編集力によるイノベーション(ファンが選ぶビジネス書2012-2)
勝見明「石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力」、潮出版社(2011)
お奨め度:★★★★1/2
facebook記事「21世紀に求められるビジネスの新発想」
今、もっとも注目されている思考方法「キュレーション」について、具体的なプロセスと、そのプロセスにより、iPad、キリンフリー、Wii、セブンイレブンなど、多くの事例の成功要因を分析した一冊。21世紀に求められるキュレーションについて、具体的なイメージを掴むことができる。
この本の作りの興味深いことは、新しい概念を説明するときによくある、「キュレーションとは」という定義がないことだ。この本は、著者のキュレーションを理解したプロセスを書くことによって、キュレーションのイメージを伝えようとしている。この活動自体がキュレーションなのだろう。
その第一歩として、ネットの世界の佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」(ちくま新書)の中の定義
「無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること」
を紹介している。また、大阪で行われたCIY(Curate It Yourseslf)というイベントについて紹介している。このイベントは、自分の今の仕事の分野の専門性を活かしながら、一見関係なさそうな分野で行われているさまざまな試みと結びつけ、互いに交換し、融合させることで、これまでにないクリエイティブな発想を生みだそうという趣旨のイベントだ。
これらの動向から、キュレーションは時代のキーコンセプトになると直感したそうだ。その直感を確信に変えたのが、「キリンフリー」の開発プロセスの取材だったという。この取材を通じて学んだことは、キリンフリーはノンアルコールのビールというだけなく、ユーザが、妊娠中に飲む、休肝日に飲む、平日はビールではなくフリー、など、価値を再編集し、飲んでいたことだ。これが、キュレーションの本質だという。
ちなみに、この取材はこちらの本になっている。
勝見 明「なぜ、20代女子社員は超ヒット商品を生み出せたか ― 「キリンフリー」大成功に学ぶ仕事術」、プレジデント社(2011)
このような状況を引き起こすには、「プラットホーム」が必要である。プラットホームとは、その上で多様な知と知が結びつき、つながることで相互作用により価値が生まれる基盤である。たとえば、キリンフリーだと、ビールという商品カテゴリーにおける商品開発のプラットホームがあり、そこに、アルコール以外のコンテンツや機能をキュレートして生まれた商品とみなすことができる。
さて、では、キュレーションはどのように行われるのか。著者は以下の3つのステップから構成されるとしている。
ステップ1:既存の意味の問い直し
知識創造のベースとなるプラットホームを想定する。そのプラットホームに関して、既存の概念が存在していれば、その意味を問い直し、新しい意味を見出す
ステップ2:要素の選択・絞り込み・結び付け
自分たちを取り巻く環境に埋め込まれたさまざまな知を発見発掘し、選択し、絞り込み、プラット―ホーム上で結び付けていく
ステップ3:新しい意味、文脈、価値の生成
新しい編集をとおして新しい意味、文脈を生み出し、新しい物語を紡ぎ出す中で、結びつけられたものの総和を超える価値を創発する
キュレーションでもっとも重要なのは、ステップ3において、新しい関係性の中でどれだけ新しい意味が編集され、いかに新しい文脈が生まれるかであることに注意をしておいてほしい。
iPadを例にとってキュレーションの具体的なイメージを考えてみよう。iPadでは、まず、ステップ1で、ジョブズは
タブレット・コンピュータはスマートフォンとパソコンの間の第3のカテゴリー
と考えた。それはネットブックとは一線を画するものである。そのために、ステップ2で、
「キーになるいくつかの機能」を「はるかにベター」にする
ことを考えた。ネットブックは安物のパソコンで、パソコンと比べてベターなところはない。これに対して、iPadは
ウェブ閲覧、Eメール、写真、ビデオ、ゲーム、電子書籍
というキーになる機能で、パソコンをはるかにしのぐデバイスとした。そして、それを背景に、ステップ3では、
使いやすさを実現した「魔法のような革新的デバイス」
という新しい意味を生成した。その文脈のなかで新しい価値がユーザによって再定義される。たとえば、話題になった自動車のマニュアルをiPadに入れて渡すという使われ方である。
キュレーションの基本は、結びつけと切り出し、排除である。ヒット商品をみれば、結びつけで成功しているものは枚挙にいとまがない。ラー油と食べるを結びつけた食べるラー油、女子高生とドラッカーを結びつけたもしドラ、弁当箱と炊飯器とおかずケースを結びつけたHOTディシュラン、等々。
また、切り出しとしては、タタ・ナノ、セブン銀行ATMなどがあげられる。さらに、排除としては、ダイソン・エアマルチプライア、コクヨのハリナックスといった事例を上げることができる。
ここで難しいのは、何と何を結びつけるとユーザとの新しい関係が生まれるかという点である。この点において圧倒的にうまいのはアップルである。アップルは既存の概念を捨て、意味を再定義することに長けている。iPadの使いやすさを実現した「魔法のような革新的デバイス」に限らず、iPhoneの電話の再発明、iPodのいつでも好きな時に音楽をダウンロードして楽しめるデバイスなど、見事である。
この際重要なのは、顧客の立場で考えることだ。スティーブ・ジョブズは自分がユーザのためではなく、ユーザの立場で考え、好き勝手な意見をぶつけることで有名だったが、キュレーションをうまく行うには、ここが重要なのだ。
キュレーションをうまく行うには、いくつかのポイントがある。
・改善からプラットホームへ
・モノ的な発想から、コト的な発想へ
・川モデルから井戸モデルへ
・思考のけもの道(結びつかないものを結びつける)
・WhoよりWhyへ目を向ける
などである。これらを意識しながら、キュレーションを行う必要がある。
情報に関するキュレーションについては、佐々木さんの本もそうだし、最近、入門書として定評のあるスティーブン・ローゼンバウムの本の翻訳も出版された。
スティーブン・ローゼンバウム(田中洋監訳、野田牧人訳)「キュレーション 収集し、選別し、編集し、共有する技術」、プレジデント社(2011)
しかし、情報のキュレーションというのは、一面に過ぎず、モノ作りにおけるキュレーションはある意味で、ネットにおけるキュレーション以上にインパクトがある。そのように広い意味でのキュレーションの解説書としては、ぜひ、読んでおきたい一冊。ビジネスやデザインに対するヒントが満載である。
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