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2012年1月 4日 (水)

勝ちたければスピードを落とせ(ファンが選ぶビジネス書2012-1)

4198632510リチャード・ワトソン(北川知子訳)「減速思考 デジタル時代を賢く生き抜く知恵」、徳間書店(2011)

お奨め度:★★★★1/2

facebook記事:「思考の質を高める方法

世界の動向を論じるウェブサイト「What's Next」の運営者リチャード・ワトソンの論説。情報洪水ともいえる社会の中で、どのように革新的な思考をし、イノベーションを生み出すかについて論じた本。伝説のレーサー、ジャッキー・スチュワートの言葉を借り、「勝ちたければスピードを落とせ」を主張し、その根拠、スピードを落とす方法について述べている。




◆スクリーンエイジャー

この本の基本的な前提は、人を人たらしめるのは、正しい意味での思考、つまり、深い思考を行い、世界の進歩に役立つ新しいアイデアを生み出し、戦略的な計画や科学的な発見、芸術的な創造を行うことである。

ところが現実的には、ひっきりなしに邪魔が入り、ハイパーリンクを飛び回るような環境で、深い思考はできないままでいる。デジタル情報を見ることと、紙の上の情報を見ることの本質的な違いは、後者が考えるという行為の一部になっていることだと指摘する。そのため、デジタル情報は事実を漁るにはふさわしく、紙の上の議論や概念の全体像を理解するには適しており、内省的である。

そして、両者のバランスをとることが重要であるが、現実にはなかなかバランスが取れていない。その代表が、のべつスクリーンに向かい、キーボートをたたいている若者(スクリーンエイジャー)である。彼らは共通して

・マルチタスクや並行処理、個別化された体験を好み、テクストを縦横に読む。言葉よりもイメージを重視する。
・記憶はハードドライブ任せで、情報が必要ならグーグルを検索する
・情報を手軽に作り出し、カスタマイズし、発信する能力を持っているため、自己中心的である

などの特徴を持っている。スクリーンエイジャーの特性を分析し、それが如何に深い思考を阻害しているかを述べている。


◆子供の脳を刺激する

さらに、この問題に対して、教育的な観点から、目の前の現実とのかい離を指摘している。つまり、現実は複雑で予測不能なのが今の時代である。このような時代には、変化は常態であり、大胆な再考を促されることが多い。

このような状況に対して、幼児期に好奇心のおもむくまま、自由な遊びや経験をしていれば、対処能力が発達するが、現実は教育にコンピュータがどんどん導入され対処能力が身につかないままで大人になっている。子供に対して、たとえば

・型どおりの遊びよりも、自由遊びを重視する
・限定的な尺度で測られた結果を強調しすぎない
・教師や本を犠牲にしてまで、ITにとらわれすぎない
・忙しい両親がもっと子供と一緒に過ごせるように手助けする

といったことを実現し、子供の脳を刺激すべきだと提唱している。それによって、考える人になる。


◆アイデアの育み方

では、一般的に考えるというのはどういうことだろうか?この問題を、ワトソンはロボットが情報処理をすることと人間がものを考えることを比較して、明確にしている。人間がものを考えるということは、人やモノ、環境との相互作用がある。思考や行動、さらにはどんなアイデアや思いつきも、過去に行ったことや見たもの、経験したことと何らかのかかわりがある。つまり、出発点は無意識の中にある。問題は無意識の扉を如何に開けばいいかだ。

新しいアイデアが生まれるためには、二つ以上の古いアイデアをベットに放り込み、交配させなくてはならない。この交配は意識的に行われることは少ない。アイデアを創造する第一段階は、よく孵化や発酵に例えられる。目の前の問題について考えるのをやめ、全く関係のない活動に没頭していると、あるいは、何もしていないかの状態になると、この第一段階が始まる。この段階は数時間かもしれないし、数年続くときもあるが、あるとき突然、解決策やアイデアがどこからともなく頭に浮かびあがる。このプロセスは行き当たりばったりなので、忍耐がカギになる。

このほかにアイデアを育むためには、

・思考の行き詰まりを打破するために考えることをやめる
・集中的思考と発散的思考を結びつける
・間違いを犯す
・眠る
・夢想する
・集合知を活用する
・音楽を聴く

といったことをするとよいだろう。


◆勘がる場所と環境

次の問題はどこで考えるべきかという問題である。深く考えるためには、

・精神面でも物質面でも不要なものが取り除かれた環境
・流水の近く
・動いている
・景色や見晴らしのいい部屋
・スクリーンではなく、紙を使う

などの場所がよい。

つぎにモノや環境によって深い思考が促されることもある。このためのヒントとして

・全体像効果を利用する(全体を見渡すことによって深く考えられる)
・スポーツやウォーキング、読書などの外的影響力を有効
・海や庭などの自然環境が深い思考を促してくれる
・オフィスの壁を取り除き、近隣性を作り出す

などを上げることがてきる。


◆デジタル社会における思考方法

最後にデジタル社会において、深い思考を実現するための方法を提案している。以下の10個だ。

(1)時間や空間を作り出す
(2)何でも品よくに吸収する
(3)アイデア日記をつける
(4)先入観にとらわれない
(5)浴室を活用する
(6)辛抱強くなる
(7)抑制しない
(8)失敗を受け入れる
(9)問題を共有する
(10)仕事を休む

それぞれに対する具体的な方法をしりたければ、ぜひ、この本を読んでみてほしい。

デジタルは、もともと、人間の創造性を上げるために存在する。しかし、人間の価値観、つまり、汗をかいて働くことが好ましいことだという考え方が変わらないままに受け入れ、結局、スピードを加速するだけのツールになりつつある。だからといって、いまさら、デジタルを否定することはナンセンスである。デジタル社会で如何にデジタルとうまく折り合いをつけるかが問題になる。

この本が提唱していることは、もう一度、デジタルは人間が創造的な活動をするためにあるという価値観に立ち返り、その上で、デジタルの影響を排除し、よいところだけを使うためのヒントである。

慣性力がある中で、軌道修正するのは容易ではないが、本当に創造的な仕事をしたければ、取り組んでみる価値はある。

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