戦略実行マネジャーの必読書
ラリー・ボシディ、ラム・チャラン(高遠 裕子訳)「経営は「実行」―明日から結果を出す鉄則」、日本経済新聞社(2003)
お奨め度:★★★★★
2002年に原書が出版され、大変なベストセラーになった本。邦訳は、2003年に出版された。最近、経営リーダー向けの本がいろいろと出版されるようになってきた。手当たり次第読んでいるが、精神論とオペレーショナルな話だけに終始している本ばかりなので、古い本だが、経営の永遠を論じた本でもあるので、ぜひ、読んでほしいなと思って、紹介することにした。
この本のテーマはシンプルである。戦略の実行こそがリーダーの仕事であるにも関わらず、その方法を知らず、成果を上げることができないでいるリーダーは多い。そのようなリーダーのために、戦略実行には、体系があり、その体系をきちんと理解し、実践していくことで「実行」ができることを示すのがこの本のテーマである。
リーマンショックで世界中の企業の業績が落ち込んだ。その中で、米国の企業や欧州の企業に比べると、日本の企業の回復は残念ながら遅い。マスコミでは、政策の問題だとされているが、もっと根本的な原因として、「実行力」の差ではないかと思う。
中堅・中小企業の経営トップ、経営幹部と話をすると、大企業のようにあまり真剣に戦略を考えている企業は多くない。外部環境に依存的であり、それを前提にして戦略を描く。きつい言い方をすれば戦略とは言えないものが多い。大企業の管理者と話をすると、今度は経営と現場が離れていて、戦略はよく考えられているが現場からいえば理想論であるというギャップをよく見かける。
いずれにしても、「戦略を描き、実行していく」という文化に乏しい。変革が必要ない状況ではそれでも問題になりにくい。ところが、不況になると、戦略が重要であるのと当時に、戦略の実行がより重要になる。戦略プロセスはトップダウンのプロセスではない。トップから現場まで一体化して実現するプロセスである。一体化を実現することこそが、実行の本質である。従って、リーダーが戦略実行の能力を持たない、あるいは、組織としてケイパビリティ(組織能力)を持たないと、厳しい経営環境を乗り越えることができる戦略を策定することもできないし、不十分ながらもできた戦略を実行することもできない。つまりは、止まったままになる。つまり、不況を乗り越える戦略というカンフル剤を打つことすらできないのだ。
さて、具体的な戦略実行の体系の最初の構成要素は、リーダーがとるべき行動である。この本では、7つの行動を上げている。
・自社の人材や事業を知る
・つねに現実を直視するように求める
・明確な目標を設定し、優先順位をはっきりさせる
・最後までフォローする
・成果を上げたものに報いる
・社員の能力を伸ばす
・己を知る
の7つである。
第二の構成要素は、文化の変革に必要な枠組みを作ることである。業績が悪いときに、戦略や組織といったハードを変更しようとする経営者が多いが、ソフトに注目する人は少ない。これは正しい対応ではない。文化というソフトを変えていく必要がある。文化を変えるには、行動を変えなくてはならない。行動が変われば、考え方が変わる。
企業文化は突き詰めると、社員が共有する価値感や考え方、行動規範が集まったものである。従って、多くの人は価値感を変えようとするが、それではうまく行かない。本当に変えなくてはならないのは、具体的な行動に影響を与える考え方である。そのためには、行動に影響を与える考え方を分析し、変えていく。これは、アクションラーニング、トレーニングなどで実行すればよい。たとえば、過去5年に自社についての見方を変えたもっとも重要な考えと今後の考えを上げ、後者をリーダーの行動の指針にすればよい。
二番目は報酬の問題である。行動を変える基本は、報酬を業績と連動させ、その関連に透明性を持たせることである。企業文化は、社内で何が評価され、尊敬され、最終的に報酬を与えられるかを決めるものに他ならない。
ソフトの柱になる部分(社会的仕組み)は、会議、プレゼン、電子メールなど、あらゆる対話であるが、それが仕組みになるには2つの条件が必要だ。一つは統合性があり、全社的に広がり、部門や機能、専門部署、業務プロセス、階層の壁を打ち破り、企業と外部環境の境界を打ち破るものであること。もう一つは文化を形作る考え方や行動が絶えず実践される場所であることだ。社会的仕組み、評価・報酬制度が結びついたものを社会的OSと呼ぶが、これが文化を左右することになる。
第三の構成要素は、適材適所に人材を配置することであり、人を動かしてやりきることだ。その中でも重要なことは、目標達成の方法である。機械的な評価をすることなく、どのようにして、目標達成をしたかに目配りをするかをきちんと評価しなくてはならない。これを欠かすと、極端な状況をもたらすことがあるので要注意である。
実行力を高めるためには、以上の3つの構成要素を、プロセスとして実現していくことが必要である。
(1)事業・業務プロセスと連動させた人材プロセス
(2)人材・業務プロセスと連動させた戦略プロセス
人材プロセスでは、
・各人を正確に深く評価する
・幹部となる人材を見極め、育成する枠組みを作る
・リーダーシップパイプラインを確保する
の3つを実践することが重要である。
戦略プロセスでは、各事業部門の幹部が責任を持って戦略計画を作るのがよい。事業環境や組織能力を熟知しているからだ。そしてしっかりとした戦略計画を策定するには
・外部環境をどう評価するか
・既存の顧客や市場をどの程度、理解しているか
・利益を上げながら事業を成功させる最善の方法は何か、成長を妨げているものは何か
・競争相手は誰か
・自社に戦略を実行できる能力があるか
・短期と長期の整合性がとれているか
・戦略計画を実行するうえで、何が重要な中間目標になるか
・事業が直面している重要な問題は何か
・どうすれば持続的に利益を上げられるか
といった質問に答える必要がある。また、戦略プロセスの中で戦略レビューが重要である。レビューで取り上げる質問は以下のようなものである。
・各事業部は、競争相手についてどの程度詳しく知っているか
・組織の戦略実行力はどの程度強いか
・戦略計画の焦点がぼやけていないか、焦点が絞られているか
・適切な戦略計画を選んでいるか
・人材と業務の関係は明確になっているか
三番目は業務プロセスである。戦略プロセスは事業が目標とする行き先を決め、人材プロセスはそこに持っていく人間を決める。そうした人たちに道筋を示すのが業務計画である。したがって、業務計画は、将来の目標を見て、如何に達成するかを検討しなくてはならない。このためには、人材、戦略、業務を結びつけて、一年間の目標を明確にし、課題に落とし込み、その課題の遂行に全面的に責任を持つのが業務計画に他ならない。
目標設定においては、想定が鍵になる。少なくとも最初の段階で想定すべきは
・顧客は誰か
・なぜ、どのように自社製品を買っているか
・ニーズは何か
・そのニーズはどの程度、長続きするか
・競争相手はどのような手を打っているか
・自社の価値提案は優れているか
といったことである。
以上のように、実行の体系が明確にされている本書は、時代を超えて、戦略実行マネジャーの必読書であるといえよう。
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