コンテキスト思考のススメ
杉野 幹人、内藤 純「コンテキスト思考 論理を超える問題解決の技術」、東洋経済新報社(2009)
お奨め度”:★★★★★
モノゴトの裏にある物理的に認識できない「コンテキスト」を能動的に洞察する「コンテキスト思考法」を提唱し、独自の思考モデルによる具体的な思考プロセスを例示を使いながら解説した一冊。コンテキスト思考法により、「おもしろい成果」が期待できるというのが著者の主張である。
まず、コンテクストを理解するために3つの質問が準備されている。一つ目は、「細かいお金持ってる?」というのはどういう意味か。二つ目、「大関が名古屋で優勝」というニュースをどう解釈するか。三つ目、携帯電話でおなじみの「この電話は電波の届かない・・・」というのはどういう意味か?
いずれも、多様な解釈が考えられる言葉である。最初の例だと、飲み屋で割り勘を清算
しているときに発せされたのと、自動販売機の前で発せられたのでは意味が違う。二番目は相撲の話なのか、ピアノコンクールの話なのかによって意味が違う。三番目は、電話をかけた相手の状況によって意味が違ってくる。
このように、背景、前後関係、文脈によって同じフレーズの意味(解釈)が変わってくるが、この場合の、背景、前後関係、文脈をコンテキストという。
コンテンツはロジカルシンキングで扱うことができるが、コンテクストを含む情報はロジカルシンキングで扱うことは難しい。そこで、「コンテクスト思考」が必要になる。
コンテキスト思考は「3S」と呼ぶフレームワークで扱うとよい。3Sとは
(1)環境(Surroundings):私たちの周りにある「関係性」
(2)土壌(Soik):私たちの中にある「価値観」
(3)太陽(Sun):私たちの前にある「目的」
環境のコンテキスト思考とは、「物理的に認識できない、「関係性」というコンテキストを洞察する」ことである。例えば、ブルーレイとHD-DVDの規格競走が行われているときに、ブルーレイ搭載のハードウエアの開発・販売を巡ってソニーとパナソニックが熾烈な競争を繰り広げた。一見、このような動きは双方にとってメリットのないゼロサム競走のように見えるが、競走が激しくなればなるほど、ブルーレイという規格への信頼性の向上に繋がり、結果として、HD-DVDとの競走に勝つというベネフィットを生んだ。これは、両者の間に存在する、単なる競走を超えた関係性をうまく利用した戦略であり、環境のコンテキスト思考のたまものである。
環境のコンテキスト思考の実践のコツには、
・相関・対立関係を目印にする
・観察する
・トレードオフを考える
といったものがある。
土壌のコンテキスト思考とは、「物理的に認識できない「価値観」というコンテキストを能動的に洞察する」ことである。土壌のコンテキスト思考のキーワードは「ぶれない自分」。例えば、本田宗一郎は、技術者でありながら、デザインなど未知の領域で新規性を求められたときに、「自分の納得できる造形」を考えた。この価値観は現在まで引き継がれ、ホンダは周囲からなんと言われようと自分の納得できる車を供給することに徹して現在のようなグローバルな企業としてのポジションを作り上げることに成功した。これは、土壌のコンテキスト思考の典型である。
土壌のコンテキスト思考の実践のコツには
・デカルトの二元論的に考える
・極論で考える
・価値観ポートフォリオに当てはめて考える
といったことがある。
太陽のコンテキスト思考は、「物理的に認識できない「目的」というコンテキストを能動的に洞察する」ことである。太陽のコンテキスト思考のポイントは、目的というコンテキストの能動的理解の「共感」にある。例えば、星野リゾートという会社がある。星野リゾートは、負債を抱えるリゾート施設を傘下に収めては再生することで有名である。ここには、社長の星野佳路氏の正しいことよりも、共感してもらえることが大切というモットーがあった。つまり、傘下に収めた施設にコンテンツを注入するのではなく、その施設の従業員が共感できる目的を対話を通じて作り上げている。
太陽のコンテキスト思考の実践のコツには
・物語を考える
・論理は尊重する
・朝令暮改の勇気を持つ
といったことがある。
これからのマネジメントやオペレーションはロジカルシンキングだけでは不十分だという主張をする本がたくさん出てきた。極めつけは、最近、出版された
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー別冊 「超」MBAの思考法」、ダイヤモンド社(2009)
である。論理というのは、明確な体系があるが、超論理となると、世界観の問題である。つまり、自分は世界をこう見るのだという「主観」があり、その視座からの思考をするということになる。
その世界観として、もっとも客観性があるのは、「「超」MBAの思考法」でも取り上げられている「システム思考」だと思うが、コンテキスト思考というのも、世界観を作りやすくてよいのではないかと思う。
この本はマーケティングを中心に書かれているが、他にもコンテキストが重要な分野は多い。例えば、外人から
「東京大学に行くにはどうすればよいでしょうか」と聞かれたらどう答えますか?
という問いかけがある。お茶の水の駅で聞かれるのと、成田空港で聞かれるのでは当然、求めていることも、答えるべきコトも違う。
このようにコミュニケーションやヒューマンスキルの中にコンテキスト思考が要求される部分が非常に多い。例えば、この本の中にあった、「この電話は電波の届かない・・・」というときに、どういう対処をするかというのは、コンテキスト思考が重要な局面である。
コンテキストそのものは、コミュニケーション論の概念であるので、当たり前の話なのだが、コミュニケーションをスムーズにしたいと考えている人にも有益な一冊だと思う。
その中でも特に、「支援」をいうことに興味を持っている人には、この本と一緒に読んでみることをお奨めしたい。
エドガー・H・シャイン(金井壽宏監修、金井真弓訳)「人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則」、英治出版(2009)
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