネガティブな感情の黄金比3:1の法則を解説した本。ポジティブ心理学の実践書として、大注目の一冊。
最初に断っておきたいのだが、ビジネス書の杜のような紹介記事で、結論だけをつまんで紹介できるような内容の本ではない。驚くような主張が多く、なぜ、そのような結論に達したかを丁寧に説明しないと納得できないのではないかと思う。それから、この本には「ほっこり感」がある。ぎすぎすしたポジティブシンキングの啓発書とは少し異なる。なぜか理由は分からない。ただ、その感覚を伝えることは難しいことだけは確かで、その点でも紹介しにくい本である。
と思いつつも、一人でも多くの人にこの本の内容を伝えたいので、敢えて紹介記事を書くことにした。
まず、言葉だが、ネガティビティとポジティビティという言葉は、前者が自己否定的な心の状態、後者は自己肯定的な心の状態という意味で使われる。ネガティビティはお馴染みの感情で、考えを支配し、判断を左右する。では、ポジティビティとはどのような感情か。ここが一つのポイントになっている。10個ある。
(1)喜び(joy)
(2)感謝(Gratitude)
(3)安らぎ(Serenity)
(4)興味(Interest)
(5)希望(Hope)
(6)誇り(Pride)
(7)愉快(Amusement)
(8)鼓舞(Inspiration)
(9)畏怖(Awe)
(10)愛(Love)
この10個に注目する理由は心理学調査の対象に非常に多く取り上げられ、また、生活の中に色濃く現れるのが分かったからだ。また、この10個の中で、愛は特別な存在であり、すべてのポジティブ感情を含んでその上に位置する感情である。
このようなポジティビティに対して、著者は「拡張-形成理論」を唱える。それは、
ネガティブ感情は「何ができるか」と考える思考の範囲を狭くしてしまうが、ポジティブ感情は、それを広げる働きをし、さらにはさまざまな考え方や行動に目を開かせる
というもの。この理論においては、ポジティビティの
真理1:私たちの心と精神を解放し、受容性と創造性を高めてくれる
真理2:ポジティビティは私たちを成長させてくれる
の2つの真理が骨格になっている。一番目の真理について以下のような説明をしている。
「自分は早春の花である」と想像してみてください。花弁がぴったりと顔を覆っています。かすかな光しか感じません。しかし、陽光の暖かさを感じると変化が起こります。花弁はやわらかくゆるんで開き始めます。視界が広がります。世界が文字通り拡大していきます。可能性が花開きます。
つまり、人は成長にポジティビティが必要なことを本能的に知っており、だから心を広げ、できるだけ多くのポジティビティを取り込もうとする。これを拡張効果と呼んでいる。拡張効果は、クリエティブや決断や交渉に大きな影響を与える。
二つ目の真理は、ポジティビティがリソースを形成して人を成長させる。これを「形成効果」と呼んでいる。ポジティビティがもたらすリソースには4つあり
・精神的リソース:現在の状況に深く集中でき、これから起こることを楽しみにするようになる
・心理的リソース:自分自身を受け入れ、人生に意味を見いだすようになった
・社会的リソース:信頼に満ちた深い人間関係を築き、空いてからの支えを感じるようになった
・身体的リソース:より健康になった
さらに、ポジティビティは「レジリエンス」にも強い影響を持つ。レジリエンスとは「弾力性・困難な状況から立ち直る力」のことだ。学生を対象に9・11の立ち直りを調べたところ、立ち直りの早い学生と遅い学生では、ポジティビティの量に明確な違いがあったことが分かっている。
ポジティビティの量をはかるために、本書ではポジティビティ比という概念を提唱している。これは、ポジティビティのネガティビティに対する割合を示すもので、ある一定の時間におけるポジティビティ(P)の頻度を、その同じ時間におけるネガティビティ(N)の頻度で割ったもの(P/N)である。
ポジティビティ比の興味深い点は、ティッピングポイント(転換点)があることである。つまり、ポジティビティ比が一定値以下だと人は下降スパイラルに陥り、どんどん落ち込んでいくが、一定値以上だとポジティビティのエネルギーによる上昇スパイラルに乗ってどんどん引き上げられていく。この比率が3:1
ポジティビティ3:ネガティビティ1
がティッピングポイントになっているというのが発見事実である。つまり、ポジティビティがネガティビティの3倍を超えたときに初めて上昇スパイラルにのって繁栄していく。
著者は、このようになる理由を、ネガティビティの強大な力にあり、ポジティビティは非力であるので、3倍になるまではネガティビティに打ち勝てないという説明をしている。感覚的に非常によく分かる。
ここで、もう一つの問題がある。ネガティビティは0がいいのかというお約束の問題だ。この点については、適切なネガティビティは無くてはならないとしている。つまり、ネガティビティには「生産的なもの」と「破壊的なもの」があり、生産的なネガティビティは必要に応じて引き戻してくれるため、現実を見失わなくて済むと指摘する。
さて、では、ポジティビティ比を上げるにはどうすればよいか。まず、計測する必要がある。本書では、自己診断のテストを掲載しているので、ぜひ、計測してみて欲しい。その上で行うことは2つ。
・ネガティビティを減らす
・ポジティビティを増やす
の両方、あるいはいずれかだ。ネガティビティを減らすには
・ネガティブ思考に反論する
・ネガティブな反芻から逃れる
・気分転換をする
・現在の状況に心を開いて向き合う(マインドフルネス)
・ネガティビティの地雷を取り除く
・メディアダイエット
・ネガティブな人と上手につきあう
といった方策がある。一方、ポジティビティを増やすには、心からポジティビティを感じられるように生活のペースをスローダウンした上で、
・今いる状況のポジティブな意味を見いだす
・よいことは十分に味わう
・恵まれている点を数える
・自分のした親切を認識する
・好きなことに夢中になる
・将来を夢見る
・自分の強みを活かす
・他者との絆を作る
・自然とのつながりを持つ
・マインドフルネスのメディエーションに取り組む
・自分だけのポジティブポートフォリオを作る
などの方策が考えられる。
ポジティブ心理学の本は難しい本が多く、また、導入本は根拠が明確でないものが多く、なんとなく読んでいても抵抗を感じることが多かった。この本は、取るべき行動の根拠を納得できるように説明されており、同時に、実行ができそうで、その意味で実践的な本である。また、ネガティビティの役割を肯定的に示している点も実践的だと思う。実は、この辺にほっこり感の正体があるのかもしれないと感じている。
本書の解説を書かれている神戸大学の金井先生が、
カラ元気ではなく、個人、組織を芯から元気にするすばらしい本です
と絶賛されている。そのとおりだと思う。
ポジティブでありたいと想いながら、ポジティブ心理学を食わず嫌いしていた人にぜひ読んで欲しいと思う一冊である。
◆読書会のお知らせ
8月28日(土曜)にこの書籍の読書会を開催します。詳しくは、こちらをご覧ください。
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