価値観の共有を前提にしないコミュニケーション
北川達夫、平田オリザ「ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生」、三省堂(2008)
お薦め度:★★★★★
今、世界でもっとも注目を浴びているフィンランド教育を日本に紹介したことで有名な北川達夫氏と、演出家であり、演劇での経験をベースにしたコミュニケーションの教育・研究に携わっている平田オリザ氏のコラボレーション本。
教育、コミュニティ、対話などの視点から、コミュニケーションについての「対話」により、極めて深い洞察をしている。200ページほどの中に、今、日本に必要なものが凝縮されてぎっしり詰まっている。
特に、グローバルな社会では「対話力は生きる力」だといい、欧米においては、これがないと生きていけない「キーコンピテンシー」であるという。そして、「子供たちや若い世代の人たちに必要なコミュニケーション力」とは、「論理的に考えて、論理的に相手に伝える力」だとあまり前のように考えらているがそうではなく、「もっと日常的で、お互いの価値観をすり合わせていくようなコミュニケーション能力」だという。
本の作り方もたいへん、うまく、はっとさせられるようなメッセージがどんどん出てくる。2人の対話を読んでいくと同時に、このひとつひとつのメッセージを熟考しながら読んでほしい本だ。
あとがきに、北川氏がこんなことを書いている。
「もっとよく考えろ」というのは、「自分の頭で考えろ」という場合よりも、むしろ、「まわりの考えに合わせろ」という場合の方が多いのではないか
この指摘がこの本のエッセンスだといえる。「考える力」の重要性を説く人は多い。しかし、そこに託されている思いが北川氏の指摘のようになっていることは明らかである。本書でもさんざん繰り返されているように、今の社会では価値観の共有を前提とすることはナンセンスである。だとすると、いくら考えてみたところで「まわりの考えに合わせる」ことなどできないのだ。
この本は僕にとって一言一句まで舐めるように読みたい本だが、その中でもビジネスで特に重要だと思った話が2つあるので、紹介しておく。
ひとつは、重層性の話である。かつての地域社会には重層性があったという。学校では教師と保護者の関係があっても、家に帰れば保護者が自治会長である。これが重層性だ。このような重層性があると発言にはリスクが伴う。保護者がモンスターピアレントをやると、自治会のマネジメントで苦労する。こんな関係があったのだが、重層性がなくなってきている。これは、コミュニティだけではなく、会社の中でもそうだ。たとえば、組合活動が盛んだったころは重層性を実現していたが、だんだん、なくなってきた。ビジネスマンは仕事における重層性を持たなくてはならない。
もう一つは、シンパシーではだめで、エンパシーが必要だという話。
シンパシーはその人の気持ちになって考えることであり、エンパシーは「その人だったらどう感じるか」と考えること。ビジネスに情は必要だが、シンパシーでなんとかなっていた時代は終わった。企業の中にさまざまな価値観が渦巻いているからだ。こうなるとエンパシーを持てないと乗り越えていけない。
この2点を含めて、本当によい本だ。ぜひ、読んでみてほしい!
【目次】
対談者プロフィール
序章 教え込むことの誘惑
■コラム 謝ることは義務ではなく、チャンスである 北川達夫
■コラム 「ほんとうの自分」なんてどこにもない 平田オリザ
第1章 対話空間のデザイン
■コラム 目に見える変化のみを期待しないー対話劇の授業 平田オリザ
第2章 表現の型、個性、教育
■コラム 発想の転換ができるかー「考える力」と基礎・基本 北川達夫
第3章 ともに生きる力
終章 移民社会への秒読み
あとがき
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