バケツに水を注ぐ
ドナルド・クリフトン、トム・ラス(高遠 裕子訳)「心のなかの幸福のバケツ」、日本経済新聞社(2005)
お奨め度:★★★★★
「ポジティブ心理学の祖父」、「強みの心理学の父」と呼ばれるドナルド・クリフトンが自身の40年間に渡る仕事を「ひしゃく」と「バケツ」という単純なメタファで紹介した本。メタファが単純な分、書かれていることには非常に深みがある。
ポジティブであることのすばらしさは、数々のデータが証明している。たとえば、ネガティブな言動1回に対して、ポジティブな言動を5回している夫婦の結婚生活は長続きする(魔法の比率)という仮説を検証したところ、94%の確率で離婚する夫婦を見分けることができた。たとえば、修道女180人を対象に、「幸福」、「愛」、「希望」といったポジティブな感情表現が高い人とそうではない人の平均寿命を調べたところ、喫煙による寿命差7歳を大きく超える10歳の差が見られた。など。
ミシガン大学でぽいティ部心理学の研究を指揮するハーバラ・フレディクソンは、ポジティブな感情には以下のような効用があることを発見している。
・ネガティブな感情から守り、その悪影響を打ち消してくれる
・活力を与え、人を元気にする
・視野を広げ、自分とは違う考え方や行動に気づかせてくれる
・人種の壁を打ち破る
・苦しいときの「たくわえ」となる、丈夫な体や心、頭、人間関係をつくる
・組織や個人がもっている力を引き出す
・(リーダーがポジティブな感情を積極的示したとき)チームの成果を高める
しかし、現実にはポジティブになることは難しく、ついついネガティブになりがちである。ポジティブな意識を高めるには、「認める」や「褒める」ことが欠かせない。世界中で4千万人を対象にした調査で、頻繁に褒められ、認められている人においては、
・生産性が高い
・仲間意識が強い
・会社を辞める比率が低い
・顧客の忠誠心や満足度が高い
・職場での事故が少なく、安全性が高い
という特徴が顕著であった。しかし、闇雲の褒めればよいというものではない。ほめ方、認め方が重要である。
そこで、メンタルモデルとして「バケツに水を注ぐ」ことをイメージしてみてほしい。これが褒める、認めるをポジティブに結びつけていく方法である。
ドナルド・クリフトン博士のいう「バケツに水を注ぐ」とは、日本語でいえば、「こころを満たす」ということだ。ノーベル経済学者ダニエル・カーニマン博士によれば、人間は1日に2万回の「瞬間」を経験している。この2万回に「バケツに水を注ぐ」ことをイメージすればよい。
ドナルド・クリフトン博士はこの本の中で、ポジティブになるための5カ条を示している。
1.バケツの水をくみ出すのをやめる
2.人のよいところに注目する
3.親友をつくる
4.思いがけない贈り物をする
5.相手の身になる
この中で最初にある「バケツの水をくみ出すのをやめる」というのがこの本のメインテーマでもあるのだが、仮に悪意を持って水をくみ出すというのはどういうことか。これには、北朝鮮の捕虜政策が参考になる。北朝鮮は捕虜にネガティブな感情を植え付けることによって、38%の捕虜を死亡させた。その作戦とは
1.密告させる
2.自己批判させる
3.上官や祖国に対する忠誠心を打ち砕く
4.心の支えになるものをことごとく奪う
の4つであった。これは、水をくみ出す合理的な方法であるとドナルド・クリフトン博士は指摘している。
この話は非常に興味深い。我々は、ドナルド・クリフトン博士のいう「バケツの水をくみ出す」ということを平気でやっているのではないか?
1.本人のいないところで、いろいろと問題点を話す
2.失敗したら原因を究明せよ、自責はなんだという
3.会社が悪い、上司が悪いと吹きまくる
4.プロジェクトの順調なことは知らせないが、状況が悪いことは予兆でも知らせる
大いに考えさせられる。
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