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2010年5月28日 (金)

片手間管理が本物のやる気を生み出す~スイーパーリーダーシップのすすめ

4569779883 太田 肇『「見せかけの勤勉」の正体』、PHP研究所(2010)

おすすめ度:★★★★★

この2~3年の間に読んだマネジメント書の中で、もっとも印象に残った一冊。「所有感」、「金魚すくいの法則」、「スイーパーリーダーシップ」の3つのキーワードで巧みに、「やらされ感」を持たせないマネジメントをいかに実現するかを問いている。

この本の問題提起は、日本企業のやる気は、残業を認めてくれという「見せかけの勤勉」であり、高度成長期の工業化社会では機能していたが、ポスト工業化社会では「本物のやる気」しか機能しなくなっている。そして、この問題が、日本の生産性や国際競争力を落としているのではないかという指摘だ。

そして、真のやる気を引き出すには、やる気を妨げているものを取り除けばよいと主張している。やる気を妨げているものは5つある。

(1)残業への不満
(2)定まらない目標
(3)過剰な管理
(4)まだら模様の人間関係
(5)不公平な評価、処遇

まず、残業の問題は、古くて新しい問題で、遅くまで残業し、また、有給休暇もあまり取らないことで、やる気や忠誠心を認めてもらいたいという問題だ。工業化社会では長時間会社にいることはある程度生産性につながっていたが、ポスト工業化社会では会社にいる時間は生産性とほとんど関係ないばかりか、組織に対する過度の忠誠心や周りにあわせるだけの協調性は逆に環境への適応を妨げる。この問題の背景には人事評価がある。残業、休日出勤を評価し、早く帰ると何かと理由をつけて低く評価する。その上、評価基準があいまいである。

次の問題は上司の目標がぶれることである。部下への指示や命令がぶれるのは、上ばかりをみて仕事をしている上司の特徴で、主体性がないので、部下にビジョンや目標を示すことができない。その上、「上からの要求を咀嚼しないので、しばしば部下に対する矛盾した指示をしてしまうし、突っ込まれても答えられない。そして部下からの信頼を行う。

このような上司に対して部下は自己防衛に走る。力の出し惜しみをしたり、目標を高くしないように「談合」をする。さらには、どうせまた変わるのだからと、面従腹背の態度をとるようになる。結局のところ、目標がかえってモチベーションを引き下げてしまう。

三番目は過剰管理。過剰管理の問題は意外と底が深い。典型的には、社員に自律性がないから任せられない。任せないから、いつまでも成長しないし、自律性も育たないという水掛け論のなる。太田先生はこの問題に、社員の成長過程で失敗を許さない会社に問題ありと、社員側に軍配を上げている。

しかし、現実には、「ほうれんそう」の徹底で、自分で判断するよりも、上司に細かく聞くことが評価される現実があるとした上で、管理の弊害をもっと考えるべきだと指摘している。つまり、管理は一時的な効果は即効性があるが、弊害はゆっくりと現れる。まさに、考えないというのは過剰管理の長期的な弊害であり、そこで過剰管理のままで考えろと言うのは、アクセルとブレーキを踏んでいるようなものだ。

四番目はなかなかおもしろい視点だ。日本では共同体主義は普通である。子供はみんなでいっしょに学び、いっしょに遊ぶ。地域ではともに暮らし、ともに助け合うのがよいとされる。企業にもこの価値観が持ち込まれている。典型的には大部屋だし、集団単位でする仕事。全会一致の意志決定、差をつけない処遇、社宅や寮、社内旅行や運動会、飲み会などなど。これだけ欧米のマネジメントを導入しても、このうちの一つも該当するものがないという企業はほどんどないだろう。

この中で、太田先生がまだらな人間関係と呼ぶ現象が起こる。親しい仲間の中での関係が濃密になればなるほど、外の人との関係が薄くなる。そして、組織全体でみると人間関係が偏り、まだらになる。

最後は、評価に対する不満。不満には絶対的な不満と相対的な不満がある。そして、絶対的な不満よりは相対的な不満の方が圧倒的に多い。そして、相対的な不満は、社員のプライドを傷づけられ、会社に弓を引く。

以上、5つの問題は、すべて管理・監督方法であり、管理・監督方法の中にやる気を阻害する原因があることは明らかである。

では、管理・監督の方法の中で、やる気を阻害する本質的な原因は何か?

やる気が何よりも重要だ。だからやる気のあるものを採り、やる気のあるものを高く評価すべきだという「やる気至上主義」、そして、やる気の質は問わず、とにかくやる気を出すこと自体がよいことだという「やる気信奉」にある。このような傾向が生まれてくる背景には、「やる気」の評価方法にある。やる気を評価するのは日本だけはなく欧米でも同じだ。ところが、欧米は成果に近いところ(川下)でやる気を評価する。これに対して日本企業は川上でやる気を評価している。ここに原因がある。川上におけるやる気の評価は公平性や客観性がなく、主観的なものになりがちであり、モチベーションを上げるどころか、下げてしまう。

このようなやる気至上主義の中で、安直にやる気を出せという言葉をかける。やる気というのは、何か原因があって起こるものであり、原因なしに起こるものではない。そこで、やる気を起こせといえばいうほど、やる気がなくなるというやる気のパラドックスが起こってしまい、ますます、やる気がなくなる。

さて、では、どうすればやる気主義から抜け出すことができるか。一つ目は「金魚すくいの法則」。入れ込めば入れ込むほど、相手は警戒して引くので、入れ込まないようにする。それでやらされ感がなくなり、自発的なモチベーションが生まれる。

自発的なモチベーションの源泉は「所有感」にある。仕事に対する所有感を持つことによって、その中にいろいろなものを詰め込もうとする。仕事の目標、やり方、自分のキャリア観や将来像、職場の人間関係、私生活との両立などあらゆることを考え、それを現在の仕事と頭の中で結びつけていくというのが太田先生の主張だ。

仕事の対する所有感を持たすことに成功した例としていくつかの企業をあげているが、その中の一つに青山フラワーマーケットの事例が挙げられている。

急成長している企業で、しばしばマスコミでも取り上げられているので、ご存じの方も多いと思う。青山フラワーマーケットでは、アルバイトとアルバイトから登用された正社員が店舗の主戦力だが、まず、ノルマがない。自分たちが目標設定をする。そして、仕入れは店舗が自分たちの裁量で行う。場合によってはアルバイトに発注を任せているケースもある。

さらに、アルバイトでも多くは自分の店を持つという目標を持つ人が多い。つまり、今はその過程であり、そのため、目の前の仕事も自分の仕事という気持ちで取り組むことができる。

次に、管理を腹八分にすること。そのためには、プレイングマネジャーがよい。人間には管理したい、コントロールしたいという欲望がある。そこで、それを押さえるために、プレイングマネジャーとして自分の仕事も持つ。

ただし、プレイングマネジャーとして、マネジャーと同じように管理をしようとすると、忙しくて回らなくなる。そこで、管理をすることをあきらめる。すると、片手間の管理になり、金魚すくいの法則にかなうような適度な管理になってくるというのが太田先生の主張である。

問題は片手間の管理で何をするかだ。3つある。

(1)フォロワーの直面する障害を取り除く
(2)目標へ向かう動きを見定める
(3)成果が上げられるように支援する

これはサーバントリーダーシップであるが、サーバントというとイメージは伝わるが、本質的な役割が伝わりにくい。そこで、太田先生はカーリングにヒントを得て、「スイーパー・リーダーシップ」と呼ぶことを提唱している。

つまり、管理者が、「スイーパー・リーダーシップ」と呼ぶ片手間管理を行うことによって、自発的なやる気が生まれ、ポスト工業化社会で通用する人材が生まれる。

以上のように、非常にユニークな視点から、新しい管理職の姿を描いている。ロジックに癖があるので、読んではまる人と、かちんと来る人がいると思う。しかし、書かれていることは客観的に考えれば相当に的を得ており、一度、冷静に読んでみることをおすすめしたい本である。

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