部長の仕事を再考する
吉村典久「部長の経営学」、筑摩書房(2008)
お薦め度:★★★
3か月ほど前に出版された「課長の教科書」という本がずいぶん話題になった。「課長の教科書」のオビに、「本書こそが、今、日本で最も読まれるべき本である」というキャッチが掲載されていたが、必ず読まれるべき本というのであれば、この本ではないかと思う。
大学の先生が書いた本であるので、わかりにくいが、指摘している内容は極めて重要で、ミドルが経営(企業統治)にどのようにかかわっていけばよいかという問題の基本的な考え方を述べた本である。
日本の組織は欧米に比べると現場が強い。その源泉はミドルマネジャーである。ただ、この図式が通じなくなってきた。この本でも指摘されているとおり、従来はよいものを作れば売れた。したがって、戦略(のダイナミックス)が現場の活動に大きな影響を与えることはなかった。幸之助哲学に代表されるように、(品質の)よいものを作れば売れる。よいものを売ることによって世の中に貢献し、また、収益を上げることもできるという普遍性のある「経営戦略」があったともいえる。
このような状況では、何を作ればよいかは現場が決めることができる。
ところが、求めるものが「よいもの」から、「好きなもの」に変わってきた。こうなってくると厄介である。好きなものはどんどん変わるからだ。今日まで売れていたものが、明日も売れるという保証などないのだ。
こうなってくると、現場だけでは何を作ればよいかを決めることができない。また、売れそうなものが作れたとしても従来のようにその存在が分かれば売れるほど単純でもなくなってきた。売れそうなものを売るための仕組み作りが必要になってきた。こうなると、現場だけではどうしようもない。ここで過剰反応が起こり、トップダウンの戦略経営に一挙に舵を切った。
誤解を恐れずにいえば、ある意味で、これまではミドルは現場を見て仕事をしてきた。だから、現場が強かった。下意上達の役割をはたしてきたのだ。ところが、これからは上に述べた経営環境の変化により、本当の意味で経営と現場の結節点になってきた。結節点とは、上意下達でも、下意上達でもない。自分のポジションに情報を集めて、自身の判断で上と下を動かしていくような働きが必要である。この本はこのような役割を果たすミドルを「モノを言うミドル」と呼び、モノを言うミドルがどのようなスタンスでモノを言い、また、仕組みを作っていかなくてはならないかを経営全般について説明している。まさに、部長の仕事を書いた一冊である。課長にはちょっと荷が重いと思うが、部長になっていく課長には必読の一冊だろう。
ただし、大学の先生の本であるので、やたらと理屈っぽいし、決して読みやすい本ではない。また、ガバナンス論や現在の企業統治のやり方への批判にページを割きすぎている感もある。まあ、この辺が経営論ではなく、経営学というタイトルのゆえんだろう。
ただ、ミドルの仕事の出発点は企業統治であることを考えると、こういった本を考えながら統治について真剣に考えてみることも必要だろうと思う。その意味で、読むに値する一冊である。
目次
第1章 世の中にとっての企業の役割とは(株主の存在にたいするミドルの認識;企業の存在意義 ほか)
第2章 日本企業を取りまく現実(株式市場の現在―資金「調達」の場から「提供」の場へ;株式市場へのキャッシュ・アウト ほか)
第3章 優良企業に見る統治の姿(長期的なコミットメントをもつプレイヤー―中長期の企業経営を担保;株式所有構造に見る「同族」の存在感 ほか)
第4章 「ミドルの声」を統治に活かせるか(「ミドルの声」への注目;「株主重視」の統治形態を問う ほか)
第5章 「ミドルの声」を統治に活かすために(経営の自由度を高める持ち合い;株式の長期保有を促す工夫 ほか)
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