抜く
上原春男「「抜く」技術」、サンマーク出版(2006)
お奨め度:★★★★
著者の上原春男先生は佐賀大学で「海洋温度差発電」という資源を必要としない発電方法の研究に一生をささげている方だ。業界では著名な方だが、その活動は、大学の研究者の域を超えており、産官学を巻き込んだ活動をアクティブに展開されている。大学のキャリアの最後は佐賀大学の学長を勤められ、退官後、「海洋温度差発電推進機構」というNPOの理事長を勤められている。
そのようなキャリアの上原先生が「海洋温度差発電」というライフワークを通じで、「抜く」技術を習得され、製品開発や企業経営の中に活用され、多くの企業やプロジェクトを指導されている。そのエッセンスをまとめた一冊である。
この本は「車のハンドルのあそび」から話が始まる。
ハンドルにあそびがないと、車は怖くて運転できない。あそびにより、人間の無理な操作を抜き、急速な動作を緩める。ここに抜きの技術がある。
その次に出てくるのが、建物の強度。マンション強度偽装が行われたのは、記憶に新しいが、このときに話が分かりにくいと思った人は少なくないだろう。構造物の安全性は、素材の硬度や強度だけでは決まらない。構造が問題になるので、分かりにくかったのだが、そこにもはやり、無理な力がかかったときに抜く技術がある。
ダンパーなどもそうだが、エンジニアリング技術にはこの抜くという技術がたくさん使われている。上原先生のいわれる抜く技術のポイントは「抜いたものを如何に有効に使えるか」だという。海洋温度差発電もまさにこの技術である。
これはビジネス全般にいえることだというのが上原先生の主張だ。最近は押し一辺倒になっており、うまく行かなくなっている。もっと抜きとしての「引く」ことをビジネスに取り入れるべきだと主張されている。
ビジネスの駆け引きを想像してみればこれはよく分かるだろう。サッカーとか、アイスホッケーでパワープレイというプレイスタイルがある。終盤でどうしても点がほしいときに、攻撃陣を厚くして、押しまくるプレイだ。最近のビジネスを見ていると、パワープレイだけでものごとを済まそうとしている。勝ち負けだけを考える。これが、日本型経営の崩壊になっているという指摘はまさにそのとおりだ。
抜く技術の一つが捨てることを考える技術だ。上原先生は、これを現場指向と結び付けている。目からウロコ。一昨年辺りから現場主義の重要性が盛んに言われだした。戦略経営に振りすぎた振り子のゆり戻しだと思うが、現場主義の本質は、確かに、無駄をしないことにある。
さらに人間関係でもこの「抜く」技術は重要であると説かれている。人間関係をフレックスにする例をいくつか上げている。
そろそろ、こういうことを考えてもいいのではないかと思う。今の米国中のパワープレイにうんざりとしている人にお奨めの一冊だ。
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