「よくできた人間観察の記録だね」by 神戸大学加護野忠男教授
フレデリック・テイラー(有賀 裕子訳)「新訳 科学的管理法」、ダイヤモンド社(2009)
お奨め度:★★★★★
先日、テイラーの「科学的管理法」が有賀裕子さんの訳で出版されているのを見つけ、購入して読んだ。現代的な訳で、すんなりと読め、すばらしい。
テイラーの科学的管理法は100年以上前に発案され、多くのフィールドでの実験をもとにまとめられたものだが、現代ではあまり、評判のよいものではなく、古いとか、人間的でないとかいった批判がある。これは大いなる誤解である。このような誤解をしている人は、ぜひ、この本を読んでみてほしい。今、あなたが直面している状況でも大いに学ぶものがあるだろう。
テイラーの科学的管理法は動作・時間分析を行い、その結果から科学的に正しい作業方法を発見し、その実施を義務付けることによって、生産性を挙げることを目指したものだ。科学的管理法を最初に学んだ大学の学部の授業ではそのように教わった。
大学院に進学し、産業能率大学の創始者である上野陽一氏の翻訳された「科学的管理法」の輪講をする機会があった。びっくりしたのは、そこに描かれていたのはマネジメントで、インセンティブ、チーム、キャリアなどの人間的問題がきちんと押さえられており、単に科学的な手法の発見だけではなく、総合的な実験が行われていることだった。
テイラー以前の職場は、現場(の作業者の一人ひとり)がやり方を決め、出来高に応じて報酬を受け取るもの。マネジャーは出来高の管理をし、インセンティブの配給をすることが仕事だった。
これをテイラーは「自主性とインセンティブを柱としたマネジメント」と呼んでいるが、このやり方だと労働者の自主性を如何に引き出すかが問題になる。そのために、ノルマ以上の働きをした労働者にはインセンティブを与えるわけだが、自分の仕事を長く続けたいと考えると、自主性を発揮して、ノルマ以上の成果をあげることは得策ではない。ノルマそのものが引き上げられるからです。これは100年前に解決された問題ではなく、現在でも出来高制の仕事では問題になっていることだ。
テイラーの科学的管理法の最大の貢献は、「自主性の引き出し」を、マネジャーの役割を変えることによって打ち破ったことだ。新しいマネジャーの役割は
(1)一人ひとり、一つひとつの作業について、従来の経験則に代わる科学的方法を設ける
(2)働き手が自ら作業を選んでその手法を身につけるのではなく、マネジャーが科学的な観点から人材の採用、訓練、指導などのを行う
(3)部下たちと力を合わせて、新たに開発した科学的手法の原則を、現場の作業に確実に反映させる
(4)マネジャーと最前線の働き手が、仕事を責任をほぼ均等に分け合う。かつては実務のほとんどと責任の多くを最前線の働き手に委ねていたが、こからはマネジャーに適した仕事はすべてマネジャーが引き受ける
の4つだ。
テイラーの影響を受けていない組織はないといわれるが、大枠でみれば、今の経営組織の運用そのものである。当時と比べると業務そのものが複雑化しており、マネジャーだけでは科学的方法を設けることが難しくなっているため、生産管理や品質管理といったマネジャーの活動をサポートする部門を設けている組織が増えているが、本質的にはマネジャーの役割は代わっていないと考えてよい。
科学的管理法の本質は(1)~(3)であるが、注目したいのは(4)である。テイラー以前の方法では、最前線の働き手が自分の経験をよりどろこにプラニングしていたものを、科学的管理法ではすべてマネジャーが科学的な法則に則り、プラニングするという役割分担をしている。
プラニングにおいてもっと重要なのは、「課題を軸とした発想」が働き手の効率に及ぼす影響である。テイラーは「「一定の課題」を決まった時間内にこなすように指示しない限り、平凡な働き手が会社に最大限の満足をもたらし、自身もこれ以上ないような満足に浸ることは無理だ」と指摘している。
また、テイラーは科学的管理法の適用において、以下のような警告をしている。
管理のメカニズムを、本質や哲学と混同してはいけないのである。同じメカニズムを用いても、悲惨な結果に終わる場合もあれば、非常に成果につながる場合もある。
つまり、哲学無視が冒頭に述べたような誤解の元であるともいえるし、科学的管理法の成功のポイントであるともいえよう。
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