マネジャーの正しい育て方
ヘンリー・ミンツバーグ(池村千秋訳)「MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方」、日経BP社(2006)
お奨め度:★★★★1/2
ご存知、ポーターなどと並ぶマネジメントのグルであるミンツバーグのマネジャー育成論。ミンツバーグは単なる机上の理論を振りかざすタイプの学者ではなく、論理的な言論の一方で、「マネジャーの仕事」という一級のエスノグラフィーを書いているくらい、現場に精通している。そのミンツバーグのマネジャー育成論なので、非常に期待して読んだが、期待に反しなかった。
現在のMBA方式によるマネジャーについて客観的な評価をし、マネジャー育成のあるべき姿を模索している。マネジメントに必要な要素を
・アート
・サイエンス
・クラフト
という三角形で表し、この3つが補完することがマネジメントの成功要素だとした上で、現在のMBAの教育をクラフトが完全に抜け落ち、かつ、アートに関しては重要を認識するものの教育プログラムとして何もできていないという評価をしている。
この評価をベースにしてマネジャー育成理論を展開しているが、その中で、面白い問題提起が2つある。
一つは、マネジャーの育成のためには行動が必要なのか、行動を省察する機会が必要なのかという問題提起。ミンツバーグの答えは後者である。マネジャー育成の目的を「行動させる」ことではなく、「行動の質を高めること」だとしている。
この問題提起は面白い。MITのピーターセンゲの組織学習論以来、マネジャーの育成にはアクションラーニングが不可欠なものだと考えられるようになってきている。アクションとラーニングという2つの極めて重要な課題をこなすのは難しく、行動と学習の混同をやめにすべきかも知れないと述べている。
もう一つの注目すべき指摘は、マネジャー育成の対象者である。マネジャー育成のための教育は現役のマネジャーに限定すべきであると述べている。理由は理解レベルと、意欲なのだが、ちょっと驚くべき見解である。
そのようなことも踏まえて、新しいマネジャー教育に対して5つの定石を示している。
定石1:マネジメント教育の対象は現役マネジャーに限定すべきである
定石2:教室ではマネジャーの経験を活用すべきである
定石3:優れた理論はマネジャーが自分の経験を理解するのに役立つ
定石4:理論に照らして経験をじっくり振り返ることが学習の中核をなす
定石5:コンピテンシーの共有はマネジャーの仕事への意識を高める
定石6:教室での省察だけではなく、組織に対する影響からも学ぶべきである
定石7:以上のすべての経験に基づく省察のプロセスを折り込むべきである
定石8:カリキュラムの設計、指導は、柔軟なファシリテーション型に変える
そして、この本ではこの定石に基づき、よくできた育成プログラムの紹介と、具体的な教育の概念設計を示している。
はじめに
PART1 MBAなんていらない
第1章 間違った人間
マネジメントは実践である
MBAの入学者選考における「職務経験」
時期が間違っているだけ?
入学者選考の茶番
経営する意思vsビジネスへの情熱
第2章 間違った方法
ビジネス教育の歴史
問題だらけのMBA教育
ビジネススクールの教育方法
ハーバード流ケースメソッドの功罪
ビジネス教育方法論の収斂
第3章 間違った結果(1)
教育プロセスの腐敗
学生はどう思っているのか?
ビジネススクールの無責任商法
ビジネススクールの最大の関心事とは?
第4章 間違った結果(2)
マネジメント実務の腐敗
「現実」世界への跳躍
マネジメントは迂回
バランスを欠いたマネジメント
MBAの成績表
第5章 間違った結果(3)
既存の組織の腐敗
「探検」と「開拓」
マネジメントの2つのカルチャー
MBAが日用消費財産業を好むわけ
起業家として成功しているか?
ハイテク起業家としての存在感
ハイテク企業のCEOに就任するMBA
MBAは新しい時代の「官僚」
第6章 間違った結果(4)
社会制度の腐敗
正統性を欠くリーダーシップ
バランスを欠いた社会
政府も非政府組織もMBAに任せろ?
リーダーシップに関する二つの考え方
第7章 新しいMBA?
MBA教育という支配的デザイン
エグゼクティブMBAの実態
MBAの革命?
教育テクノロジーの変化
国際化の進行
ビジネススクールの本業
世界のビジネス教育
ヨーロッパにおける専門分化
イギリスの新しい取り組み
二つの対照的なプログラム
MBAの「B」と「A」の断絶
PART2 マネジャーを育てる
第8章 企業のマネジャー育成
マネジメント教育とマネジャー育成
ぶっつけ本番
異動させて、助言して、見守る
マネジャー育成のブッフェ
アクションラーニング
企業内大学
日本流とアメリカ流
専門分野の枠を越えてマネジャーを育てる
第9章 マネジメント教育の構築
まったく新しいアプローチ
定石1「マネジメント教育の対象は、現役マネジャーに限定すべきである」
定石2「教室では、マネジャーの経験を活用すべきである」
定石3「優れた理論は、マネジャーが自分の経験を理解するのに役立つ」
定石4「理論に照らして経験をじっくり振り返ることが学習の中核をなす」
定石5「コンピテンシーの共有は、マネジャーの仕事への意識を高める」
定石6「教室での省察だけでなく、組織に対する影響からも学ぶべきである」
定石7「以上のすべてを経験に基づく省察のプロセスに織り込むべきである」
定石8「カリキュラムの設計、指導は、柔軟なファシリテーション型に変える」
関与型のマネジメントを実現するために
第10章 マネジャーの育成(1)
IMPMプログラム
IMPM(国際マネジメント実務修士課程)
地理上の基本設定本当の意味での国際性
構造上の基本設定バランスの取れたパートナーシップ
概念上の基本設定マネジメント志向のマインドセット
方法上の基本設定省察志向の教室
第11章 マネジャーの育成(2)
五つのマインドセット
モジュールの設計
第1モジュール自己のマネジメント(省察のマインドセット)
第2モジュール組織のマネジメント(分析のマインドセット)
第3モジュール文脈のマネジメント(世間知のマインドセット)
第4モジュール人間関係のマネジメント(協働のマインドセット)
第5モジュール変革のマネジメント(行動のマインドセット)
第12章 マネジャーの育成(3)
職場における学習
リフレクション・ペーパー
チュータリング
セルフスタディー
マネジャー交換留学
ベンチャー
メジャー・ペーパーと学位
第13章 マネジャーの育成(3)
学習のインパクト
IMPMは割にあうのか?
IMPMの二つのインパクト
IMPMには効果があるのか?
残された課題
第14章 マネジャーの育成(5)
イノベーションの普及
現役マネジャー向け修士課程の位置づけ
IMPM的アプローチの普及
非営利組織向け修士課程プログラム
Eラウンドテーブル
企業向けの短期プログラム
上級リーダーシップ・プログラム
IMPMのイノベーションに不可欠な要素
「境界」でマネジャーを教育する
第15章 本物のマネジメントスクールをつくる
アカデミックな機関の特権
MBAの「M」と「B」と「A」
学術研究の果たす役割
マネジメント/ビジネススクールをつくり変える
注釈
引用参考文献
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