「センスのよい」ビジネスパースンになる
松浦 弥太郎「センス入門」、筑摩書房(2013)
お奨め度:★★★★★
暮らしの手帳の編集長の松浦弥太郎さんの書かれたセンス論。センスという言葉は多くの人がファッションセンスを思い浮かべるのであまりビジネスの中では意識しないが、実はビジネスの中でもよく使っている言葉の一つだ。「あの人の設計はセンスがよい」、「あの人はセンスのいいマネジャーだ」など。センスとは何か、センスはどのように磨くことができるのかを教えてくれる一冊。
いきなり脱線するが、「アナロジー」という考え方がある。センスというのはアナロジーがある。ファッションの世界で何がセンスよいか、どうすればセンスが よくなれるかというのは、たくさんの情報があり、おそらく、定番的な議論としては答えもある問題である。あるいは、インテリアでもファッションほどではな いにしろ、ある程度センスの議論は進んでいる。この本はビジネスのセンスについて明確に書いているわけではない。この本が示しているのは、おそらく、暮ら しの手帳の守備範囲でセンスがよいとはどういうことかを抽象的なレベルで示しており、それを自分がセンスがよくなりたいと思う分野に応用してくださいとい うことだと思う。
実際に、そういうマッピングをしてみたが、ほぼ、僕が考えるビジネスやマネジメントのセンスとほぼ一致している。その意味でお奨めしたい本なのだ。
さて、まず、センスとは何かだが、松浦さんは
センスとはつまるところ、選択するちからだと思います。でも、自分のためだけに選択するのではセンスがいいとは言いがたいのです。たくさんある選択肢からどれを選ぶかは自分の判断ですが、それによって自分ひとりが満足するのではなくて、たくさんの人に幸せを与えられるかどうかと言うところがセンスのよい選択のいちばんむずかしい点です。
と 述べている。たとえば、センスの悪い設計の典型はガラパゴスだと思うが、ガラパゴスのセンスが悪いことはこの定義で説明できる。ガラパゴスは多くの人に幸 せを与えようとする意図は持つが、結果として誰にとっても余計な機能がついているという不幸をもたらしている。アナロジーで考えると、問題が出てくれば問 題解決のために制約を増やしていくルールやプロセスなど、センスのよい選択に失敗した例はいくらでも上げることができる。
では、センスにこだわる理由はどこにあるのか。特にビジネスでは、汗をかくこと、ベタにやることに価値感を置く人が多い。僕の持論はセンスがいいというのは、余計なことをせずに目的を実現できることなのだが、このような価値観ははっきり言って嫌われる。
松浦さんは
ある程度のレベルまではどんな人でも到達できるが、そこから先のもっと高いレベルに行くには、その人が身につけているセンスの良し悪しで左右される
とズバリと言い切っている。こう言われると多くの人がそうだと思ってしまうのではないだろうか?どんな分野でも一流はセンスがいい。目的達成のために余計なことをしていてはセンスのいい仕事はできないし、センスのいい人にはなれない。
ある程度のレベルとはどういうレベルかというと、言われてできるレベルである。ファッションであればコーディネーターのアドバイスを受けてセンスのよい服装や振る舞いをできること。ビジネスであれば、言われてできること。
自分自身が頭で考えてできるようになるには、センスが必要だ。
ではセンスを磨くにはどうするか。松浦さんの提案は非常に面白い。まず、センスを日本語で言ってみなさいとアドバイスしている。松浦さんは、センスとは「美徳」であり、
・武士道
・徳を積む
・わび さび
・義理人情
・粋
・知足
・謙遜
・無常感
・改善
・志
などから構成されていると考えているそうだ。これが松浦さんにとってのセンスだ。そして、これを前提にしてセンスを磨く行動習慣を提案している。
・よく考えて、言葉にする
・支点を見つける習慣をつける
・考える動機としての好奇心をもつ
・一事が万事の一事をしっかりと持つ
・魅力は何かと考える習慣を持つ
・ないものは自分で作る
といったことだ。また、センスを磨くには、お手本を求めることが大切だ。そのときの心得として、
・重要文化財を訪ねる
・自分は何も知らないということを知る
・分からなくてもあきらめない。マネをする。
・ときには自分をなくす
・勇気をもち、孤独を受け入れる
・日々の変化を受け入れ、ゆっくりと変わる
・バランスをとるために負ける
・独り占めしない
といったことを挙げている。
最 近、一橋大学の楠木建先生が「経営センスの論理」という本を出版され、話題になっている。この中でも同じような指摘があるが、結局、どのよう な分野でのセンスにしろ、その分野だけで身につくものではない。センスとはその人のキャリア(仕事や生活、人生すべて)が凝縮されているものだ。だからそ の人が歩んできたキャリアを超えるセンスというのはありえないように思う。
つまり、センスを良くするには、しっかりと生きることだ。これ以外にはないと言ってもよいだろう。松浦さんのこの本も突き詰めればそう言っているだけのように思える。
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