プロジェティスタのバイブル!
エンツォ・マーリ(田代 かおる訳)「プロジェクトとパッション」、みすず書房(2009)
お奨め度:★★★★★
イタリアの巨匠エンツォ・マーリのプロジェクトデザイン論。
エンツォ・マーリは伝説的なモダンデザインの工房「ダネーゼ」とのコラボレーションを開始して、世界中に名を覇せた工業デザイナーである。日本では無印良品のデザイナーとして有名である。この本は自身のプロジェッティスタとしての考えをまとめ、後輩に伝えることを目的として書かれたプロジェクト哲学の書である。こういう本を書いてくれる人がいるというのがイタリアだと思わせる一冊。
■■■■■■【目次】■■■■■■
第1章 斧の一撃のものがたり
第2章 三つの地平線
第3章 必要、そしてまた必要
第4章 自然の方法論
第5章 学生へのいくつかの助言
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まずこの本で対象とされているデザインとプロジェクトの関係について説明をしておこう。
本書によると、イタリアでは、デザインやデザイナーという言葉が一般的に使われるようになったのは80年代だそうだ。それまでは、「プロジェット」、「プロジェッティスタ」と呼ばれていた。この本では「デザイン」という言葉と、「プロジェット」という言葉を明示的に区別している。それは、彼らはデザインという言葉の持つ「形を与える」ことだけを仕事だとは考えておらず、彼らの仕事には包括的な知と、異なる分野で働く人々が多様な形で巻き込まれ、その関係性とプロセスすべてを「プロジェット」だと考えてきたからだ。したがって、プロジェットの実行者たるプロジェッティスタも単なるデザイナーではない。
このこだわりには重要な意味がある。この本は一言でいえばそのこだわりについて書かれた本である。
エンツォ・マーリの問題意識は、工業を中心とした産業化が、商品による世界の支配を目的に行われ、それが人類の資産や地球の資源を破壊するだけではなく、その成果が誰に帰着すべきかに対して、思考停止に陥れることに対することである。そして、その思考停止にあらがうプロジェット、あるいは、デザイン、あるいは「優れたプロジェクト」が重要だと考えている。ただし、あくまでも問題なのは思考停止であって、産業化自体が否定される必要はないとも考えている。ここが重要である。
このことを説明するために、まず、この本で述べられているエンツォ・マーリのプロジェクト定義を紹介しておく。抽象的であるが、原文のままで紹介する。
プロジェクトとは、ひとつのプランの可能性を予見しそれを実現するための準備であり、さらに実践的に言えば、これらの予測とともに、一つの構造を実現する基本を貫く思考を、明確に定義していくための作業である(97ページ)
と述べている。このような定義の中で、エンツォ・マーリはプロジェクトを厳密に二つに分ける必要があると述べている。それは、「一般的に、ほかと似たり寄ったりのもの」である応用プロジェクト、そして、「クオリティの違いが歴然と感じられる」固有プロジェクトである。応用プロジェクトは解決策が以前から知られているもの、繰り返されているものである。固有プロジェクトは解説策に前提がなく、技術的または言語的な一つの発明であるものである。そして、固有プロジェクトこそが、プロジェッティスタを必要とするプロジェクトであると指摘している。
ただし、エンツォ・マーリの指摘は、応用プロジェクトに意味がないというものではない。固有プロジェクトと応用プロジェクトは実践と理論の関係にあり、知(理論)の獲得として応用プロジェクトの存在は意味があると述べている。
いずれにのプロジェクトもそれは
必要性(生産関係)
技術・科学(自然科学)
かたち(表現)
の3つに立脚するものだという。
まず、必要性に関しては、
・特定の社会層の必要
・売り手の必要
・企業家の必要
・技術者または労働者の必要
・コミュニケートする者の必要
・プロジェッティスタの必要
があると指摘し、それぞれに対してどのようなものがあり、プロジェッティスタはそれぞれに対してどのように答えていくべきかを述べている。特に、重要な指摘は、プロジェッティスタと労働者の役割を重ね合わせたところに、相対的な変化がもたらされるという指摘である。この点は、米国流のプロジェクトマネジメントの中では忘れ去れていることであり、今一度考えてみる必要がある。
次に、固有プロジェクトの場合には、プロジェクトは他者や自分が投げかけた欲求から生まれる要求に対する「自然な成長プロセス」であるしと、プロジェクトにおける段階的詳細化のプロセスを説明している。このプロセスで重要なことは、表現と自然科学、そして生産関係の3つが交わる領域を探すことである。それは、
一つのプロセスの限定の中に巻き込まれ(う)るすべてのものから、何を最優先すべきか、段階を追って突き止めることによって実現するものである(134ページ)
と指摘している。
述べられていることは、極めて本質的な議論であり、われわれはなぜ、プロジェクトをやるのか、そして、
最後にこの本の三分の一のスペースを割いて、学生へのメッセージを贈っている章がもうけられている。この章は、プロジェッティスタというより、デザイナーとしてどのようにキャリアを歩んでいくかを、ものの考え方を中心に語られている。なるほど、と思うメッセージである。
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