これは現代の商品開発プロジェクトマネジメントのバイブルだ!
Peter Merholz、Brandon Schauer、David Verba、Todd Wilkens(高橋 信夫訳)「Subject To Change -予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る」、オライリージャパン(2008)
お奨め度:★★★★★
Adaptive Path社の事例を元に、今、多くの企業が直面する「予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る」という問題を真正面から取り上げている。なぜか150ページ強の本に仕上げているが、紹介記事を書くために読み終えるのに4時間もかかってしまった。しかし、4時間でこれだけの内容を読めるというのは、たいへんなことである。そのくらい、よい本。
実は1ヶ月くらい前にさっと読んだときには、ふんふんという感じだったのだ。それは、一番最初に出てくるイーストマンコダックの事例で、「あなたはボタンを押すだけ、あとはおまかせください」という広告にあるように「体験」に注目したデザインと、マーケティングを行うことがソリューションになるという話のように読めたからだ。
しかし、よく読んでみると、そんな浅い話ではなかった。まず、最初の2章では、そもそも、体験というのは何かという議論をしている。体験は、動機、期待、知覚、能力、流れ、文化の特性から生まれてくるというのが著者の主張。Adaptive Pathでは、「体験戦略」なる言葉がある。技術、機能、インタフェースに影響を与える基準で、これをライフサイクルの中に折り込んで、どのような状況であろうと常に顧客の考えを維持していける。これはたいへん、重要な概念である。
次に顧客を理解するためには、人間を理解することが必要であるということで、どのように人間を理解していくかという議論に移っていく。ここでは、従来の人間理解のモデルとして、市場においては供給側が顧客より強い力を持っているという「ヒツジ」、人間は合理的な行動をとる「ホモエコノミクス」、企業が自社製品の効率と有用性の改善に集中するように仕向ける「課題と目標」という3つのモデルの問題点を挙げ、理解のゴールである「共感」のために何がかけているかを考察している。そこで出てきた答えは、現実に即して人を見ることにより、この3つの視点にかけている、感情、文化、文脈を取り込むことの必要性を説いている。
このくだりの中で、ドナルド・ノーマンをはじめとする認知科学者への批判が出てくるのは興味深い。
ドナルド・A・ノーマン(安村通晃、岡本 明、伊賀聡一郎、上野晶子訳)「未来のモノのデザイン」、新曜社(2008)
を読んでみるとよく分かるが、もやは、認知科学は人間の合理性の追求から離れつつあるのだから。
次に、現実に即して人を見るための調査方法として、決定的なものはないながらも、エスノグラフィーの有用性をといている。そして、調査の結果をどのように商品やサービスに反映していくかという議論では、「製品」をデザインせず、「システム」としてデザインし、「焦点」を維持することが重要だとしている。
さらには、そのような意識を持って商品を開発していく中で、組織のコンピテンシーとしてデザインを持ち、体験を体系的に調整していくことができるようになることがポイントになると述べている。ここで重要なのは如何にあいまいさに対応するか?そのためには、
・複数の答えを想定する
・焦点を移動する
・束縛を見極める
の3つの方法があるという。そして、結果として、顧客をWow!といわせ続けることの重要性を説く。そのためには、
・送り届ける舞台を知る
・広い範囲の満たされていない顧客ニーズに取り組む
・繰り返し可能な手順を作り、それを発展させる
・「Wow!」の計画と演出
の4つに取り組めと説く。
そして最後の章では、このような考え方に基づく開発方法論としてアジャイルが必要であることを主張している。
ハウツーものではないし、読んですぐに実践的な確信の得られる本でもない。それはこの本がこだわる「経験」の問題だろう。その意味で、この本そのものが書いている主義主張に即しているかといわれると疑問だが、なんにしても時間をかけて、悪戦苦闘しながら読むに値するすばらしい本である。
ただし、読みっぱなしではだめ。実践してみて、この本に書かれていることを「体験」してみることからはじめる必要がある。そこですばらしい知見が得られそうな期待を抱かせてくれる1冊である。
特に、要求マネジメントで困っている人は一読をお奨めする。
【目次】
はじめに
1章 体験こそ製品だ
2章 戦略としての体験
3章 人間を理解する新しい方法
4章 複雑さを捉えて共感を生む
5章 「製品」をデザインしてはいけない
6章 デザインコンピテンシー
7章 アジャイルアプローチ
8章 不確かな世界
参考文献
索引
訳者あとがき
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