━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ネガティヴ・ケイパビリティとは
最近、注目され始めている概念に、「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念があります。例えば、この記事の参考資料に上げている帚木蓬生さんの書籍はアマゾンの売れ筋でずっと3桁に入っています。
この概念はもともと、19世紀に詩人であるジョン・キーツが発見したものです。キーツがこの概念を生み出した背景には、以下のような詩人観があったとされます。
「詩人はアイデンティティをもたない。詩人は常にアイデンティティを求めながらも至らず、代わりに何かほかの物体を満たす」
つまり、詩人にはアイデンシティがなく、それを必死に模索するなかで物事の本質に到達する。その宙吊り状態を支える力こそがネガティヴ・ケイパビリティである、すなわち
「事実や理由を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力がネガティヴ・ケイパビリティである」
と指摘しました。
そして、この概念を第二次世界大戦に従事した精神科医ウィルフレッド・ビオンが精神医学の世界に持ち込みます。ビオンは
「精神医療においては精神以外では先の見えない患者に寄り添い続け、「いつか治るだろう」と耐え続ける必要がある。このため、生身の人と人が接する精神療法の場において、治療者が保持し続けなければならないのがネガティヴ・ケイパビリティである」
と説きました。
さらに、
「精神療法は「記憶」「欲望」「理解」のないところでこそ最も効果を発揮する。従って、自分の知識を頭のなかから消し去り、「患者をこうしたい」という欲望にとらわれず、我田引水のように患者を理解しようとしない。生まれたての赤子のように新鮮な心で、目の前の患者に接し、謙虚に耳を澄ますところから始めよ」
と述べています。
すなわち、ネガティブ・ケイパビリティゆえに、治療者は自分の特定の視点を離れて患者の心のひだに深く立ち入り、より高い次元で患者を理解し、精神療法の効果を最大限に発揮できると認識されるに至っています。
このような概念に対して、帚木さんはネガティブ・ケイパビリティは人間の本能に反する行為であると考えました。すなわち、人間は複雑なものをそのまま受け入れられずに、単純化やマニュアル化をしてしまう。答えがないものや、マニュアル化できないものは最初から排除しようとするという考えです。
一方で、このようにすると、理解がごく小さな次元にとどまり、より高い次元まで発展しません。その「理解」が仮のものであった場合、悲劇はさらに深刻になると考えます。だからこそ、宙ぶらりんな状態に耐えた先に、必ず深い発展的な理解が待ち受けていると確信し、耐えていく持続力を生み出すネガティブ・ケーパビリティが重要だと説いています。
これこそ、ネガティブ・ケイパビリティの本質だと考えられます。